さくらインターネットは、2024年8月27日、久しぶりとなる事業説明会を開催した。登壇したさくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏は「デジタルインフラ」「GX」「人材」の3つの観点で同社の現状、業界動向、事業戦略を説明。石狩データセンターやGPUクラウド「高火力」を運用してきた同社の強み、市場のニーズにマッチしてきた現状をアピールした。
デジタルインフラを自ら構築・運用できる強み
さくらインターネットは現社長である田中邦裕氏が学生時代の1996年に起業し、レンタルサーバー事業からスタート。2011年には日本最大級の郊外型データセンターである石狩データセンターを構築し、物理基盤サービスとクラウドサービスを強化した。インターネット黎明期から顧客のニーズの変遷とともにサービスの軸足を変え、成長を遂げてきたのがさくらインターネットだ。
「デジタルインフラ」に集中してきたのが同社の特徴。ここで言うデジタルインフラとは、インターネット、データセンター、それを支える光ファイバー網、電力網などを指す。「IT業界はいろんなビジネスから収益を生み出し、エコシステムを拡大していくことが多いが、当社に関しては当初はサーバー、この13年に関してはさくらのクラウドを中心にデジタルインフラをやってきた」と田中氏は振り返る。
また、垂直統合型ビジネスモデルにより、自らノウハウや経験を蓄積してきたのもユニークなポイントと言える。日本では多重請負や分業でソフトウェアを納品するという形態が多いため、多くのIT企業は自社でサービスを開発して、毎月ユーザーから利用料を回収するというビジネスに慣れていない。その点、同社はデータセンターの構築からサービス開発、運用、販売、サポートまでをすべて自社で完結させている。
田中氏は、「マイクロソフトやアドビが企画だけやって、そのほかを外注しているなんてことはない。最新のテクノロジーを活用するためリサーチ、ソフトウェア開発まですべて自社で行なっている。米国のIT企業は、自社ですべてまかなう垂直統合が当たり前」と指摘する。
熾烈な外資系クラウドとの争いの中で見えた勝ち筋と市場変化
そんなさくらインターネットも直近の5年はAWSやAzure、Google Cloudなど外資系クラウドとの熾烈な競争に巻き込まれた。「さくらのクラウドは一貫して成長してきたが、データセンターのラックをお客さまにお貸しするビジネスは急速に縮小した」(田中氏)とのことで、クラウド以外のサービスが落ち込んだのが実態だったという。
外資系サービスの影響は国全体としても大きく、デジタルサービスの海外への支払いで生じる「デジタル赤字」は10年前の2倍以上にあたる5.5兆円に膨らんでいる。国内のサービスの存在感が乏しい中、「クラウド化が進めば進むほど、日本の貿易赤字が増える」という構図に加え、昨今の円安がこの赤字に拍車をかけている。
では、なぜデジタル輸入が超過になるのか? これは「ネット企業がクラウドに投資していないから」だという。特にデジタルインフラに関しては、ネット企業がほとんどサービスを提供していないのが現状。「本来、ヤフーさんやメルカリさん、LINEさんなどサーバーを大量に抱える大手ネット企業が、インフラを外販すれば、クラウドサービスが拡がると思うのだが、残念ながらインフラに向かうネット企業がいなかった」と田中氏は語る。
データセンターやインフラというとハードウェアのイメージが強いが、重要なのはソフトウェアだ。「ソフトウェアやサービスの会社が儲けた利益をデジタルインフラの低いレイヤー、光ファイバーやデータセンターに投資するという流れが固まっている。日本ではこのサイクルができていない」と田中氏は指摘する。データセンターのような低レイヤーのアセットも、今までは日本のデベロッパーが設計や建設を行なってきたが、今後は外資系事業者が直接それらを行なっていくと見込まれる。「付加価値の高い部分も、アセットの部分も、外資系事業者が中心になっていく」と田中氏は警鐘を鳴らす。
もちろん、田中氏も外資系クラウドに否定的な訳ではない。「便利なサービスは日本でも使われるべきというのがわれわれのスタンス。日本が市場として認知されている限り、また日本が市場としてオープンである限りは、世界の便利なサービスを日本で使える。これはいいこと」と語る。海外の便利なサービスを利用をしつつ、国内のデジタルサービスを基盤部分から自国内で開発・提供できることが重要になると田中氏は提言する。
外資系サービスとの競争にさらされてきたさくらインターネットを取り巻く市場環境も大きく変わってきた。DXの旗頭の元、すべての企業がIT企業を標榜するようになり、コロナ禍で社会全体のデジタル化も一気に進んだ。市場自体がそもそも大きく拡大してきたわけだ。また、円安による外資系クラウドの値上がり、ガバメントクラウド市場拡大の期待もあり、さくらインターネットのような国産パブリッククラウドに期待する声も高まってきたという。
