子どもが泣いてしまったのが始まり
── そもそものところで、なぜトイレなんですか?
自分自身トイレが好きで、特に海外に行ったときには「日本のトイレって本当にいいな」と思うんです。ただ、オフィスのトイレに行列ができていて、下の階まで行ったらそっちの方がさらに混んでいたという体験があって。このムダな時間さえなくせたら、というのをトイレに関して思っていた。そこで始めたのが、トイレの空き状況を可視化する「スローン(Throne)」です。スローンはスラングで「便座」の意味もあるんですね。
── なるほど、そこでトイレの空き状況に目をつけられた。
もう1つあるのは、子どもがまだ小さいとき、家族で商業施設に行ったことがあったんです。そのときランチはどこが空いてるか探している間に、子どもが待ちきれずに泣き出したことがあった。それで妻と話して「帰ろうか……」ということになって。それが何度か繰り返されて、外出自体が怖くなったことがあって、それが僕と妻には結構衝撃的だったんです。
── 人気のラーメン屋さんは2時間待つとかそういう世界じゃないですか。あれは並んでいる人もわかっているからいいけど、子どもはまだ並ぶという社会的な行為に慣れてないから、本人にとっても親にとってもストレスだったと。
そうですね。あとは仕事をしたいとき、待っている時間がすごくもったいなく感じたり。「行ってみたらダメだった」じゃなく行く前にいろんな選択肢が取れれば、心に余裕が持てて、他の人たちにも優しくなれるんじゃないか。そういう連鎖を生み出せるんじゃないか、ということで起業した経緯があります。
── 昔は公衆電話でもありましたね、「なんで前のやつ終わんねーんだ」とか。そのころは大事な連絡があるから公衆電話を使いたいのに。
その課題というのは本質的には時間の価値で、私たちが作っているのは時間の価値を高めるようなサービスだと思うんですね。ほんの一瞬一瞬ですけど、バカンを通じてそのちょっとした時間をより良い体験に変えていくということは、家族に対しても誇りを持てることだし、自分らしいことだと思っています。
── そうしてできたのがスローンだったと。
スローンでトイレの空き状況を見える化してみたらすごく喜んでもらえたんです。特にオフィスで使いたいという話があって。実はオフィストイレの増設ってすごく難しいんですよ。共用部はエリアも限られていてスペースが増やせないし、工事をするとすごいお金がかかってしまう。そうするとオフィスを移転しないといけないということになってしまって……。
── トイレが理由で移転する会社があるんですか!
そうなんです。特に男女比率がちょっと違うところって、トイレの面積が同じなので課題になりやすいんですよね。より空室が少なくなってしまったりして。それでスローンには喜んでもらえていたんですが、デベロッパーの方や施設運営の方とお話したときに言われたのが「長時間滞在にすごく困っている」ということでした。「空き状況を見える化するのもいいけど、絶対的に足りていない場合もある。そういう場合にどうしたらいいのか」と。そこで最初にアイデアとして出たのが、どうせスマホを使ってるのが長時間滞在とかの原因なんだから……。
── 電波を止めちゃえばいいと?
そう、「妨害電波出してスマホを使わせないようにしたらいいんじゃないの」みたいなアイデアが出たんですよ。ただ、それ自分がやられたら嫌じゃないかなと。そう話したら「そうだね」ということになって、じゃあどうするかと考えていく中、もっと優しいアプローチってできないのかなって。トイレの中って時計がついてるわけじゃないし、周りの状態がわからないから周りに配慮しにくい。これを情報の力で解消してあげれば、「出てあげよう」っていう優しい気持ちで回転率が上がるんじゃないのか、という仮説を立てたんです。
── 性善説ですね。
そうです。それで試しにオフィスで実験してみたら、1ヵ月で1フロアだけで長時間滞在が360時間ぐらい減ったんですね。個室で言うと20室で、1個室あたり平均45分間削減できました。
── 実運用でも同じ数字が出たんですか?
出ています。よく言われていたのが「そんなの日本だけでしょ」ということで、僕も「そうかもな」と思っていたので、中国の上海でも同じような実験をしたこともあったんですが、そこではワンフロアで550時間ぐらいの長期滞在が減ったんです。
── すごいですね。
周りの人が困っていたら自分が使うときにも困るから出てあげる、そういう感覚は世界共通なんだなと。これだけ効果があるんだったら、大事なことはいかに早く導入を推進するかだろうと。タブレットの設置には初期費用がどうしてもかかってしまうので、無償化できるアイデアがないかと考えて、これをメディア化して第三者からお金をもらうビジネスにできればより早く届けられるんじゃないかと。それでAirKnockと、AirKnock Adsというメディアができたという展開になっています。
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