印南敦史の「ベストセラーを読む」 第1回
『コンビニオーナーぎりぎり日記』(仁科充乃/著)を読む
「休日が取れなくなって1057日目」ぎりぎりのコンビニオーナーが、それでもコンビニを経営してよかったと思えた瞬間
2023年08月24日 07時00分更新
オーナーの価値観を変えた“やんちゃな若者”
だが、そんなコンビニでの毎日は、「若いころは頭が固く、中学でも高校でも校則違反は一切せず、つねに正しくありたいと願っていたタイプ」だったという著者の価値観を変えることにもなったようだ。日々人と接するなかで、視野が少しずつ広がっていくのだ。
たとえば印象的なのが、大きなエンジン音を響かせながら、ふたりのやんちゃな若者が訪れたときのエピソードだ。ひとりは茶髪にピアス、もうひとりは金髪で肩の刺青を見せつけるようなタンクトップを着ており、ともに「ズボンをずり下げて下着丸出しの着こなし」。彼らとのやりとりがなかなかいいので、少し長くなるが引用しよう。
茶髪ピアスの子が雑誌と菓子を求めてレジに立った。
「558円でございます」
「はい」ごく自然に彼はそう答え、財布の中を探った。
すると、ペットボトル飲料を手に彼の横に並んでいた金髪刺青の子が、
「『はい』だって!?」
茶髪ピアスの彼のさきほどの返事をそう言って茶化した。からかわれたほうは「俺、根は素直でいい奴だから」と照れ臭そうに笑った。
そう言い置いて茶髪ピアスの子は店を出て行き、私は金髪刺青の子のペットボトルを手に取り、レジを打って言った。
「158円でございます」
「はい」
今さっき、からかったはずの子が、舌の根も乾かぬうちに同じ返事をした。しかも自分の口から出た言葉に気づいてもいない。その様子にプッと思わず私は吹き出してしまった。
彼は驚いて、こちらを見て、私の笑顔に初めて自分の言葉に気づき、照れて金髪をかいた。
「2人とも素直でいい子だってこと、はっきりしたね」
お釣りを渡しながら私が話しかけると、ニヤリと笑って、
「ありがとう!」と出て行った。
バロロロロンッ! クルマはまた大きなエンジン音を立てて走り去った。(138〜139ページより)
以前の自分なら、彼らのようなタイプは意識的に避けていたはずだとも著者は認めている。だが、さまざまな人たちと接するなか、自分でも気づかぬうちに視野が広がっていたということなのだろう。
ちなみにこの直後にはきちんとした身なりの客がやってきて買い物をしたが、その人は著者に目もくれず、無言のまま会計を済ませて店を出て行ったそうだ。現実問題としてそういうお客が多いからこそ、金髪青年たちの「はい」が著者の心に染み込んだということだ。
とはいえ、これはどちらかといえばレアな部類に入る“いい話”であり、他にはとんでもないエピソードもたくさん登場する。トイレに女性が籠城して警察沙汰になった話などは、いろんな意味でショッキングでもあった(詳しくはご確認を)。
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