NTTは、2024年5月13日、ハイブリッドワークおける「社会規範」とウェルビーイングの関係性に関する日米比較の調査分析を発表した。
社会規範とは「こうあるべきだ」という“暗黙の了解”のこと。例えば、「コロナ禍では外出時にマスクをつけなければいけない」「働く中では有給休暇取得に上司に説明しなければならない」といった、集団において期待される振る舞いのことを指す。ハイブリッドワークにおいては、いつ、どこで働くべきかという行動基準となる。
同調査では、通説的には「従わなければならない社会規範が多い」とされる日本人が、明確に働き方を指示されることをネガティブに捉える傾向があるといった結果が得られている。
ハイブリッドワークの新しい常識を探るための調査に着手
今回の研究の背景について、NTTの社会情報研究所 研究員である赤堀渉氏は、「コロナ禍が収束するにつれ、オフィスワークとリモートワークを組み合わせたハイブリッドワークが普及しているが、このハイブリッドワークが従業員の“ウェルビーイング”にどのような影響を及ぼすかが、先行研究でも十分にわかっていない」と説明する。
「ハイブリッドワークは、柔軟性や従業員の自律性に利するといわれている一方で、孤独感や孤立を生んで、ウェルビーイングに悪影響をおよぼす可能性も指摘されている」と赤堀氏。いまだに新たな働き方の常識が確立されていない中で、従業員体験を高める“ワークインライフの在り方”を紐解く研究が求められるという。
このような状況を受け、赤堀氏らは、ハイブリッドワークにおける職場の社会規範(暗黙の了解)に着目した調査に着手。社会規範と仕事におけるウェルビーイングの関係性の文化差を分析した。
調査は、日本と米国のハイブリッドワーカーを対象としたアンケート(日本人1000名/米国人1000名)およびインタビュー(日本人12名/米国人12名)で実施されている。対象のハイブリッドワーカーは、リモートワークの頻度が週に1日から4日以内で、それを3か月以上続けている、チームで働く18歳以上64歳以下の働き手となる。
また今回、日米で比較した理由は、日本がアメリカよりも社会規範が強い国と言われているからだという。「社会規範が強いとは、従わなければならない社会規範が多く、不適切な振る舞いをした際に強く非難される傾向が強いということ」と赤堀氏。
加えて、日本が個よりも集団の利益を優先する“集団主義的”なのに対し、アメリカが個人主義的だという通説も踏まえている。日本はハイブリットワークにおいても、集団の利益を優先して、社会規範を受け入れるような振る舞いをするのではないかという仮定があったという。
ハイブリッドワークで明確な指示を嫌う日本と指示を望むアメリカ
しかし実際の調査では、日本人の方がアメリカ人と比べて、認識されている社会規範が弱く、社会規範に合わせようとする意欲も低いという結果が得られた。
また、社会規範は、職場の上司や同僚に規範を要請される「命令的規範」と周りの状況を見ながら規範を認知する「記述的規範」に分類されるが、アメリカ人は命令的規範を強く感じる人ほど、仕事のウェルビーイングが高い、つまり、命令的規範とウェルビーイングが正の関係性になっていたという。
インタビュー調査においても、アメリカ人は命令的規範を“職場で快適に働く基盤”として捉える傾向がある一方で、日本人は“自身を制約するもの”として否定的に捉える傾向があったという。「命令的規範を強くするアプローチは、米国におけるウェルビーイング向上において有望だが、日本では必ずしもそうではない」(赤堀氏)
この結果について赤堀氏は、雇用保護規制の違いが要因だと考察する。日本は雇用保護規制がアメリカよりも強く、すなわち失業リスクも低いため、個人の利益や自由が重視される可能性がある。一方のアメリカは、雇用保護規制が弱く、失業リスクが高い。そのため、自身の利益を優先せずに、明確に働き方を指示されることがウェルビーイングにつながるのではないかという分析だ。
日本では従業員に命令的に働き方を指示するのは不適切
赤堀氏は調査分析を受け、「ハイブリッドワークにおいてウェルビーイングを高めるには、個人の問題と考えるよりも、個人と集団の関係性に焦点をあてて方針や技術を組み立てるべき」と指摘。特に日本の経営層に対して、「従業員に対して命令的に働き方を指示するのは得策ではない」と付け加えた。
また調査で得られた結果を応用する例として、“スケジュール管理ツール”の設計が挙げられた。アメリカでは命令的規範の強さがポジティブに捉えられるため、上司や同僚から期待される出社日・リモート日を強調するデザインが望ましくなる。一方日本では、上司や同僚の“一般的な”出社日・リモート日を強調するデザインが、ウェルビーイングにつながる可能性がある。
今後もNTTは、ハイブリッドワークに関する調査・分析を続け、ウェルビーイングの課題を深掘りしていく予定だ。赤堀氏は、「調査で得られた知見に基づき、職場のウェルビーイングを高める情報技術を創出して、サスティナブルな分散型社会の実現に貢献していきたい」と述べた。