SHIFT川口耕介氏と語るソフトウェア開発の本質、世界との闘い方、パラシュート人事のつらみ
成否は朝ミーティングで決まる 一休CTO伊藤直也氏が、はてな時代から学んだチームビルディング術
2025年01月27日 17時00分更新
平凡な能力でも、チームの在り方で世界と戦える
川口氏:チームの話でいうと、大体の企業やマネージャーは、人はもう決まっていて、“今ある冷蔵庫に入っている材料からどう作ったらベストになるか”で苦労しているかと思います。
伊藤氏:自分の中では、人間の能力はそんなに差がないという感覚です。僕自身がすごくIQが高いということはなく、特殊な能力を持っているわけでもないです。そんな僕ができるなら、皆もできるでしょうと。得意、不得意はあっても「絶対できないこと」は、実はあまりない。チームでいうと5、6人集めて平均させると、同じくらいの能力のチームが作れると感じています。
もちろんトップアスリートレベルになると、その人にしかできないと思いますが、我々がやっているのは、“ユーザーが使いやすいプロダクトをどう作るか”です。逆に言うと、使いやすいプロダクトは世の中にごまんとあるわけで、自分たちも作れないわけがない。メジャーリーグで世界一になるのは絶対無理ですが、真面目に練習したら草野球の大会であれば勝てるでしょ、くらいの感覚です。
川口氏:外から見たら草野球のチームには全然見えないです(笑)。プロ野球のチームぐらいならいつでも作れますよと言うようですごいなと思います。
伊藤氏:それこそ2000年代は、Googleが世の中の天才を集めまくっていた時期があったじゃないですか。それがソフトウェア開発の正解だと、皆が思わざる得なかった。ただ僕は海外にも行かなかったし、日本の小さい会社でSNSを作っていたので、Googleに作れないものを作らないと生き残れないと感じていました。
川口氏:Googleに作れないサービスを考える要素は色々あるとは思いますが、チームの在り方を主眼にするというのは初めて聞きました。
伊藤氏:チームワークもそうですし、テクノロジーだけで勝負するのは無理ですから、人間のコミュニケーションを扱うSNSのような曖昧な題材で勝負したました。加えて、平凡な作り方をしていたら平凡なものしかできないので、いかに変わった作り方をするかを追求していました。朝から晩まで議論をするですとか、合宿するとかして、いつもと違う出力をしないかを検証する。その結果、強みがなくても上手いやり方ができれば、面白いものが作れるよねという感覚が身に付きました。
川口氏:優秀な人を作るよりも優秀なチームを作るほうが、人間はソーシャルな生き物なので楽しいミッションに感じます。
伊藤氏:他人を変えるのは難しいですし、優秀な人になってくれと要求するのは言われた本人も苦しい。どうやってチームのインタラクションそのもののデザインを変えて、チームの出力を変えられるかにフォーカスする方が良いです。
プロダクトの成否は朝ミーティングで決まる
伊藤氏:僕がチーム作りで意識していることは、エンジニアにプレゼン資料を作ってもらうことです。朝のミーティングで検討したいことがあれば、スライドにまとめて、プレゼンしてもらう。それが、ユーザー体験をベースにしていなければ、やり直してもらう。こうすると、チームが内側の視点からユーザーの視点に収れんしていく。その感覚がプロダクトに絶対に必要だと確信しているからこそ要求しています。
川口氏:ある種の型があるという話ですね。
伊藤氏:それは、僕自身が身を持って体験したことです。面白いプロダクトを作れなかった時は、決まって技術から出発していたり、ユーザーのことを忘れていたりする。「こういう体験を提供したい」とはっきり言える時は、間違わないのです。チームでもそれを実感してもらうために、日常の会話から変えてもらっています。
川口氏:夢が持てる話ですね。「個人の能力より、作法の問題だよ」と。
伊藤氏:作法の問題です。スクラムなどで、スプリントを区切って朝にミーティングをやったりしますが、何気なく参加している人がすごく多い。朝のミーティングで何を話すかは、プロダクトを作る上ですごく重要で、プロダクトの成否を決めるぐらいに思ってます。だからミーティングのやり方が上手くないだとか、重要なアジェンダが自然に挙がってこないチームがあったら、会議のリズムや頻度、話すコンテンツなどを指示して、ミーティングの作法を整えるのです。
川口氏:茶道の先生みたいな話になってきましたね。
