佐々木喜洋のポータブルオーディオトレンド 第245回
8K SOUNDの本領を引き出す
finalの自分ダミーヘッドサービスは「技術の会社」ならではの驚くべき投資
2023年12月24日 17時00分更新
自分ダミーヘッドの効果を紹介
最後の訪問では、受け取った完成品を試しながら、finalの細尾満社長、技術主幹の濱崎公夫氏と質疑応答した。
final Connectアプリに追加された自分ダミーヘッドの専用画面では、効果のオン・オフ、さらにオプション設定ができる。画面中のReferenceが通常の自分ダミーヘッドサービスモードのオンで、測定の結果がそのまま反映されたモードだ。ほかのオプションはRF NoneとRF+nの二つだ(RFはResonance Frequencyの意味)。これらは身体形状の影響度合いを微調整するものだが、実際に音楽を聴いた好みで設定するというものだ。効果をオフにすると、以前のZE8000とまったく同じ音になる。
自分ダミーヘッドサービスにおける音質向上の効果としては、一つ一つの音が明瞭によく聴こえるようになったということだ。音質の向上感は微妙なものではなく、以前の音と比べなくともすぐに気がつくほど大きい。
音全体がすっきりと晴れ上がってクリアになり、以前は曖昧で曇りを感じていた女性ヴォーカルの声も声質が鮮明でリアルになり、細かな声の質感までよく分かるようになった。またこれによって、ゾクっとするような声の官能性まで感じられた。細かなニュアンスまでよく伝わるようになったというべきかもしれない。
ピアノのタッチやメーカーの差、ヴォーカルの吐息などそうした音楽の細かな表現に長けたイヤホンになったとも言える。オリジナルのZE8000とは帯域的な再現の違いというのはなく、そうした細部がよりクリアで明瞭にわかるようになったのが大きな違いだ。
RFオプションに関しては聴く音楽によっても変わるようで、試してみるとシンプルなヴォーカルやアコースティック曲にはRF noneが好みで、ロックなどにはRF+nが良かった。
自分ダミーヘッドサービスの効果をオフにして聴き比べると、新旧のイヤホン比較のように全く違うほど差は大きい。それでいて変わったのはソフトウェアのみで振動板やSoCなどの変化は全くないのだ。
ここまで手のかかるサービスを提供するfinalの意気込み
それでは、自分ダミーヘッドサービスによってZE8000のなにが具体的に変わるのだろうか? ZE8000のDSPが担当する8Kサウンドの計算アルゴリズム自体が個人向けに書き換わり、イヤホンの基本ソフトウェアの一部がいわば「佐々木専用8Kサウンド」になるという。つまり、他人に最適化したZE8000を聴いてもいい音にはならないという。自分ダミーヘッドサービスの適用で、オリジナルのZE8000の音質が向上したわけではなく、私向きの音になったのだ。
改良の効果は録音された音楽を聴くことを前提にして、コンテンツの音色が正しく聞こえるようになるということなので、私の感じた変化は正しいものであるように思う。
また、当初アナウンスされた際には、カスタムイヤーピースとセットで提供すると案内されていたが、最終的に専用シリコンイヤーピースを採用することに変更したのはそのほうが正しく効果を適用できることが分かったからだそうだ。
カスタムイヤーピースでなくなったことは、サービスがスケールダウンしたようにも思えてしまうが、実際に体験してみると自分ダミーヘッドサービスの本質はそこではないと気がついた。当初からこのサービスの目的は「内部のカスタム化」が主目的であり、外側のカスタム化はそれを担保するための従目的でしかないからだ。実際に外観の変化はわずかだが、音質の変化はとても大きい。
この自分ダミーヘッドサービスはこれまでのイヤホンの歴史、あるいはオーディオの歴史においても類例がないようなサービスだ。最適化の計算は、耳介だけでなく上半身全体を対象とした864箇所の計測ポイントを用いた形状データに基づき、COMSOLの物理シミュレーションで音響物理量を緻密に導出するものだ。専用のワークステーションを占有してひとり当たり7時間近くかかるという。
これだけの手間をかけて、ソフトウェアの書き換えができるのは、たったひとつのイヤホンだけである。普通の会社では、とてもコストに見合わないだろう。それを将来技術への投資と割り切って提供するのが、技術の会社であるfinalらしさと言える。
なお、一般向けのサービス開始は2024年1月中旬中旬から2月中旬にかけて予定されているが、一次募集はすでに終了している。興味のある人は二次募集の開始を楽しみに待っていてほしい。一般向けのサービス価格は5万5000円だ。
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