エリアLOVEWalkerウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」番外編
石やガラス、鉄などの自然物や人工物と対峙し対話する李禹煥の集大成
国立新美術館（六本木）は2022年8月10日より、開館15周年を記念して、国際的にも大きな注目を集めてきた「もの派」を代表する韓国の美術家、李禹煥（リ・ウファン、1936年生）の東京では初めてとなる大規模な回顧展「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」の開催を開始した。香川県直島町の李禹煥美術館など、筆者も強く惹かれるアーティストで、8月9日のプレス内覧会に参加した（会期は2022年8月10日〜11月7日）。
今回の展覧会は、李禹煥が自ら展示構成を考案した。1960年代の最初期の作品から最新作まで、彼の仕事と経過と性格を網羅的に集大成したものと言える。構成は、彫刻と絵画の2つのセクションに大きく分かれているが、彫刻と絵画の展開の過程が、それぞれ時系列的に理解できるように展示されている。
1960年代末から1970年代中頃まで、日本の現代美術の大きな潮流となった”もの派”を代表するアーティストである李禹煥だが、石やガラス、鉄、ゴムなどの自然物や人工物＝”もの”を、彼流にいえば、「あるがままをアルガママにする」創作の核心は今も全く変わっていない。それは、1960年代末から現在に至るまで続いている「関係項」シリーズが、初期の60年代の作品のリミックス版として展示され改題されていることからも強く感じる。今回の回顧展自体が、2022年の作品として強固にくみ上げられていて、新たな最新版の李禹煥と呼べる世界を形作っていて、そこに対峙する快感を是非、体感してほしい。
国立新美術館正面入口前に展示された《関係項─エスカルゴ》（2022）と筆者。この作品は、カタツムリの殻の中のようならせん状の内部に入って行くことができる。この作品以外にも自ら体感し、作品の中に入っていくものが多く、新鮮な驚きがある
記者会見の李禹煥。極めてミニマムに日本語で思いを話した。〆の言葉は「これからも、もう少し頑張っていきたいと思います」
日本の現代美術の大きな潮流「もの派」の代表的なアーティストとして日本でも活躍
李禹煥は1936年、韓国慶尚南道生まれ。ソウル大学校美術大学入学後の1956年に来日し、その後、日本大学文学部で哲学を学んだ。1971年刊行の『出会いを求めて』は「もの派」の理論を支える重要文献とされる。50年以上に渡り国内外で作品を発表し続けてきた彼は、近年ではグッゲンハイム美術館（ニューヨーク、アメリカ合衆国、2011年）やヴェルサイユ宮殿（ヴェルサイユ、フランス、2014年）、ポンピドゥー・センター・メッス（メッス、フランス、2019年）で個展を開催しており、2010年には、香川県直島町に安藤忠雄設計の「李禹煥美術館」を開館している。今回の展覧会は、横浜美術館での「李禹煥 余白の芸術展」（2005年）以来の大規模な個展となり、東京では初めての大規模な回顧展となる。
注目の作品
《関係項―アーチ》（2022）
美術館の野外に展示去れた作品の原型は、2014年にフランスのヴェルサイユ宮殿で初公開された《関係項―ヴェルサイユのアーチ》。2019年には、そのバリエーションとして《無限門》が香川県直島の李禹煥美術館にも恒久設置されている。2 つの石が両脇を支えるように配された、ステンレスの巨大なアーチ状の野外彫刻は、観覧者が自由にくぐれるようになっていて、周囲の空間を新しいイメージでとらえることができる。
《風景I》《風景II》《風景III》（1968/2015）
展覧会の冒頭に展示される三連画《風景I》、《風景II》、《風景III》は初期の代表作だが、カンヴァスにピンクの蛍光塗料が用いられている。東京国立近代美術館で開催された「韓国現代絵画」展（1968年）に出品された。蛍光塗料を用いたレリーフ作品《第四の構成 A》と《第四の構成 B》（ともに1968年）と同様、視覚を攪乱させるような錯視効果を強く喚起する。トリッキーな視覚効果を引き起こすこれらの作品は、1960年代末の日本に興隆していた現代美術の傾向を反映している。
《関係項―棲処（B）》（2017/2022）
2017年にフランスのリヨン郊外に建つコルビュジェ晩年の傑作の一つ、ラ・トゥーレット修道院で、「ル・コルビュジエの中の李禹煥 記憶の彼方に」として発表された作品は、床に石の板が敷き詰められていて、観覧者が石の上を歩くことになり、石自体がきしんだり、音を出し、割れるような感覚を与える。
《対話》（2020。写真上）、《応答》（写真下。左より2022、2022、2021）
1971年にニューヨーク近代美術館でのバーネット・ニューマンの個展に刺激を受けた李禹煥は、幼年期に学んでいた書道の記憶などから、絵画における時間の表現に関心を強め、1970年初頭から描き始めた〈点より〉と〈線より〉のシリーズは、ミニマリスティックな色彩の濃淡によるパターンが美しい。行為の痕跡によって時間の経過を示すこのシステマティックなシリーズは、10年ほど続けられたが、写真のように、2000年代になると、〈応答〉と〈対話〉のシリーズが示すように、描く行為は更に限定され、ほんの僅かのストロークによる筆跡と、描かれていない空白との反応が試されている。〈点より〉や〈線より〉と対照的に、空間的な絵画とも言える。恰も茶器が空間に浮いているような不思議な感触を見ているものに齎す。
展覧会グッズ
音声ガイド
本展覧会の音声ガイドは無料。手持ちのスマートフォンで簡単に利用できる。ガイドは、世界各地で李禹煥の作品を鑑賞している女優の中谷美紀さん。鑑賞ポイントの案内のほか、作家本人や本展担当キュレーターによる解説、更には、李禹煥と中谷美紀さんとの対話も繰り広げられる。
◎中谷美紀からのメッセージ
「この上なくシンプルな点や線、そして石や鉄板などで表される李禹煥さんの作品は、溢れた物や情報に埋もれて息苦しく感じている現代に生きる私たちの心身を解き放ってくれます。
俗に言う肖像画や静物画、風景画などは一切ありませんが、点や線の周囲に贅沢に残された余白こそが饒舌に語りかけてくるような気がしています。
私にとって李禹煥さんの静かで厳かな作品は、心の拠り所であり、少しがんばりすぎたり、急ぎすぎた際に、ふと立ち止まって、自らを省みるための鏡のようでもあります。
これらの作品群を鑑賞する際に、決して正解はありません。ご覧になる方が思い思いに作品と向き合い、対話し、斜めから眺めてみたり、かがんで見上げてみたり、時には彫刻作品の上を歩いてみたりすることで、これまで生育過程や社会で植え付けられてきたステレオタイプな価値観を疑ってみる機会となるのではないでしょうか？」
開催概要
会期：8月10日～11月7日
休館：毎週火曜日
観覧料：一般1700円、大学生1200円、高校生800円
会場：国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
問い合せ：050-5541-8600（ハローダイヤル）
公式サイト：https://leeufan.exhibit.jp/