評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲』
ヴィキングル・オラフソン
アイスランド出身のピアニスト、ヴィキングル・オラフソンがゴルトベルクに挑んだ。2023-24年のシーズンに、6大陸でゴルトベルクの世界ツアーを敢行。その一環として今年12月に来日し、全国各地で公演を行った。。東京ではすみだトリフォニーホールで清水靖晃&サキソフォネッツと協演。聴いたが、たいへん静謐にしてエキサイティングなゴルトベルクだった。
オラフソンは、こうコメントしている。。「ゴルトベルク変奏曲は、これまでに書かれた鍵盤音楽の中で最もヴィルトゥオーゾ的なもので、驚くほど見事な対位法の使い方、崇高な詩的表現、複雑な思索、深い哀感が無数に含まれています。シンプルで優美なアリアという質素な和声の枠組みの上に築かれた30の変奏曲の中で、バッハは限られた素材を、後にも先にもない無限の多様性に変えてみせています。バッハこそが、最高の鍵盤楽器ヴィルトゥオーゾであると思います」。
静謐だ。ピアノならではの美しさ、静けさ、音色変化……という楽器特有のアーティキュレーションを存分に活かした、たいへん新鮮なゴルドベルグだ。彩色された珠玉のようなピアノ音が実に美しい。「第1変奏」のハイスピードは、グールドの55年盤に匹敵し、現代のゴルドベルグの最先端だ。これほど速くても、ピアノ的な美と滑らかさは端正に保っている。音数が多い楽譜だが、特定の音にアクセントを与えず、均整のとれたレガートにて、猛スピードで進むのである。「第30変奏」の堂々たる揺るぎない進行感も素晴らしい。録音も極上。2023年4月、アイスランドで録音。
FLAC:192kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Sonicwonderland(feat. Sonicwonder)』
Hiromi, Sonicwonder
上原ひろみの新プロジェクト「Hiromi's Sonicwonder」の披露作。アドリアン・フェロー(b)~ジーン・コイ(ds)~アダム・オファリル(tp)と組んだ4人組編成だ。これまで上原ひろみのアルバムというと、彼女の超絶技巧が圧倒的にフューチャーされていたが、今回のアルバムは計四人のアンサンブルをしっかりと保って進行する。エレクトリックを採り入れた、現代版のフュージョンがブランニュー。その意味では「2.Sonicwonderland(feat. Sonicwonder)」は新生上原のショールーム。電子の歪み音を積極的に採り入れた、まさに疾走だ。「3.Polaris(feat. Sonicwonder)」はトランペットをフューチャーした美しいバラード。各楽器の音像がクリヤーだ。2023年5月25日~28日、カリフォルニア州ニカシオ、スカイウォーカー・サウンド・ステージで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Telarc、e-onkyo music
『Beethoven: Symphonies Nos. 5 & 6』
Antonello Manacorda, Kammerakademie Potsdam
いま世界の音楽シーンで、たいへんな話題のアントネッロ・マナコルダ/カンマーアカデミー・ポツダムのベートーヴェンだ。モダン楽器でピリオド様式を演奏するハイブリッドなスタイルにて、これまでシューベルト、メンデルスゾーン、モーツァルトと来て、いよいよ本命のベートーヴェンだ。アントネッロ・マナコルダはマーラー・チェンバー・オーケストラの元コンサートマスター。2011年よりカンマーアカデミー・ポツダムの首席指揮者に就任。ベートーヴェンはこれまで第1、2、7番がリリースされ、今回が第2弾。5番と6番だ。
マナコルダは、ベートーヴェンを手掛ける意義をこうコメントしている。「ベートーヴェンの交響曲の全曲録音に取り組もうと思ったら、誰もがまず、世の中は本当にそれを必要としているのか、と問うことから始めなくてはいけません。だから私たちは待ちました。6年~7年前、私たちはポツダムでベートーヴェンの9つの交響曲すべてを、ある週末に一気に演奏しました。これだけの巨大な作品群を比較的短い時間の中で演奏するために準備を進める作業は、大変に重要な経験になりました。今年、創設から20年目を迎えたことで、ベートーヴェン・プロジェクトに挑戦できるまでに成熟したと感じたのです」。
爽快、軽快な「運命」。まさにピリオドシーンを走る、実にダイナミックなパフォーマンスだ。スピードが極端に速い。アクセントも強烈。エッジが立ち、鮮鋭で、レ切れだ。スピーディだけでなく、粘りのアーティキュレーションも印象的。これまで幾百の名演奏が並ぶ「運命」のカタログに、最先端として、しっかりポジションを与えられる。ピリオド系の「運命」も多いが、とても魅力のある演奏である。
