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テクノロジートレンドの年次レポート「Accenture Technology Vision 2023」発表

「現実とデジタルの『なめらかな融合』」主要技術トレンドをアクセンチュアが解説

2023年07月21日 07時00分更新

文● 大河原克行 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 アクセンチュアは2023年7月19日、テクノロジートレンドに関する年次調査レポートの最新版「Accenture Technology Vision 2023」に関する記者説明会を開催した。

 「アトム(現実世界)とビット(デジタル)が出会う時――新たな現実世界の礎を築く(When Atoms Meet Bits: The Foundations of Our New Reality)」と題された今年のレポートでは、企業が事業の再創造を加速するなかで「現実とデジタルの融合」を促す4つのテクノロジートレンドを定義し、生成AIをはじめとした先進的なテクノロジーが、ビジネスの新時代を切り開くことを示している。

レポート全文(英語)は同社Webサイトで公開されている

アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 インテリジェントソフトウェアエンジニアリングサービスグループ 共同日本統括/クラウドインフラストラクチャーエンジニアリング 日本統括マネジング・ディレクターの山根圭輔氏

現実世界とデジタルの融合がビジネス変革のカギ、それを阻むものとは?

 Accenture Technology Visionは、同社が23年間に渡って考察を行ってきた、ビジネスと産業界に破壊的な変革をもたらすテクノロジートレンドの最新動向をまとめた調査レポートだ。

 今回の2023年版では、日本を含む世界34カ国、25の業界にわたる4777人の上級役職者や役員を対象として、アクセンチュア・リサーチが2022年12月から2023年1月に調査を実施。その結果に加えて、研究機関やベンチャーキャピタル、ベンチャー企業に在籍する25人以上の有識者で構成される外部諮問委員会から知見を収集してとりまとめた。

 調査結果を見ると、企業の経営幹部(CxO)を対象にした調査では「今後10年間でデジタル空間と現実空間の融合がビジネスに変革をもたらす」との回答が96%に達している。

 そのほかにも「デジタル上でユーザーやアセットを認証する機能の構築は戦略的な優先事項である」とする回答は85%、「データの透明性が競争上の差別化要因になっている」は90%、「データ利活用の急速な変化に適応してくために、新しいデータ戦略と基盤が必要」は95%、「生成AIにより、企業におけるインテリジェンス活用の新時代が到来しつつある」は95%、「サイエンスとテクノロジーの組み合わせは深刻な社会課題の解決に貢献しうる」は75%に達している。

 このように、企業においてデータ、生成AI、メタバースといったテクノロジーへの期待は非常に高いものがあるが、その一方で「テクノロジーを活用して全社的な変革を達成できた」とする企業はわずか8%にとどまることもわかっている。

96%の企業が「テクノロジーの導入が必須」と考えるが、現実に「全社的な変革を達成」できた企業は8%にとどまる

 この結果についてアクセンチュアの山根圭輔氏は、現状では現実世界とデジタルが「なめらかに融合」できておらず、デジタルへの入力に制限があったり、出力が限定的/局所的であったりすることが課題だと指摘する。そしてこの「なめらかな融合」を実現するテクノロジーが、今回のTechnology Visionが取り上げる主要なテーマとなっている。

現状の課題は、現実世界(アトム)とデジタル(ビット)が「なめらかな融合」を果たしていない点にあると指摘

「現実とデジタルのなめらかな融合」支える4つのテクノロジートレンドとは

 アクセンチュアでは、現実世界とデジタルのなめらかな融合を支援するテクノロジートレンドを、「デジタルアイデンティティ(Digital identity)」「私たちのデータ(Your data, my data, our data)」「一般化するAI(Generalizing AI)」「サイエンスとテクノロジー(Our forever frontier)」の4つに集約。これらを「共有現実(Shared Reality)を創り出すうえで重要なテクノロジートレンド」と位置付けている。

「なめらかな融合」を支援する4つの重要なテクノロジートレンド

 まずひとつめの「デジタルアイデンティティ」は、すべての人間とモノに対して固有のIDを付与するものだ。山根氏は、「デジタル上のユーザーやアセットを認証する機能は、デジタル空間と現実空間を行き来するための基盤として欠かせない。これは古くて新しい課題であり、経営幹部は単なる技術的な課題ではなく、戦略的な優先事項であると認識している」と指摘する。

 さらに、デジタル化の浸透によって「すべての人が生まれながらにIDを持つ」「IDがサービスより先に存在する」世界が到来しており、その結果、企業が独自IDを発行してユーザーを囲い込み、経済圏を構築するという従来の方法から、今後はデジタルIDの規格の統一とポータビリティ担保が重要になることを説明した。

