まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第108回
〈後編〉Aiming小川文也さんインタビュー
『陰実』のDiscordが熱い理由は、公式ではなく「公認」だから!?
2024年11月24日 15時00分更新
オピニオンリーダーの意見と「実際の数字」が乖離していることも
小川 ただ一方で、クローズドな空間だからこそ、発信回数の多い人がオピニオンリーダーになりがちで、“その人の言うことはコミュニティー内の多数派の意見だ”という誤解が生まれやすいとも思っています。
そしてオピニオンリーダーの意見に反対することは、場の空気としてすごく難しい。それでもオピニオンリーダーがポジティブなときは良いのですが、たとえば過去に実施した、あるイベントではコミュニティー全体がネガティブな雰囲気になってしまいました。
これが難しいのは、(ゲーム運営側が確認できる)数字はすべてにおいてポジティブな結果が返ってきていても、Discordでは『あのイベントは引退者も続出して効果がなかった』という、実態とかけ離れた印象を持たれてしまうことです。
まつもと 数字を知っているゲーム運営側としては歯がゆい状態ですね。たとえばファシリテーションをすると言うか、介入することは……。
小川 基本しないようにしています。もちろん運営のナイルさんはプレイヤーとコミュニケーションを取っていらっしゃいます。それを止めるつもりもありませんし、むしろそれが好かれている側面でもあると思っています。
一方、何度かナイルさんから、「周年記念のタイミングでコミュニケーションしてみませんか?」とお話はいただくのですけれど、そこは毎回お断りしています。
まつもと そこは会社もしくはプロデューサーの姿勢によってさまざまですよね。「カゲマス」の場合は前面に出ないコミュニケーション、関係を目指していらっしゃると。
小川 また、Discordでアンケートを取ると、当然「“●●●”はやめて!」といったネガティブなコメントもいただくことがあります。それに対して「検討します」という、どっちつかずの返答をしたまま、その施策を実施した場合、「あのときの回答は何だったんだ」「不誠実じゃないか」という意見が出るでしょう。
逆に「“●●●”はやりません」と断言もできません。前述したように、プレイヤーさんが持たれている印象と実態が異なることもあるためです。だからと言って、「第2弾を検討しています」とも言えません。
まつもと コミュニティーの空気と現実の結果が必ずしも一致しないというのは興味深いですし、その乖離を埋めるのも容易ではないこともわかりました。それこそ今後、作品同様にコミュニティーもまた歴史を積み重ねていきますから、長期的な信頼関係の構築の果てに解法が見えてくるのかもしれませんね。
ゲームでは原作者監修のもと、小説・アニメを補完していく
まつもと あと気になっているのは、他メディアとの連携周りです。たとえば、製作委員会のレベルで「この設定はゲーム初出でいきます」といった割り振りがあるのか、あるならばDiscordでそうした要素をどのように見せていくのかなどが気になります。
小川 ゲームオリジナルの衣装などはありますが、公式設定としてゲーム初出になるものはないと思います。あくまでも我々は“原作やアニメで描かれていない部分に対して、逢沢先生にご監修いただいた公式シナリオを発表する”というスタンスなので。
まつもと 原作を補完したり、隙間を埋めていくスタンスなのですね。わかりました。そしてシナリオやビジュアルには、原作者の逢沢先生や製作委員会の確認が入っていると。
小川 はい。そして実は、メディア連携に関してDiscordが絡むことはほぼありません。むしろファンのみなさんが自由に発言する場所という認識でおりますので我々からは干渉しない、というスタンスを取っております。
先ほどおっしゃっていたシチュエーション募集は、オフィシャルからお願いしたものです。コンテスト案が先に存在しまして、その展開先をX(Twitter)、Discord、pixivに3分割したものになります。
まつもと 興味深いのが“アニメまたはゲームに未登場のキャラクター描写は使用しない”という注意書きです。あくまでも既存のキャラクターと設定によるシチュエーションを募集しますと。そして優れたものには賞品としてデジタルアイテムがプレゼントされる。……そのシチュエーションがゲームで採用される、といったことは?
小川 ゲーム内採用は今のところ予定にありません。これはあくまでも“アニメや漫画が好きな人なら絶対に一度はしたことがあるはずの妄想シチュエーションを公式がイラストとして提供しますよ”というコンテストなので。
まつもと なるほど。これは“公式が描いてくれる”というところが大きいわけですね。
小川 そうですね。二次創作ではなく公式、それもアニメに近いタッチを目指して日々制作している私たちが描きます。
まつもと なるほど。設定的な初出要素はないものの、プレイヤーが妄想するシチュエーションを公式がイラストにするといった、“一瞬の夢を見てもらう”ことはアリなのですね。
小川 はい。私たちスタッフ一同も“陰実ファン”なんです。ですからDiscordに限らず、水着イベントのときはイメージビデオのような専用PVを作ったり、『このキャラは2人きりだったら、こんなことを言ってくれそう』みたいなシチュエーションをテレビCMにしたり……。
私たちはできるだけファンが見たいもの、やってほしいことを提供するように心がけています。
まつもと ここまでお話を聞いていて思ったのは、線引きはかなりプレイヤーに寄り添う一方、ゲーム本編にお遊び要素を取り込むことはせず、あくまで原作を大事するという、ある意味バランス感覚の良さが光りますね。
この連載の記事
-
第107回
ビジネス
『陰の実力者になりたくて!』の公認Discordはファンコミュニティー作りの最前線だ -
第106回
ビジネス
ボカロには初音ミク、VTuberにはキズナアイがいた。では生成AIには誰がいる? -
第105回
ビジネス
AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは? -
第104回
ビジネス
日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ -
第103回
ビジネス
『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか -
第102回
ビジネス
70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化 -
第101回
ビジネス
アニメーター木上益治さんの遺作絵本が35年の時を経てアニメになるまで -
第100回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』で契約トラブルは一切なし! アニメスタジオはリーガルテック導入で契約を武器にする -
第99回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由 -
第98回
ビジネス
生成AIはいずれ創造性を獲得する。そのときクリエイターに価値はある? - この連載の一覧へ