音質も素晴らしい。細部まで解像し、トゥッティでも、内声部まで聴かせてくれる。第4楽章の勝利の凱歌では、溜に溜めていたエネルギーが大爆発。ベルリン・フィルハーモニーのトーンマイスターのクリストフ・フランケ氏が、レコーディング・プロデューサーを務めているのも注目だ。2021年12月2日&3日(第5番:ライヴ・レコーディング)、2023年2月16日~17日(第6番)、ベルリンはピエール・ブーレーズ・ザールにて録音。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
『ハート・アンド・ソウル』
ジャック・リー 韓国, ネイザン・イースト アメリカ
ベースプレイヤー、ネイサン・イーストと韓国のギタリスト、ジャック・リーのデュエット作品。バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」、フォーレ「リベラ・メ」(レクイエム組曲)、スティーヴィー・ワンダー 「神とお話」、ポール・サイモン「明日に架ける橋」などの名曲から、ジャックのオリジナル「ヘヴン・ノウズ」や、ネイザンの「ハート・アンド・ソウル」を加え、平原綾香も1曲ヴォーカル(「5.イッツ・ユー」)で参加している。
先行シングルでリリースされた「2.神とお話」はリジッドで、安定したリズムに乗った、ギターの語りと音色が心地好い。暖かく、乗りが良いジャック・リーのギターサウンドは、耳の快感だ。同じくジャックが弾くキーボードも快適なグルーブ。右チャンネルのコーラスは彩度感が高い。「8.アメイジング・グレイス」は平穏で平明。まさに神に祈りを捧ぐような敬虔な進行だ。
FLAC:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集』
ルノー・カプソン, ローザンヌ室内管弦楽団
2022年9月にドイツ・グラモフォンと契約したヴァイオリニスト、ルノー・カプソン。音楽監督を務めるローザンヌ室内管弦楽団との共演にて、弾き振りによるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲集。実に爽やかで、心地好い。モーツァルトならではのメジャー調の素敵な響きを軽快に明朗に、そして情感豊かに奏する。爽快なローザンヌ室内管弦楽団の持ち味と、ルノー・カプソンの歌心とは完全に一体だ。しゃれたアーティキュレーションがアクセントになり、伸びやかにモーツァルトの世界を歌う。録音もたいへん爽やか。伸びがクリヤーで、ヴァイオリンとオーケストラの豊かな感情表現を適確に伝えている。ホールのアンビエントが美しく、弦の音を美的に修飾している。2022年9月--10月、ローザンヌ、ボーリュ劇場で録音。
FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Jackson Browne (Remastered)』
Jackson Browne
シンガーソングライター、ジャクソン・ブラウン。1972年のメジャーデビューから、2022年に50周年を迎えた。彼のデビューアルバム 『ジャクソン・ブラウン・ファースト (原題:JACKSON BROWNE) 』 を、本人監修でリマスタリング。
ひじょうに音質が良い。51年前のアナログ録音とは信じられないほどの新鮮さと、解像度の高さ、音のキレのシャープさだ。でも人工的なフレーバーはたいへん少なく、ナチュラルで、伸びのよいヴォーカル、ギター、パーカッション……が聴ける。本人監修のリマスター版ならではの高音質か。当時のウエスト・コーストの爽やかで、エネルギーに満ちた音楽シーンが現代に甦るような名曲たちのクリヤーで、キレが心地好いサウンドだ。
FLAC:96kHz/24bit
Rhino/Elektra、e-onkyo music
『マーラー:交響曲第5番 (96kHz/24bit)』
アンドレア・バッティストーニ指揮, 東京フィルハーモニー交響楽団
バッティストーニが「暗闇や絶望から、光、希望、新たな生命に至る旅を描いたこの作品は、まさに今の私たちが必要とするエネルギーを与えてくれるものだ」と語る"マラ5"。冒頭のトランペットの三連符は強弱の抑揚が大きく、感情的だ。そこからのトゥッティはスケールが大きく、前後左右の大きな音場を持つ。音調はナチュラルを基本とするが、各パートへの解像感的な気配りも感じられる。トゥッティでも音の歪みがたいへん少なく、これほど量感と質感がバランスするマラ5の録音は、珍しい。ただ、ここまで音の素性が精密に明かされると、オーケストラの音色そのものにもっとこくと絢爛さが欲しい気もしてくる。響きはきれい。2022年9月19日、Bunkamuraオーチャードホールで録音。
e-onkyo musicの特別記事「椿三重奏団2ndアルバム『偉大な芸術家の想い出に』発売記念対談 麻倉怜士×武藤敏樹(アールアンフィニ代表)」に、私はこう述べている。