 「サービスよりも先にIDが存在する」世界の事例として、山根氏はインドにおけるデジタルID基盤構築を紹介した。インドでは、2009年時点でおよそ14億人いる国民の17%しか銀行口座を持っておらず、IDを持たない国民も4億人に達すると予想された。すべての国民が利用できる金融サービスを提供するために、2010年から多種多様な金融サービスのための堅牢なデジタルID基盤(「India Stack」)を展開。銀行口座を通じた日常的な金融サービスの利用と、国民が「自分のデータを自分のために利用できる」環境構築に取り組んできた。

 生体情報と組み合わせた本人確認済みデジタルID「Aadhaar(アダール)」の発行数は、2016年には10億人を突破。いまではほぼすべての金融機関において、およそ10分で本人確認手続きを行うことが可能になっている。またスタートアップ企業の84%が、このデジタルIDを活用して自社サービスを提供しているという。

インドの「India Stack」と「Aadhaar」の概要

 2つめの「私たちのデータ」では「透明性」がキーワードになる。山根氏は、企業がデータの独占や不透明な利用から脱却することが「競争優位性の獲得に直結することになる」と指摘。加えてデータのサイロ化を解消し、自社のデータ基盤を現在の技術を活用して刷新することが、AIの潜在価値を最大限に引き出すことになるとした。

 「データを透明な状態に置くことが、価値創出の源泉となる。そのためにはAPIによるデータ公開戦略が大切になる。これも古くて新しいテクノロジートレンドではあるが、従来はコンセプチュアルに語っていたものが、現実的なものになっている点が、今回の変化だといえる」(山根氏)

APIを、データを共有し透明性を持たせる“透明性の窓”と位置付ける

 データの透明性についても、India Stackの事例を引用して説明した。

 ひとつめは、India Stackでは自分のデータを企業に共有する際、共有する範囲や条件の同意を付与する「Account Aggregator(同意管理基盤)」という仕組みが用意されている点だ。たとえば個人事業主が融資を受けたい場合、金融機関などの貸し手に対して過去の取引情報を与信情報として提供することに同意すれば、金融機関どうしがAPI経由で暗号化された取引情報をやり取りし、与信調査がなされる。なおAccount Aggregatorは顧客個人のデータを保持しておらず、データ共有許諾の管理機能に特化しているという。

India Stackの「Account Aggregator」概要

 もうひとつは、eコマースの共通規格化で市場の民主化を推進する仕組み「ONDC(Open Network for Digital Commerce)」である。eコマース市場の独占を防止するために、インド政府は大量購入で仕入れ額を安く抑え、値下げによって設けるインベントリモデルを禁止しており、ECポータルへの参加料でもうけるマーケットプレイスを推奨している。その実現のために、Amazonなどの大手小売だけでなく地方の中小小売業者も含めてAPI接続したONDC共通基盤を構築。売り手はすべてのECポータルに商品を提供し、買い手はどのECポータルでもすべての事業者の商品を探せるようになっている。これにより「販売元や配送業者、決済手段のすべてを、消費者が自由に選択することが可能になっている」(山根氏)。

India Stackの「ONDC(Open Network for Digital Commerce)」概要

 ちなみに日本では福島県会津若松市において、地域の製造業各社が、SAPを共同利用する経営プラットフォーム「Connected Manufacturing Enterprises(CMEs)」をアクセンチュアとの協業で展開している。地域全体で業務システムを共有化し、導入コストと業務プロセスの最適化を実現。非競争領域のコストを低減することにより、各社が独自のデジタル化を行う余力が生まれるという。

 「“透明性の窓”であるAPIを活用することで、これまでのような自社を主語に据えた独占的な三方よしから、ステークホルダーを主語にした三方よしに転換する時代が来ている」(山根氏)

山根氏は、データ主権が消費者個人に移行していくなかで、

生成AIが実現するユーザー体験革命=「AI Transformation(AIX)」

 次の「一般化するAI」においては、「アトム(現実世界)とビット(デジタル)の融合において重要な役割を示す」として生成AIに注目している。

 今回の調査によると、日本の経営層は、世界中の経営幹部よりも生成AIへの期待値が高いという。日本の経営幹部の99%は「生成AIの進歩がエンタープライズインテリジェンスに新時代をもたらす」と回答、さらに「生成AIを活用したソフトウエアとサービスが、今後3~5年間で、組織の技術革新と創造性を大幅に強化する」という回答も99%で、全世界平均の96%、98%を上回った。

 ちなみに「生成AIを、人間の能力を拡張するための伴走者、クリエイティブパートナーやアドバイザーとして活用することで、クリエイティビティやイノベーションが大幅に進展する」という回答も全世界で98%、「生成AIにより、企業におけるインテリジェンス活用の新時代が到来しつつある」も95%となっている。

 アクセンチュアでは、生成AIによって現実世界とコンピューティングをなめらかに融合させ、企業サービスにUX(ユーザーエクスペリエンス)革命を起こすことを「AIX(AI Transformation)」と表現している。