こうした背景もあり、「2025年末までに機能要件を満たす」という条件付きながら、さくらインターネットは国内企業で唯一ガバメントクラウドの提供事業者としてデジタル庁から選定された。認定を受けた2023年11月以前は、AWS、マイクロソフト、グーグル、オラクルという外資系事業者のクラウドサービスしか採択されていなかったが、国産事業者がようやく一角に食い込んだわけだ。選定の背景には、「日本国内でもクラウドベンダーを育成しなければならない」という国家的な戦略があったという(関連記事:さくらインターネットがガバクラ事業者に選ばれた理由を深掘りする)。
AI需要で電力を爆食いするデータセンター 石狩データセンターに再注目
2つ目のトピックはデータセンターとAIをテーマにしたグリーン化戦略「GX」だ。日本データセンター協会の理事長も務めている田中氏は、「データセンターが電力を爆食いしているのがイシュー。だから、データセンター自体がエコじゃなければならない。また、データセンターやクラウドの利活用によって世の中のGXを加速させる必要がある」と課題を提示する。
現在、世界はAIで利用拡大でデータセンターの需要が拡大しており、電力不足が深刻になっている。特にGPUの消費電力量は強烈で、1台のGPUサーバーで一般家庭20世帯分の電力を消費すると言われている。日本では電力不足に陥った東日本大震災以降、LED化やエコポイントの施策もあり、消費電力は下がる傾向にあったが、消費電力の増大は避けて通れず、電力需要とデータセンターにおける再エネの議論が過熱すると見込まれている。
こうした中、さくらインターネットの石狩データセンターは、開所当初からサステイナビリティを高める取り組みを積極的に行なってきた。具体的にはデータセンターの消費電力の半分近くを占める空調の電力削減にフォーカス。外気を活用した冷却により、一般的な都市型データセンターに比べて、約4割の消費電力の削減を実現している。そもそも北海道自体が自然エネルギーが余る土地であり、アジアのハブとしての期待も大きい。
現在では、水力を中心とした再生可能エネルギー100%で運用し、環境負荷の軽減を実現している。田中氏は、「当社のデータセンターの技術は13年前の石狩データセンター開設時から培われたもの。どちらかというと、GXの流れがやってくる中で、低消費電力で、自然エネルギーを使い、外気冷却していること自体が、GXど真ん中の施策になった」と語る。田中氏は、水力発電で運用するOpenAIを引き合いに出しつつ、「AIの取り組みに関しては、今後カーボンフリーであることが必須。われわれも取り組みを継続している」と語る。
2000基のGPUは前倒しで整備済み 次はGPU1万基で18.9FLOPSを目指す
この石狩データセンター上に構築されたGPU基盤をベースにした生成AI向けのクラウドサービスが同社の「高火力」シリーズとなる。こちらのGPU基盤構築は、経済産業省の「クラウドプログラム」供給確保計画の認定を受け、事業費の半分にあたる合計最大575億円の助成金を得ることになっている。「弊社では一番付加価値の高いソフトウェアの部分を国内で開発している。GPUも自社で開発するのは難しいが、GPU自体をNVIDIAから直接仕入れ、サービスとして提供すると、国内に残る付加価値が大きい」と田中氏は指摘する。
2025年度までの計画になっていた第一次整備は、予定よりも前倒しの先頃2024年8月1日に完了。NVIDIA H100 GPUが2000基が整備され、すでに売り切れた。総事業費約1000億円を超える第二次整備計画では、2027年度までに第一次計画と合わせて1万基のGPUを整備。総計算能力として18.9FLOPSを目指す。これも「高火力」の前身にあたる機械学習向けの「高火力コンピューティング」を2016年から展開していたから。技術的、事業的な知見があったのに加え、NVIDIAとの長い付き合いがあったことで、GPUの大量調達も両者で協力してきた実績があったからという。
高火力シリーズは、H100を8基搭載したベアメタルサーバーを提供する「高火力PHY」が提供済み。複雑なデータセットの解析や大規模モデルのトレーニングに向いており、外資系サービスの約半額でNVIDIAのGPUを利用できるという。また、スポット利用を前提としたコンテナ型の「高火力DOK」も第2弾として提供済みだ。ユーザーはDockerイメージを用意すれば、時間課金でタスクの実行や生成結果のダウンロードが可能になる。同日、V100プランより計算速度とGPUメモリの容量を向上させた高火力DOKのH100プラン(β版)の提供も開始された。