「前半を聴いて、原曲のピアノ版とかなり違うと思ったのは、ピアノというのは、10本の指で弾くと全部が主張する感じがするのですが、そこがギターだとそんなに主張しないというか、みんなでうまくまとめるというか……。リズムとハーモニーのバランスが大変良くて、ハーモニーの中にメロディーが浮かび上がってくる。ピアノだったら、ハーモニーもメロディーもどちらも頑張る感じなのですが」。
FLAC:96kHz/24bit
DENON、e-onkyo music
2012年のメジャー・デビュー以来、ジャズ作曲家としてニューヨークを拠点に活動を続ける挾間美帆。デンマークラジオ・ビッグバンド(DRBB)の首席指揮者、オランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者を務める。
本作は挾間美帆のメジャー・デビュー10周年記念アルバム。フレンチホルンやストリングスを含む13人編成のジャズ室内楽団"m_unit"との協演だ。1曲(アース・ウインド&ファイアー「キャント・ハイド・ラヴ」)を除き、挾間美帆のオリジナル曲で構成。ゲストは クリスチャン・マクブライド、イマニュエル・ウィルキンスという強力。
伝統的なビックバンドのブラスサウンドとはひと味もふた味も違う多彩な音色だ。細部まで目配りが行き届いた現代的な華やぎのサウンドだ。特にストリングスの音色は異色だが、見事に溶け込んでいる。バンド全体としてのマッシブ感に加え、フューチャーした楽器の音像が鮮明で、快適なグルーブで奏される。「3.Exoplanet Suite - I) Elliptical Orbit(feat. クリスチャン・マクブライド)は一幅の交響絵巻を鑑賞している風だ。
FLAC:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『偉大な芸術家の想い出に』
高橋多佳子(ピアノ), 礒絵里子(ヴァイオリン), 新倉瞳(チェロ), 椿三重奏団
「椿三重奏団」はピアニスト高橋多佳子、ヴァイオリニスト礒絵里子、チェリスト新倉瞳による、花の名を冠する女性ピアノ・トリオ。本作品はメンデルスゾーン&ブラームスのピアノ三重奏曲に次ぐ第2弾。そもそもチャイコフスキー: 『偉大な芸術家の想い出に』は、ひじょうに哀切な楽曲だが、椿三重奏団はさらにメランコリック。冒頭の右チャンネルのモルト・ビブラートで朗々と歌われる新倉瞳のチェロの濃密なエモーション、それに左から応える礒絵里子のディープヴァイオリン、右と左のやりとりのスリリングさ、さらに高橋多佳子のピアノの切ないオクターブ奏……と、たいへん感情が深い。
三つの音像により、濃厚なひとつの音場が形成されている。実は、この音場にアールアンフィニの秘密があった。「椿三重奏団2ndアルバム『偉大な芸術家の想い出に』発売記念対談 麻倉怜士×武藤敏樹(アールアンフィニ代表)」https://www.e-onkyo.com/news/3717/から引用すると……。
麻倉:1stアルバムについてお話をうかがった時に、「セッション・レコーディングと演奏会は違うから、その編成に合ったマイクの配置をしました」とおっしゃっていましたね。普通は、演奏会と同じ配置、ピアノがステージ奥側にいて、その前にヴァイオリンとチェロがいるけれども、このトリオのレコーディングは「三角形」に配置していると……。
武藤:通常は、当然、演奏会と同じ楽器の配置で録ります。ところが1stアルバムも今回も、ピアノとヴァイオリンとチェロが正三角形に向かいあうんです。演奏会では、音が客席の方に飛ぶように、ヴァイオリンとチェロが客席の方を向くんですけれども、レコーディングでは、ピアノの放出する音と、ヴァイオリンとチェロの音が、それぞれを結んだ三角形の中心で録れるように、お互い向かい合わせになるんです。
麻倉:なるほど。弦楽器は音が前に進みますからね。だからライブではありえない(笑)。
武藤:でも、これはセッション・レコーディングだから(笑)。このマイク配置を1stアルバムの時に試したら、思いのほか良くて。アーティストも大変満足してくれたんですよ。
この音場は、凄い。
DSF:11.2MHz/1bit
ART INFINI、e-onkyo music
1991年のセロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、これまでにグラミー賞に11度のノミネートされているサックス奏者のジョシュア・レッドマンのブルーノート移籍第一弾。「1.After Minneapolis 」はサックスソロで始まり、ピアノの和音の上にガブリエル・カヴァッサのひとりごちのようなヴォーカルが乗る。後半のサックスのインプロビゼーションが聴きどころだ。「2.Streets Of Philadelphia」は、冒頭のエレクトリックギターのフレージングがセクシー。カヴァッサの退廃的なヴォーカルが良い味。録音は素晴らしい。たいへん鮮明で、音像がクリヤーに浮き立つ。
FLAC:96kHz/24bit
Blue Note Records、e-onkyo music
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