スポーツビジネスで注目されている領域が「レッスンのDX化」だ。従来はアナログな指導が多かったが、ITをうまく取り入れ、指導の効率化や負担軽減を図る取り組みが多く行われている。今回は、その一例として株式会社ウゴトルが行っている「水泳指導のDX化」を紹介する。
動画添削できるプラットフォーム
同取り組みは、ウゴトルと東急スポーツシステム株式会社が共同で実施しているもの。DX化の鍵になっているのが、ウゴトルが開発したスポーツ指導用プラットフォーム「ウゴトル for Lesson」だ。
「ウゴトル for Lesson」は、撮影した動画に線や円、文字を書き込めることが可能になっており、水泳教室の場合は、水上・水中の動画に指導内容を書き込む(添削する)形だ。映像再生の際、添削部分は分かりやすいようスーパースローになる仕組みで、映像の拡大も可能。自分のフォームをチェックしながら、指導内容も同時に理解できる仕組みになっている。
生徒側は「ウゴトル for Lesson」をスマホやタブレットなどインストールしておくだけ。データはアカウントごとに管理されており、自分の添削動画は例えばFacebookの投稿画面のような形で積み上がっていく。
動画添削は指1本で最短1分
「ウゴトル for Lesson」の特徴として、「動画合成が簡単であること」が挙げられる。映像の編集作業は時間がかかるもので、場合によっては1コンテンツに30分以上要することもある。生徒ひとりひとりにこの作業を行うのは困難で、コーチ全員が同じクオリティーで添削するのも難しい。しかし、「ウゴトル for Lesson」は撮影した水上・水中の動画を上下に配置し、位置やタイミングは画面を指でスライドするだけで修正可能。上下の動画を同じタイミングに揃えるという作業も指1本でできる。
先述のように、線や円を映像の中に手書きすることができる。気になる点や注目してもらいたい点を示し、添削の文字はすでに用意されている定型文から選ぶだけだ。この定型文は導入するスイミングクラブのコーチに協力してもらい作成するもので、指導する上で頻出するワードなどがまとめられている。指導歴の浅いスタッフでもテンプレートをベースに楽に添削作業ができる仕組みだ。
指導用の添削映像は早ければ1分ほどで完成。あとは生徒に配信するだけ。大掛かりなシステムや手間のかかる作業が必要ないため、導入しやすいのも本プラットフォームの大きな特徴だといえる。
レッスンに新たな価値を生み出す取り組み
『株式会社ウゴトル』の西川玲代表によると、「ウゴトル for Lesson」は「自分が欲しいと思ったツールを形にした」という。
一般的にスポーツレッスンは実演と解説、実践から口頭指導といった形で行うが、この練習方法では自分を客観的に見ることができず、メタ認知が困難で習熟に時間がかかる。なかなか上達しないとモチベーションも下がってしまう。西川氏も「スイミングスクールに通っていた時期がありましたが、先生が熱心に指導するものの、自分がどういう風に泳いでいるのか分からず、なかなか上達しなかったことがあった。自身が教える側になった際にも、同じ問題に直面した」と話す。
こうした自身の経験も踏まえて生まれた「ウゴトル for Lesson」。導入したスイミングスクールでは、指導を受けている子供はもちろん、親からの反響が大きかったそうだ。これまではプールサイドで見守るしかなかったが、スクールから送られてきた添削映像を一緒に見ることで、親子で協力して上達方法を模索できるようになったという。
利用者からは「親子のコミュニケーションが活発になった」「これまではどこがだめなのか分からずもやもやしていたが、問題点が分かりやすくなってすっきりした」といった声もあったそうだ。スクール側としても、添削付きレッスンを導入することで、指導の価値を高めることに成功したといえる。
背中を見るだけのレッスンを変えたい
今後の展望について西川代表に伺ったところ、技術面では生徒以外が映り込んだ場合への対応を考えているという。例えば対象をぼかす、背景を変えるといったことができるよう技術開発を続けると話す。
また、「ウゴトル for Lesson」の展開については、まずはスイミングをボリュームゾーンとするフィットネスクラブでの導入を進め、その中でノウハウを蓄積。今後は別のスポーツでの展開も考えているという。その上で、「スポーツ指導のDX化を進め、先生の背中を見るだけの世界を変えたい」と話す。
例えば、一般的なレッスンへのデータ指導の導入だ。プロ野球などメジャースポーツでは当たり前となっているが、一般レベルではまだまだ導入が進んでいない。「ウゴトル for Lesson」の場合、動画添削を繰り返すことで、どんな動きをすると効果的か、反対に良くないかというデータが蓄積していく。蓄積したデータをベースにレポートを自動生成し、生徒に届けられるようになれば、生徒も客観的にデータを見ることでき、理解が深まる。結果的にスクール側も指導の価値がアップしていく。実現すれば、スポーツテックの好例となるだろう。
西川氏よると、今後は個人向けレッスンの展開や、スポーツ以外の分野への進出も描いているという。例えば、食肉加工における包丁の使い方など、スポーツとは違った分野での活用も面白い。林業や農業といった分野での活躍も考えられる。「指導方法」の在り方を大きく変えるかもしれない「ウゴトル for Lesson」。今後の展開に期待したい。