今後の予定としては2024年度内には仮想サーバーを提供する「高火力VM版」も用意される予定。さらに、GPUサーバーへの冷却を実現するため、水冷式のコンテナ型データセンターの整備を進める。約170億円を投資し、2025年11月、2026年11月にそれぞれ2個を建設していく。
離職率は2.5% 成長を支える人材戦略
3つ目のトピックは「人材」。前述の通り、垂直統合型モデルを採用するさくらインターネットでは、データセンターの運用も、カスタマーサポートも、基本的に正社員が担当している。「IT業界は多重請負構造になっており、変動する需要に対して、いろいろなところから人材を調達している。ただ、当社の場合、クラウドビジネスによる安定的な収入がある中で、ほぼ10年前から固定的に人をしっかり雇っていくことを取り組んできた」と田中氏は語る。
同社は従業員を信頼し、情報共有を可能にすることを前提とした、風土、制度、ツールを整備。会社が働きやすい環境を提供することで、社員個人が「働きがい」を追求できる制度として「さぶりこ」を導入している。ここにはリモートワーク前提の柔軟な勤務時間や時短制度、パラレルキャリア、キャリア相談などが制度として盛り込まれている。「リモート主体、フラット主体で、セキュリティ以外はすべて性善説である」と田中氏は語る。
社員一人ひとりが働き方を自由に選定できるというさくらインターネットの最新の離職率は2.5%。有休消化率は70.7%、平均残業時間も9時間28分になっており、働きやすさは数字に表れている。また、育児休業は女性100%、男性77.8%が取得し、産休・育休からの復帰率は100%を達成しているという。「サボる人はほとんどいない。数%のサボる人のために、90%以上の人があおりを食うというのが今の多くの企業の制度。自由に休めて、自由に働けて、結果として離職率が下がることを目指している」(田中氏)。
そしてオフィス回帰が叫ばれる中、リモートワークの実施率(2024年3月)は89.9%と相変わらず高い。北海道の石狩データセンター、東京、大阪、福岡、沖縄まで幅広い拠点で業務を遂行し、リモート前提の働き方を追求している。「データセンターは北海道だし、弊社の本社は大阪。私が住んでいるのも沖縄。こうした中、多様な働き方を実現する」(田中氏)。現在800名規模になった同社は現在も採用を強化しており、既存従業員への平均年収のベースアップも進めるという。
変化の激しい時代に活きる「余白の経営」 強みはあくまでソフトウェア
もう1つのポイントしたのは、今必要な人数やリソースを今集めるのではなく、3年後の余剰を見越して採用しておく「余白の経営」だ。今までの「ものづくり」や「ジャストインタイム」の考え方から、必要なときに調達するという考え方は根強いが、これだと変化の激しいITの需要には応えられない。
その点、さくらインターネットはデータセンターを自社運用しているため、データセンターの構築や運用を行なえる人材が社内にいるため、2000基のGPUを迅速に整備するという需要にも応えられた。田中氏は、「7年前に1900ラックくらいの非常に大きな3号棟を作ったが、5年前は8部屋中2部屋しか埋まっていなかった。これだと残りの6部屋を埋めるためには20~30年かかる計算だったけど、GPUの進捗が芳しく、来年には半分埋まってしまうはず」と振り返る。
「人材やリソースをつねに最適化して、利益を最大化する」のではなく、「ある程度余力を持っておき、急速に来た需要に対してすべて取り切る」という余白の経営。とてもクラウド的と言える。「シンプルに言うと、デフレの時代は変化が起こらないので余白は無駄になる。しかし、インフレの時代は基本的に右肩上がりで変化があるので、横ばいよりは右肩上がりの経営をいかに行なっていくかを考えている」と田中氏は語る。
事業戦略全体としては、短期的にはGPUクラウドの強化を進める。「ソフトバンクさん、GMOさん、KDDIさんも大幅な投資を行なっているが、それらを全部やっても、日本で必要なGPUは足りない状況。弊社は他社に先駆けてGPUに投資していく」と田中氏。単にGPUを並べるのみならず、クラウドとしてスケジューリングしたり、オンデマンドで提供できる点が同社の強みだという。「インフラもやるし、ソフトウェア開発も強化する」という方針の中、それを支える人材の採用も強化する。2024年度に200名の採用を目指しており、すでに100名の採用が決まっているという。
2024年度は過去最高となる280億円の売上を見込んでいるが、今後はよりGPUクラウドを中心としたコアビジネスへの注力を進める。旺盛なAI需要を早期に取り込み、AIプラットフォームで先行優位のポジションを獲得。あわせて、データセンターやAIの基盤で培ってきた人材や経験を活かし、次の成長ドライバにつなげる。最後、田中氏は「インフラとしてのハードウェア投資に注目が行きがちだが、それらを自社でマネジメントし、オペレーションし、ソフトウェア開発して、サービス提供できる点がわれわれの強み」とまとめた。