評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『ラフマニノフ:交響曲第2&3番、交響詩『死の島』』
フィラデルフィア管弦楽団, ヤニック・ネゼ=セガン
ヤニック・ネゼ=セガンがシェフを務めるフィラデルフィア管弦楽団とのコンビネーションで進むラフマニノフ全集。すでにリリース済みの2021年の交響曲第1番と「交響的舞曲」は本欄でも採り上げた名アルバムであった。今回、交響曲第2番と第3番、交響詩「死の島」が加わり、交響曲集は完結。ラフマニノフとフィラデルフィア管弦楽団との関係は深く、1909年にフィラデルフィア管弦楽団にソリストとしてデビューして以後、34年にわたり何度もこの楽団と共演、指揮し、ピアノと管弦楽の自身の作品を録音している。
今回も圧倒的。艶々と、まるで厚いビロードのような質感。実に豪華で、色彩感に溢れる。ひとつひとつのフレーズが濃く、深い。ストコフスキー、オーマンディ以来のシルキーサウンドがよりピュアに磨きが掛かった。ホールの最良の座席にて、眼前感を楽しみながら、聴いている雰囲気だ。ラフマニノフならではの色彩感、憂色感も音で雄弁に表現されている。
交響曲第2番第2楽章の快活さ、第3楽章のエリック・カルメン「Never Gonna Fall In Love Again」(邦題「恋にノー・タッチ」)の原曲であるアダアジォの妖艶さ、第4楽章Allegro vivaceの豪奢な響き。録音も細部までの切れ込みと全奏の偉容さが両立する。2018年3月、2022年1月、フィラデルフィアはキンメル・センター、ヴェライゾン・ホール、アカデミー・オブ・ミュージック・オン・ザ・キンメル・カルチュラル・キャンパスで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
日本ツアーを成功させた、82歳のボブ・デュランのセルフカバー集だ。ハイレゾで聴くと、味わいのある声質はそのままに、さらに深みが加わり、ヴォーカルの質感が生々しい。艶っぽく、色っぽい声質も含め、実に明確に聴ける。ギター、アコーディオン、ハーブ、ベース……という楽器群もたいへん明瞭。録音は優秀だ。まさに"永遠のボブ・デュラン"という思いを強くする。
FLAC:96kHz/24bit
Columbia/Legacy、e-onkyo music
『Carl Philipp Emanuel Bach』
Keith Jarrett
1994年5月にキース・ジャレットの自宅スタジオで録音された未発表作品。「チェンバロ奏者が録音したヴュルテンベルク・ソナタ集を聴いて、ピアノ版のための可能性が残されていると感じた」とキースは語っていた。チェンバロのために作曲した曲を現代のピアノで、どのように奏するかは、ピアノシーンでの大問題として、グレン・グールド以降、何度も問われているが、そのひとつの答がこのキース・ジャレットのパフォーマンスではないか。
実にゴージャスなC.P.E.バッハだ。ピアノとしての可能性を、とことん追求するという姿勢ではなく、チェンバロ表現を色濃く残しながら、ピアノならではのDレンジの広大さ、音色の華麗さ、表情の深さ……を駆使して、新鮮でダイナミックなバロックを蘇生させている。まるでビアノのために作曲されたのではと思うほどの、しっくりさだ。音質も透明度が高く、クリヤーだ。1994年5月14~18日,ケイヴライト・スタジオで録音。
FLAC:96kHz/24bit
ECM New Series、e-onkyo music
『The Omnichord Real Book』
Meshell Ndegeocello
ベース、ヴォーカル、ギター、ドラムス、キーボードをこなすマルチ・ミュージシャンで、グラミー賞に10回もノミネートされたミシェル・ンデゲオチェロ。90年代から活躍するアメリカのベテランシンガーのブルーノート移籍第1弾である。全曲ミシェル本人の書き下ろしだ。「1.Georgia Ave(feat. Josh Johnson)のソウル、R&B、アフロビート……が華麗に交わるサウンドは、現代的で実に爽快だ。「6.Clear Water(feat. Deantoni Parks, Jeff Parker, Sanford Biggers)」はリードヴォーカルを始め、楽器の音色が多彩で、重層的。複数のサウンドの堆積感と、同時に個個の音までクリヤーに見渡せる、音場解像度も見逃せない。
