麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負 第70回
毎年のことだがやっぱり気になる
バレンボイムのニューイヤーコンサート、宇多田ヒカル、Aimer10周年B面コンピほか~麻倉怜士ハイレゾ推薦盤
2022年02月26日 19時00分更新
評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
毎年、初春の楽しみは超スピードでリリースされる、その年の指揮者とウィーンフィルによる恒例のニューイヤー・コンサートライブだ。元旦の生中継はNHKのEテレで見たが、画質も音質も地デジだから、まあまあのクオリティで、演奏の機微までは分からない。そこで、いつもソニー・クラシカルからリリースされるCD、ハイレゾ、BDが楽しみなのだ。 昨年のリッカルド・ムーティの回は無観客だったが、今年は1000人限定の有観客。ムジークフェライン・ザールの2階席は空だったが、一階は満員で、いつものニューイヤー・コンサートの温かな雰囲気があった。指揮は80歳をむかえる巨匠、ダニエル・バレンボイム。2009年、2014年に次いで以来、8年ぶりの登場だ。
実にすべらかで、ソノリティが豊かなコンサートライブだ。うきうきとしたウィーンの正月の雰囲気が横溢する。音質は昨年から良くなったが、今年はさらに向上している。ウィーン・フィルのディテールまでしっかりと捉えられ、しかも質感やソノリティが優れる。弦の艶艶したテクスチャーや木管の暖かい味わいが明瞭に、色彩感豊かに録音、再現されている。スケールの大きさと、眼差しの暖かさが嬉しいウィーンからのお年玉だ。ラデツキー行進曲の拍手が迫真の臨場感。2022年1月1日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング。
毎年元旦に2タイトルを同時リリースするのを恒例にしているドラマー神保彰だが、今回は少し早く、2021年のクリスマスにAORをキーワードした新作「SORA」と、ドラムソロを中心にした新作「アメアガリ」の2作を同時にリリース。「アメアガリ」はドラム演奏とプログラミング入力で、「SORA」は海外ゲストとネット越しにリモート録音した。
マイケル・フランクスが1977 年に大ヒットさせたAORの代表曲「2.ANTONIO'S SONG (THE RAINBOW)」。オリジナル録音でベースを務めたネイザン・イーストがベースとヴォーカルを担当。キレのよいドラムスと、地を這うようなベースが当たりを圧倒する。スネアの叩きの立ち上がり/下がりが尖鋭で、衝撃的な切れ込み感が刮目だ。ベースの体積感と解像感、そして輪郭のシャープさも快感。Jeff Lorber のピアノも乗りがいい。ネイザン・イーストの都会的な淡いヴォーカルも素敵だ。
「5.FORGET ME NOTS」はオリジナル歌手のパトリース・ラッシェンッシェン本人がピアノ&ヴォーカルで参加。神保氏は「昔の曲をやりたがらないアーティストも多いので、カバーしてもらえるのか少々不安だったのですが、快諾してもらえました。パトリスの瑞々しい歌声は昔のままです。共作者でもあり、オリジナルトラックでベースを弾いているフレディー・ワシントンも迎えて、ネオ 80’ サウンドを目指しました」と述べている。
ドラムスのハイテンションで快適な進行に乗って、パトリース・ラッシェンの味わいの深いヴォーカルも本作品の価値を高めている。世界を股に掛けたオンライン録音は極上のクオリティだ。
『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)』
諏訪内晶子
バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータは、エベレストのような高みの音楽。いつも仰ぎ見て、いつか山頂に立とうと、ヴァイオリニストなら誰でも心に秘める。CDデビューから25周年経った今、ついに挑戦できたことに、諏訪内としては大いなる意義を見出したに違いない。
本アルバムはバッハと真摯に向き合い、その精神に真正面から挑んだひとりのヴァイオリニストの貴重な記録だ。相当な準備と、心構えで録音に臨んだのだろう。一音一音に矜持が溢れ、これが私の考えるバッハだとの揺るぎない絶対的な自信が聴ける。教会での録音らしく響きは豊潤だが、直接的な音の情報量もたいへん多く、力感と伸びがクリヤーで臨場感豊かな明瞭音だ。使用楽器は1732年製のグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」。2021年6月7日~11日、7月10日~13日、オランダはバーンのホワイト・チャーチで録音。
