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新清士の「メタバース・プレゼンス」 第40回

メタのメタバース熱は下がり気味? 新製品「Quest 3」は確かにすごいが、理想に届かず

2023年10月23日 07時00分更新

文● 新清士 編集●ASCII

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とにかく深刻なのはタイトル不足

 というわけで、Quest 3はMRの性能が非常に高いんですが、逆に言うとそれだけです。特にゲームのタイトル不足は本当に深刻です。

 11月に「アサシン クリード ネクサスVR」の発売が予定されていますが、ハードとの同時発売でもなく、それ以外に大きく目立ったユーザーを引き付けるタイトルはあまりないように見えます。本来は目玉にする必要のあるMRゲームにしても、発売時には対応タイトルがストアにまったくないという状態。もう少し対応タイトルが出そろうと状況は変わるかと思いますが、いま過剰に広告をすると、「買ってみたものの、できることが少なすぎる」と失望させてしまいそうな雰囲気を感じました。

期待の大型タイトル「アサシン クリード ネクサスVR」(UbiSoft)

 実際、TFインターナショナル・セキュリティーズのアナリスト、ミンチー・クオ氏はQuest 3の出荷台数予測を当初予測の700万台から、250万台へと大幅に引き下げています。売れ行きとして顕著なのは、アメリカでは512GBモデルが品切れになった一方、256GBモデルの在庫が残っているということ。これはつまり、コアなVR/MRファンは食いついたが、一般層にはリーチできていないということではないかと分析しています。

 さらに問題なのは値段です。300ドルから500ドルへの値上がりはユーザーからすればだいぶ割高に写っていると思います。PlayStation 5が買えるほどの価格で、ゲームユーザーが気軽に手を出せるものではなくなりました。アメリカでは「300ドルライン」「500ドルライン」といった、ユーザーが買いやすいと考えられる価格ラインがあるのですが、ゲーム機に500ドルはかなり割高といえます。もちろんハード性能を考えれば、Quest 3の500ドルは、Metaでないとつけられない価格であることは間違いないのですが……。

メタバース熱は下がり、AIに注力

 メタ側も数週間後に本格的なアップデートを入れると言っているので、年内はほどほどで乗り切って、年明け以降に勝負をしていく算段なのだろうと思います。メタの発表会を見ていても、メタバースについての言及は限定的でトーンダウンする一方、途中のAIのパートにずいぶんと時間を割いていました。VRにほぼ無関係な機能に力を入れて説明している姿には変化を感じました。実際に発表されたAI Studioは興味深いものでした。Instagramのメッセンジャーに、メタが独自開発している生成AI「Emu」を使い独自スタンプを作れると言った新機能です。

メタが発表したチャットの最中に、画像生成AIを使ってスタンプがその場で作れる機能。ただ、聞きながら「VRやMRとなんの関係が?」という気分にはなった(Meta Connect 2023の基調講演より)

 様々な性格を持ったチャットAIも準備し、それらのAIと気軽に会話ができるようにするというものです。一応申し訳なさそうに、最後にそのチャットAIは、メタバースの「Horizon Worlds」とも連携し、NPCとボイスチャットも楽しめるようになると付け加えていました。

「Horizon Worlds」にNPCとして登場するようになるメタのAI(Meta Connect 2023の基調講演より)

 メタは無理してでもVR機器を普及させることを目指すと言った昨年までのスタンスと大きく変わり、VRもやり続けるものの、AIの方にも主力を投じはじめているのだろうなと。実際、一昨年の今頃のメタの株価は100ドルを切り危機状態と言われていたのが、1年で300ドル台の過去最高近いところまで戻しつつあります。リストラやAIへの集中、さらにはXR部門への投資のペースを落としたのが功を奏した格好です。今や、MetaはAI銘柄の代表格のひとつになっています。

 Quest 3という新ハードが発売されるという最も盛り上がるタイミングであるはずなのに、発売後のスタートは少し静かな立ち上がりのように感じます。メタが自社名まで変えて始まったメタバースという大きな波は、一段落しつつあるように思えます。もちろんQuest 3が提示したMRという新しい可能性は、様々な技術的な試みを生み出しつつありますが、誰もが普段どおりに使うという未来は、また先延ばしになったように感じます。

 

筆者紹介:新清士(しんきよし)

1970年生まれ。株式会社AI Frog Interactive代表。デジタルハリウッド大学大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。現在は、新作のインディゲームの開発をしている。著書に『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。

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