FLAC:88.2kHz/24bit
Blue Note Records、e-onkyo music
2023年に没後10年を迎えたフランスの作曲家、ジャン=ミシェル・ダマーズのピアノ作品集を、ダマーズ演奏のスペシャリストである山田磨依が録音した。山田は桐朋学園大学卒業後渡仏、パリ地方音楽院最高課程修了。2017年にアルバム「ダマーズ生誕90年によせて」(ソナーレ)でデビューしている。パリを拠点の作曲家、上林裕子氏は「山田さんがCDに収録されたダマーズを聴き始めた瞬間に、彼の音楽の溢れる光、めくるめく変化する色彩、ちゃめっ気なしぐさまでが、彼女の演奏と共に蘇って来た。彼女の奏でるダマーズは、私にとって驚きであり、私が知るダマーズそのものだった。ダマーズが残した楽譜に、彼女の演奏を通して新しい命が吹き込まれてゆく、なんて嬉しいことだろう、と思う」と、コメントしている。
録音を担当した長江和哉氏(名古屋芸術大学芸術学部准教授)は「録音の3ヶ月ほど前に、山田磨依さんのリサイタルをデモ録音させていただきました。今回の録音は稲城市iプラザで1日のみで行いましたが、事前に、どのような音の音楽を表現されるかを知っていたので、スムースに進みました。今回は、ハイレゾ・ステレオのみではなく、ドルビーアトモスでも制作しました。私にとっては初めてのアトモス作品となりましたが、ステレオ用とアトモス用の二種類のマイクを設置して、それぞれのフォーマットにとってふさわしい音色に仕上げました。Apple Musicでは空間オーディオとしてアトモス版がお聴きいただけれます」。
ラブリーで繊細、色合いがバラエティに富むピアニズムが堪能できるアルバムだ。ダマーズ:「おとぎ話16のピアノ小品」 Op.38を全曲、聴こう。「No.1 眠れる森の美女」の秘めたラブリーさ、「No.2 ロバの皮」の不思議な躍動感、「No.3 長靴をはいた猫」の優しい不気味さ、「No.4 シンデレラ」はしっとりとした落ち着き、「No.5 緑色の蛇」のキラキラする高音のおどろおどしさ、「No.6 金髪の美女」は誇らしげに金髪を振る美女、「No.7 青い鳥」はあちこちを飛び、飛び去る華麗な飛翔、「No.8 羊」は夕暮れにまどろむ羊たち、「No.9 親指小僧」はスキップして小躍り、「No.10 美女と野獣」は高音が美女で低音が野獣だが徐々に交わっていく、「No.11 赤ずきん」は軽快に飛び跳ね、「No.12 嘆きの牝鹿」は憂色漂う気分、「No.13 白猫」は高音で軽妙にコケティッシュに踊る、「No.14 巻き毛のリケ」は対照的な低音リズムと高音の煌めき、「No.15 グラシウズとペルシネ」も低音の蠢きと高音のグロッシーの対比が素敵、そして「 No.16 仙女たち」は夢見るような、浮遊するような……。2022年11月25日、稲城市立iプラザホールで録音。
FLAC:192kHz/24bit
Mollis Records、e-onkyo music
世界最高峰のギタリスト、パット・メセニーのソロパフォーマンス作。数年にわたり呂録音されていた小曲を集めたコンピレーションだ。時々の断片=夢を集めた「DREAM BOX」というわけである。従来のパット・メセニーの作品は自動演奏バンドをバックにしたりと、工夫が凝らされたものが多かったが、「Dream Box」は実にシンプル。パット・メセニーの音だけが聴けるとあって、ファンが驚喜する様子が浮かぶ。グロッシーで、味わいが深く、しかも繊細でグラテーションが豊かな音が、たっぶりと堪能できる。艶めかしく、色彩豊かな、美味しいソロだ。
FLAC:96kHz/24bit
Modern Recordings、e-onkyo music
ドイツ・グラモフォンと契約した久石譲の第一弾アルバムは、宮崎駿監督作品に提供した自作集。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団をビアノ弾き振りした。ロイヤル・フィルの演奏能力の高さと音色の緻密さ、繊細さは、作品性に優れた彩りを与えている。「3.The Legend of the Wind[from 'Nausicaa of the Valley of the Wind'(「風の谷のナウシカ」の「風の伝説」)はバッハ合唱団との協演。オーケストラの背後に合唱団が位置する。打楽器、金管、木管、弦の位置関係が明瞭で、オーケストラのポジショニングが広く、深い。 久石が自作を慈しみながら、ピアノ演奏し指揮している姿が目に浮かぶ、愛に溢れたアルバムだ。録音も臨場感が豊か。2022年6月、ロンドンで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『歌う、聴こえる?そして10のメモワール”Chante,entendre et 10Memoires”』