ドラマ、CM、ゲームソフトなどのタイアップ曲をメインにコンパイルした、宇多田ヒカル8枚目のアルバム。饒舌な言葉の情報量を旋律に乗せるテクニックは、いつもながら凄い。オーディオ的に面白いのは、プロデューサーによって音調がまったく違うことだ。
フローティング・ポインツ(Floating Points)の名で知られるイギリスのサミュエル・シェパード(Sam Shepherd)がプロデュースした、タイトルチューンの「BADモード」は、個個の音像を立てずに、トータルな融合を聴かせる。
3種類が収録されているゲームソフト「KINGDOM HEARTS Ⅲ」オープニングテーマの「Face My Fears」。エレクトロミュージシャンのSkrillexと共作した日本語(9トラック)と英語バージョン(13トラック)は音質的にひじょうにクリヤーで明瞭。ヌケがよく、スピード感が横溢している。
一方、同じ曲でも14トラックのイギリスの音楽プロデューサー、A・G・クックがリミックスしたバージョンは、解像感というより、ファンタジー感、色彩感がメインだ。
『2021セイジ・オザワ 松本フェスティバル [Live]』
サイトウ・キネン・オーケストラ、シャルル・デュトワ
2021年の最大の残念は、チケットを取ったセイジ・オザワ松本フェスティバルが直前でコロナのために中止になったことだ。特に夏の状況はひどかったから致し方ないが、フランスものが得意のシャルル・デュトワの指揮なのでとても期待していたので、ほんとうに残念。このオーケストラコンサートBプログラムは無観客演奏で収録し、YouTubeで配信されたが、YouTubeの音ではわけが分からない。そのプログラムが今回、ハイレゾ配信され、演奏の内容が初めて仔細まで識れた。素晴らしいではないか。
Debussy: 交響詩《海》「海」はフランスものが得意なデュトワの堂に入った指揮ぶり。世界から名人を集めたサイトウ・キネン・オーケストラの色彩感、洗練さが遺憾なく発揮されている。ステレオ音場は左右に豊かに拡がり、奥行き方向の響きも充実している。Stravinsky:「火の鳥」《火の鳥》組曲では金管の咆吼、ティンパニの強打、弦と木管の疾走感、カラフルな色合い……と、この曲を楽しむ音楽的記号が満載だ。生で聴きたかったが、このハイレゾは、その渇望をかなりの程度、癒してくれた。2021年9月3日、5日。
『Five Leaves Left[96kHz/24 bit]』
Nick Drake
イギリスのシンガーソングライター、ニック・ドレイクは1974年に26歳の若さで他界。生前は成功に恵まれず、3枚のアルバムを残した。1980年代以降、再評価が高まった。今回は69年発表の1stアルバムが初ハイレゾ化。 実に味わいの深い、良いヴォーカルだ。「2.River Man」は物憂げで渋い。背後のストリングスの重く厚いフレーズに乗って、淡々とメッセージが語られる。ストリングスは2つのスピーカー一杯に奥行きを持ちながら拡がり、中央に大きな音像のヴォーカルが定位。ヴォーカルはストリングスから浮き上がらず、混然と一体化している。
「6. Cello Song」は左に二台のギター、右にボンゴ、センターにチェロとベースとヴォーカルが位置し。目覚ましいステレオ効果の中で淡々と歌われる。左のギターの歯切れのよいバッセージと、悠然たるヴォーカルの足取りの対比が印象的だ。センターのチェロも印象的なオブリガード旋律を繰り出し、いつしかヴォーカルと旋律が同化する。
『The Power of the Organ』
Rachel Lauren
カナダの2xHDのリマスター作品は毎回、刮目の音を聴かせてくれる。ケベックのオルガン奏者、作曲家、音楽教育者のレイチェル・ラウリンが弾き、2004年にカナダ・モントリオール・ノートルダム聖堂にてDXD録音された『The Power of the Organ』。同教会のオルガンは、カナダはケベック州サンティアシンテにあるカナダのオルガン・メーカー「Casavant Freres」が1891年に製造したもの。本DSDファイルは2005年にSACDでリリースされた同タイトルを、The 2xHD Fusion Mastering Systemにてリマスターしたもの。オリジナルのDXDファイルをナグラのHD DAC Xでアナログ信号に変換、アナログ領域でリマスターし、次ぎにDSDに変換。このプロセスでは、一貫して真空管機器が使われている。