 「デジタルツインが大規模化し、より高度なロジックと生成AIを組み合わせることで『一人十色』のコミュニケーションを行うデジタルバディの誕生が、AIXの真骨頂といえる」(山根氏)

生成AIが実現するUX革命をサービス変革に組み込むAIX

 また生成AI技術を用いて、顧客をデジタルツイン化したデジタルクローンを構築し、このデジタルクローンから新製品や新サービスに対するフィードバックを得ることで、高速開発に反映させるという取り組みも生まれているという。「AIXは、DXの基礎があるからこそ実現できるもの。今後はデータの収集、蓄積においても生成AIが用いられることになる」(山根氏)。

ターゲット顧客のデジタルツイン(デジタルクローン)を構築し、製品/サービスへのフィードバックを得ることも可能に

 生成AIを用いてアトムとビットを融合した具体的事例として、視覚障がい者向けサービスが紹介された。スマートグラスとGPT-4を組み合わせ、GPT-4が周辺情報を要約して音声で状況を伝えることで、目の不自由な人をアシストする。さらには、冷蔵庫のドアを開けると、どんな食材が入っているかだけでなくそれを使ったレシピまで提示してくれるという。

 なお山根氏は、生成AIの主な用途が国によって異なる点も指摘した。ChatGPTの用途として、日本では「ビジネスメールなどの文章の生成や校正」、「必要な情報のリサーチ」が多く挙がっているが、米国では「アイデアの生成」がトップだという。

 「日本では創造性の領域での活用が圧倒的に少ない。生成AIの単純利用は『AIに頼り、AIによる生成物を鵜呑みにする』傾向を強めることになり、未経験者や初学者にとってのディストピアになる」「AIを使いこなせる人はビジネスの世界で頭角を現すが、AIの結果を鵜呑みにし、そのまま使う人ほど淘汰されていくことになる」(山根氏)

 ただし、まだ経験が浅く、知識やスキルが不足している若手社員の基礎レベルを向上させるような目的では、AIによる支援が有効だと説明した。

「AIに頼る」「生成物を鵜呑みにする」単純利用の危険性も指摘した

テクノロジーで強化されたサイエンスが進化を加速

 4つめの「フロンティアの果てへ」では、サイエンス領域とテクノロジー領域がそれぞれの進化を促し合いながら、双方向にフィードバックを繰り返すスピードが加速していることに触れ、「今後は、テクノロジーで強化されたサイエンスである『サイエンス・テクノロジー』が、現実とデジタルの融合を支える」と語る。

「サイエンス・テクノロジー(ST)」が実現し、サイエンス分野の進化も高速化している

 例として紹介されたアステラス製薬の細胞創薬研究プラットフォーム「Mahol-A-Ba」では、細胞培養を行う研究者の腕をロボティクスで自動化して制御したり、生細胞の継続的な観察と制御を深層学習で高精度で実現したりといったことを可能にしており、研究者や技術者が習熟に数日から数か月かかるオペレーションを初見で実現し、研究人材が限られるiPS細胞の研究活動を支援しているという。2つめの例であるFirefly Aerospaceでは、低コストの月面輸送サービスの開発に取り組んでおり、クラウドによるスーパーコンピューティングを用いた高度なシミュレーションでロケットのプロトタイプ制作費用を大幅に節減しながら製造を進めている。この取り組みは、2026年にNASAが計画している月面商業輸送サービスにおいて採用されているという。

 「テクノロジーで強化されたサイエンスは、全産業に対して連鎖的かつ高速に影響を及ぼしている。また、ESGの課題に対するサイエンス活用も始まっている。サイエンス・テクノロジーは、自社だけで実現するのは不可能であり、不足しているケイパビリティやリソースを踏まえ、業界横断のコンソーシアム組成のような座組の形成や、パートナリングを前提に推進すべきだ」(山根氏)

 以上4つのテクノロジートレンドを俯瞰したうえで、アクセンチュアでは企業に向けた「5つの問い」を示している。「現実世界とデジタルが融合する戦略になっているか」「アーキテクチャーに知性が組み込まれているか」「人間と機械が協調する働き方を実現しているか」「テクノロジーの活用が人財の育成を促進しているか」「テクノロジーで強化されたサイエンスと、情報技術、制御技術によるイノベーションが実現できるか」の5つである。

 「すべての企業に対して『テクノロジーによる完全な再発明』が求められており、それが実現できる世界がやってきており、やっていかなければならない時代に入っている。すべての人がIDを持ち、データ基盤を通じて自由な情報交換が行え、AIによるトランスフォーメーションが進むことで、現実世界とデジタルのなめらかな融合が進展する。新しい現実世界に求められている企業とは、すべてのサービスがAPIでつながり、デジタルツインによってライフコンテキストに寄り添い、そこで生まれたデジタルバディを介して生成AIが顧客と相対することができるというものだ。アトムとビットがなめらかに融合する世界において、企業も自社の垣根を越えて溶け込んでいく必要がある」(山根氏)

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