鈴木祥子
2023年2月5日に行われたビクタースタジオでのアコースティック・レコーディング・ライブ "Syoko,/The Lead Vocalist."。鈴木祥子が自らの初期の名曲を歌う。 スタジオライブというが、スタジオでの繊細な音というより、太きく、強い音像がライブ感と臨場感を強く醸しだしている。立体的で巨魁なヴォーカル音像が印象的。拍手も生々しい。録音は鈴木とコンピを組む、エンジニアの中山佳敬氏(ビクタースタジオ)の手になる、彼女の音楽的な世界観を知り尽くしていることが分かるサウンドクオリティだ。
FLAC:96kHz/24bit
BEARFOREST RECORDS、e-onkyo music
『飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラコンサート2023』
飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ
飛騨に縁のある演奏家で結成されている飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラの2023年1月15日、飛騨芸術堂(岐阜県高山市)でのライブ。ピアニストに岐阜県高山市生まれの廣田俊司氏(韓国水原音楽大学ピアノ科准教授)を迎えたベートーヴェン: ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝」、モーツァルト: 交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 などが演奏された。
録音を担当した長江和哉(名古屋芸術大学芸術学部准教授)に訊いた。「今回、飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラとしては初のドルビーアトモス版を制作しました。Apple Musicなどの配信サービスでお聴きいただけます。収録については、ステレオもアトモスもどちらも最適なミックスが可能なようにマイクを配置しました。飛騨芸術堂で聴いている雰囲気とともに、ホールでは聴けないような、各楽器の声部に触れられるようにミックスいたしました」。 もちろん配信のハイレゾは2チャンネルだが、豊かなソノリティを湛え、スケールの大きさと、抱擁力を感じさせるオーケストラ、キラキラと煌めき、シャープに尖るピアノとの対照的な質感が楽しめる。オーケストラは左右に、奥に豊かに拡がり、細部まで明瞭に聴ける。
FLAC:192kHz/24bit
Hida-Takayama Virtuoso Orchestra、e-onkyo music
世界的に日本人プレーヤーのジャズ、「和ジャズ」がブームになり、世界中のレコード・コレクターが血眼で当時のLPを探している。そんな期待に応えて、リマスタリングされた1970年の初リーダー作品「モーニング・タイド/峰厚介ファースト」。すでにアナログLPでは、2年前にイギリスのレーベルが発売していた。ピアノは菊地雅章、ベースはラリー・リドレー、ドラムスはレニー・マクブラウン。ジャズ評論家の塙耕記氏は解説で「全編において洗練された都会的なサウンドが特徴。ともに10分超える2曲(A①,B②)は、静(リトル・アビ)と動(モーニング・タイド)の美しさだ」と述べている。1970年当時の、日本人ジャズの価値が伝わってくる歴史的アルバムだ、キーボードが左、ベースがセンター、ドラムスが右と完全に分離した音場に峰厚介は、センターに堂々と位置する。熱いパフォーマンスだ。
FLAC:192kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
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