目の覚めるようなハイプレゼンスだ。何よりオルガンの帯域が広く、その各音が、透明感が高く、ひじょうに鮮明なのだ。オルガン音として、力感が十分なだけでなく、色彩感が実に豊か。オルガン自体は120年前のものだが、最新のリマスタリングにより、最新鋭の音に生まれ変わった。メタリックでソリッドなデジタル的なテクスチャーだ。オリジナル録音は 2004年2月。
『Richard Carpenter’s Piano Songbook』
Richard Carpenter
カーペンターズの名曲の数々をリチャード自らピアノで奏でたアルバム。制作のきっかけが興味深い。udiscovermusicの興味深いインタビューから引用しよう。
「今から数年前、私は『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団』のプロモーションのため東京にいました。その一環で朝の情報番組に出演した際、日本でもヒットした『青春の輝き』をプレイしてほしいとリクエストされ、スタジオで演奏しました。カーペンターズの曲をソロ・ピアノで奏でるという発想はこの時に生まれたものですが、それは番組の皆さんを喜ばせるためでした。しかしそれが新たなストーリーを生み出すことになったのです。帰国して間もなく、英デッカ・レコードのシニア・ヘッドA&Rであるレイチェル・ホルムバーグから電話がありました。奇跡のような話ですが、レイチェルはその映像をインターネットで見たそうで、カーペンターズ曲をピアノ演奏するアルバムに興味はないかと聞いてきたのです」
ラブリー!愉しい!リチャード・カーペンターズ作曲のカーペンターズ名曲が、当のリチャード・カーペンターズのピアノ演奏で聴ける。彼の曲がいかに素晴らしいかが、改めて分かるアルバムだ。編曲も大向こうを狙わない、とてもインティメットなもの。人柄が分かる誠実な編曲だ。カレンの歌無しで改めて聴くと、基本的な旋律の美しさ、ハーモニーの上質さが、カーペンターズサウンドの原点であることが識れる。音楽的な強さは編曲を経ても、不変だ。
『スターライト ~ヴァイオリンとヴィオラの二重奏~』
川田知子、須田祥子
川田知子と須田祥子によるヴァイオリンとヴィオラのための二重奏作品集。マイスターミュージック作品らしく、響きの美しさと、楽器の明瞭な音色が同時に楽しめ、ソノリティと倍音の饗宴を楽しむアルバムだ。2本の弦と聞いても、響きはカルテットなのかと思わせられるほど豊潤だ。
それはまさにマイスターミュージックの神業。超高域まで倍音を収録できる、スウェーデンのデトリック・デ・ゲアール氏の手作りマイク「エテルナ・ムジカ(永遠の音楽)」と、そのワンポイント・ステレオ使用だ。
マイスターミュージック主宰の平井義也氏は「楽器から発せられた音は、演奏空間に響き行きます。響き成分の大部分は倍音です。つまりマイクが倍音領域まで正しく、豊かに捉えて、初めてホールトーンが再現されるのです。またマルチマイクでは、倍音が正しく収録されません。なぜならばマルチマイクでは距離が異なる配置となり、各マイクに入る倍音の位相が異なります。それ故に2チャンネルにミックスダウンする時に、異なる位相どうしが干渉し、多くが消えてしまう。ワンポイント・ステレオマイクなら、倍音領域まで消えずにそっくりそのまま収録できます。だから私は、ワンポイント・ステレオマイクにこだわるのです」と言う。
世界初録音のスコットランドのビオラ奏者のコレッティ「スターライト」はビオラが太い旋律を奏で、ヴァイオリンが審美的なパッケージを繰り返す。フレジレットでの倍音は一瞬の流れ星のよう。「星光」が煌めく弦の音色だ。横浜のサンハート音楽ホールで録音。
シンガーゾングライターのAimer(エメ)はデビュー10年のベテラン。テレビ版「鬼滅の刃」主題歌でいっきょにブレイクした。本アルバムはデビュー10周年を記念したB面コンピレーション。魅力的な声質だ。地に足がついた安定的で、中域が充実し、伸びやかにして、わずかに掠れがある独特の表現力豊かな声質が魅力は、アコースティックな中島みゆきのカヴァー、「22.糸」で分かる。清水翔太のカヴァー「23.花束のかわりにメロディーを」も、Aimerのパワフルにして、しっとりともしているソウルな声質が味わえる。明瞭なヴィブラートも素晴らしい。
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