伊藤氏:これもはてなの経験がすごく大きくて、当時朝9時ぐらいに出社して、そこから午後1時くらいまで、検索機能をどうするかみたいなディスカッションを続けていました。創業者の近藤さん(近藤淳也氏)が議論好きだったのもあるのですが、毎日激論を交わしていると、自分のサービスだという感覚(オーナーシップ)が生まれてきます。ソフトウェア開発ではそれが何よりも重要で、妥協しないためのエネルギーになります。そして、これは作法なので難しいことではないです。
川口氏:茶道を初めてやる人のように、作法がどうあるべきかビビッドにイメージするのは難しいと思います。
伊藤氏:作法を模索している人は、チームの活動がより良くなっているぞというのを感じ取れるので、それを大切にします。プロセスやツールではなく、それらを使って、結果、期待感が生まれたこと自体を評価する。ただ僕の場合は、これまでの会社で経験していたことが大きかったと思います。
パラシュート人事でいかに本丸に入り込めるか
川口氏:リーダーとして企業に加わる時のコツはありますでしょうか。うちの会社は人の出入りが激しくて、役職が上の人であるほど短期でインパクトを出さなきゃいけないのです。かといって上の人ほど現場が分からなかったりします。
伊藤氏:結論から言うと、僕の場合はすごく苦労しました。はてなでは、ほぼ創業期に加わってCTOに流れるように就いて、会社の成長とともに自身のリーダーシップを育てられたので苦労もなかったです。その後は、全然知らない会社にリーダーとして入るわけで、思っていたより全然切り盛りできない。いかに会社の歴史を知っていることで仕事をしていたかが分かりました。上手くいく方法ってあるのかな? と思います。
川口氏:上手くいくかは運任せというイメージでしょうか。
伊藤氏:ただ、マネージメントとしてパラシュート人事で加わった時に、気を付けるべきことはあります。些末で山のようにある問題を、何でも解決できてしまうポジションなので、Slackを使っていないとか、パソコンが古いとか、デプロイが自動化されていないとか、細々と対応しているだけで“仕事をしている感”が出ます。そうすると、一休でいうホテルやレストラン予約といった“ビジネスの本丸”が何も分からない状態ができあがってしまう。どうにかして会社のドメインそのものにダイブしないと、本丸に関わることができないです。
川口氏:夏休みに大きな宿題を前にした小学生みたいですね(笑)。
伊藤氏:偉そうに言っていますが、僕自身が一休に入った時に苦しんだことです。なかなか本丸に飛び込むきっかけがつかめない。役員なので誰からも忠告されなかったですが、最終的には社長に指摘されました。そこから奮起したから、今では色々なことが分かり、チームも率いていますが、あの時逃げ出していたら途中で辞めていたと思います。
川口氏:ある意味、そういうことに向き合わせてくれるのも上の人(社長)の仕事ですね。
伊藤氏:それを逆に、僕がしなきゃいけないですね。多少つらくても相手に言わなければいけないし、それが自分の仕事です。ただ、パラシュート人事でも、スルスルと上手くいく人もいるのですよね。メンタリティの問題なのか、オンボーディングで良いタスクがあったなど、運の要素もあるとは思うのですが。
「Fate/Zero」の聖杯問答から学ぶリーダーシップ
伊藤氏:川口さん、アニメって見ないですか。
川口氏:全然見ないですね。
伊藤氏:「Fate/Zero」というアニメで、聖杯問答というエピソードがありまして。伝説上の英霊として呼び出された3つの国の王様が、“何でも願いを叶える”とされる聖杯をかけてディスカッションをするのです。その3人の王様は全然タイプが違っていて、ひとりが征服王で、もうひとりが世界の全ては自分のものという傲慢な英雄王、もうひとりは国や民のために戦う聖人君子。
物語的にどう考えても3人目の、主人公っぽい王が勝つと思ったら、他の2人の王にボロクソに言い負かされる。聖杯を手に入れて、国や民のために自己犠牲を払って過去に失敗した治世をやり直すと言うのですが、鼻で笑われてしまうのです。
そんなことをして何が楽しいのかと。自己犠牲で国を支える王に誰がなりたがるのだと。それと一緒で、良かれと思って雑用まで刈り取るリーダーって、他の人からなりたいと思われるかということですね。他の王は楽しそうにやっているので、仲間がついてくる。どっちが本当のリーダーシップだろうという話です。
自分も、重要な問題から目を背けることによって、周りの人から「あんな人になりたくない」と思われちゃったら駄目という思いがあります。目を背けない自分であった方がリーダーとして人に影響を与えやすいだろうというのもあり、それは維持していきたいです。











