まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第99回
〈前編〉ダンデライオン西川代表、Sansan西村GMに聞く
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由
2024年02月10日 15時00分更新
〈後編はこちら〉
今も昔もアニメスタジオを悩ませるのは「契約」
アニメスタジオが作品を手掛けるときに重要となるのが各種の「契約」。しかし、企業規模や制作の進行具合によって軽視されてしまうことも少なくない。こうした制作スタジオ特有の問題を解決する手段として、DX化やリーガルテックの導入も叫ばれてはいるが、導入事例を聞く機会にすら乏しいのが実情だろう。
そこで今回は、驚異的な人気で話題をさらった映画『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けた株式会社ダンデライオンアニメーションスタジオ代表取締役の西川和宏さんにお話をうかがう。同社は、企業の法務などをサポートする専用サービスを導入することでバックオフィスの業務改善を図っている先進的なアニメスタジオだ。
複雑化するアニメ制作と契約周りのリアルなエピソード、そしてDX化がアニメスタジオの経営にどのように貢献するのかなど、幅広く語っていただいた。さらに、ダンデライオンが導入したサービスを開発・運営するSansan株式会社のContract One Unitゼネラルマネジャー 西村仁さんにもご同席いただき、開発意図や製品コンセプトなどを詳しく教えていただいた。
「アニメスタジオの法務」はどんな仕事をしているのか?
まつもと まず西川さんに御社の概要と取り組みをおうかがいできればと思います。
ダンデライオン西川 弊社ダンデライオンアニメーションスタジオ(著者注:以下「ダンデライオン」)は2007年に設立、2024年に18年目を迎えるアニメーションのスタジオです。事業の目的としては「世界中の子どもたちへプレゼントを」というモットーを掲げ、魅力のあるアニメーション作品を通じて世界中の視聴者に感動を伝えることを目的としています。
所属するクリエイターたちは、3DCGを扱うクリエイターが最も多く、そのほか、デジタル作画で絵を描いたりといった人たちがいます。最近の代表作として映画の『THE FIRST SLAM DUNK』を手がけました。3DCGをアニメーションの主体として日本で作られた映画作品としては、過去最も多くの方に見ていただき多くの反響を得ることができました。
我々の特色は、独自のアートスタイルや人物の物語描写を得意としていることです。弊社単独で作品を作るというケースは少なく、さまざまな協力会社や個人と連携することが多いので、日常的に機密保持や受発注、権利処理などの契約回りが多く存在する事業内容になっています。
従業員は約100名で、法務や総務といったバックヤード部門も含みます。法務は2名体制で、顧問弁護士さんと連携しています。
まつもと 日本における3DCGのアニメスタジオとしては規模が大きいですね。
ダンデライオン西川 そうですね。ただ弊社はアニメーションの映画や配信シリーズなどをメインにしている3DCG会社ですが、ゲーム業界ではより規模の大きな3DCGの会社が数多く存在すると思います。
まつもと ありがとうございます。『THE FIRST SLAM DUNK』については、クリエイティブという面でも非常にインパクトがある作品でした。作品としての評価や評論はほかの媒体に任せることにしまして、ここでは法務を中心にして、ある意味ちょっと変わった切り口でお話をうかがっていきたいと思います。
そしてここでSansanさんの西村GMにもご登場いただたきましょう。そもそも「法務におけるITサービス」とはどういったものを指すのでしょうか?
Sansan西村 まず、Sansanは偶然にもダンデライオンさんと創業時期が近く、やはり2024年で創業18年目を迎えています。弊社では「出会いからイノベーションを生み出す」というミッションを掲げてDXのサービスを提供しており、創業以来名刺で展開してきたのですが、近年では請求書や契約書などのDXも提供しています。
特に契約については、「出会いを証明するもの」として非常に重要な要素があり、弊社のミッションとも合致している領域です。そこで、契約データベース「Contract One」というサービスを2022年から提供し始めました。
契約とは、ビジネスのルールブックのようなものであり、前提条件や約束事が記載されています。現状では紙ベースが多いのですが、最近ではPDFや電子契約でやりとりされることも増えています。弊社はこれまで、名刺のデータ化というかなり独自な技術に多くのリソースを割いて事業展開してきましたが、Contract Oneではその技術を使った正確なデータ化によって、自然言語の塊である契約書をデータベース化します。
そしてそのデータから必要な情報――たとえば納品期限や取引金額――を抜き出したり、金額順や日付順に並べ替えたりすることもできます。「契約を正確に捉えて、活用していただく」というコンセプトです。
まつもと 「自然言語で作成されている契約書をデータベース化できる」という箇所に、御社の名刺データベース化で培われた技術が活かされているのですね。
Sansan西村 そうです。名刺には多種多様なフォーマットがありまして、そのなかから特定の情報を抜き出して整理していくという部分は、契約書と非常に近しいところがあります。
Contract Oneを使い始める際に、入口として「すべての契約書を正確にデータ化・構造化する」必要があります。キャビネットの中に入っている紙の契約書から、すでにPDFデータ化された契約書、さらには電子契約までも網羅して、ユーザーの手間をかけずに当社でデータベース化して1つの出口として提供します。
その際に当社独自の技術を活用してデータ化する、というステップを踏んでいる、というわけです。今後は書面の「親子関係」についてもツリー状に自動的に紐づけるような処理が可能になるよう開発を進めていきます。
まつもと 「親子関係」というのは、アニメスタジオですと配信契約時に基本契約のほかに覚書がある、というような関係ですか? そしてデータベース化する際にそれぞれの条文を解析して、たとえば価格のみピックアップするようなことが可能になる?
Sansan西村 その通りです。メイン契約と保守契約のような関係を指します。また、契約ごとの金額や解除条項、場合によっては解除したときのペナルティーの金額、そういったものを「契約を貫いて引っ張り出したい」というニーズは多いため、それに応えるような機能の開発も進めています。
また、キャビネットの中の契約書は4割ぐらいが期限が切れていて無効になっているとも言われています。保管されている契約書が有効なのか無効なのかも自動で判定し、データベースで整理します。
これによって、検索する際に無効な契約書まで探す必要がなくなるほか、有効な契約の中で条件を確認したうえで、契約の巻き直しをしたり、下請け法に違反していないかを確認したりしながら、アニメスタジオのディレクターさんがフリーランスのアニメーターさんにお仕事をお願いする、といったことが可能になってくるでしょう。
そして基本的には全てのユーザー/従業員にContract Oneを使っていただけるようなID体系になっています。契約書を読めないという方もいらっしゃると思いますので、GPTを使った「Contract One AI」で契約書を要約したり、不明点をAIに質問して回答をもらえる機能も実装しています。
まつもと 私はインターネット配信の黎明期にアニメスタジオで働いていて、配信条項の入っていない契約を全部更新する作業を担当していたのですが、『当時これがあったらもっと睡眠時間を確保できたかな……』などと思いながら聞いていました。
一同 (笑)
Sansan西村 コンテンツ業界の契約は、補充契約の範囲に紐づく現契約が2本あったり、補充契約で現契約の期間が長いため、現契約を結んだ機会の前に倒れて35年で契約が結ばれたりします。あるいは契約の中で原盤利用権や、原盤でも映画のものとアニメのもので違います、など大変に複雑な物事が多々あります。ですので、Contract Oneを利用することで、逆に(契約の)価値を見出しやすくなるのではと思っています。
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