いまいちばん楽しいデジタルの進化はこれかもしれない
「たてもの」や「まち」を好きな人は多いと思う。
あえて平仮名で書いたのは「たてもの」も「まち」も、その人をつつむ“服”みたいなやわらかい感触であるべきと思うからだ。形容詞としては、心地よかったり、便利だったり楽しかったり、そこで過ごす人の気分をシャキンとさせたりもするふしぎなものだ。「のりもの」も少し似ているが、“移動”は特別なので置いておくことにする。
それで、こうした自分をつつむものは、歴史的にときどき“ガクンガクン”と目に見える進化をとげてきた。政治や文化が理由での進化もある(明治維新で日本の着るものが変わった)。小さなアイデアによる変化もある(ポケットは長い間なく突然発明されたものらしい)。しかし、より大きな進化をもたらすのはテクノロジーなのだ。
19世紀初頭にジャカール式織機が発明されて、パンチカードを使うことにより、複雑な模様も間違いなく、飛躍的に効率的に布地が作られるようになった。ナポレオン一世が、その特許を買い上げてリヨン市では誰でも使えるようにしたことは、テクノロジーの歴史では重要なできごとの1つだ。このパンチカードが、私が専門とするコンピューターやプログラミングの先祖を生み出すことになるのは歴史の醍醐味としかいいようがない。
どうやらいま「たてもの」と「まち」が、ときどき“ガクンガクン”とやってくる進化のタイミングにあるらしい。
より心地よく、便利に、あるいは楽しく、それを利用する人たちの気分まで変えてしまうような進化が、ネットやデジタルのテクノロジーによってもたらされはじめている。それは、世の中の要求に呼応していて、たとえばセキュリティのしくみであったり、環境負荷の問題への配慮だったり。気がつけばお掃除や警備用のロボットを大きなビルのフロアで見かけるのもめずらしくなくなった。
ネットやデジタルを専門としている私のいる世界と、いきなり「たてもの」や「まち」の世界が地続きでつながりだした。しかも、我々の目に見えている部分だけではない。いわゆる“IoT”や“クラウド”が、神経や頭脳のような役割をはたすようになり、“デジタルツイン”が、設計や運用の考え方まで変えてしまおうとしているらしい。
ということで、今回からしばらく「たてもの」と「まち」のイノベーションについての取材企画をお届けしたいと思う。
築地から移転した“お魚”市場のすぐ目の前、ミチノテラス豊洲で考えた
清水建設が2022年4月に豊洲市場前にグランドオープンを予定している「ミチノテラス豊洲」を見学させてもらった。竣工直前のビルの1Fから東京湾を一望する屋上まで見せてもらったが、いたるところに新しいデバイスなどを見ることができる。
それもそのはず、豊洲エリアは、国土交通省スマートシティモデル事業の先行モデルプロジェクトとなっている。「ミチノテラス豊洲」は、オフィスビルとホテル、バスターミナルなどで構成される複合施設の名称で、オフィスビルの「メブクス豊洲」はその後に入居開始がはじまっている。
そのオフィスビルの2階にガラス張りの「MICHI-LAB」という部屋がある。ガラス張りで中が見えるようになっており、ヘッドセット不要でVR空間に入れるシアターやレクチャールームがある。毎週のように訪れる自治体の担当者たちの見学コースにもなっているが、「ミチノテラス豊洲」開業後は、オンザフライでスマートシティに取り組んでいくための実験室みたいなものだと理解した。
ちょっと面白いのは、オフィスビルとホテルの2つのビルの1~2Fを「豊洲MiCHiの駅」としたことだ。道の駅って、もっと地方の街道沿いにあるものじゃないの? と思ったら、ゆりかもめ市場前駅からバスターミナル、晴海運河まであるということで「都市型道の駅」として提案しているとのこと。
今回の企画では、そんなここ「ミチノテラス豊洲」を起点に取材をさせてもらいたいと考えている。
さまざまな種類のセンサーやすでに配備がはじまっているロボット、3Dプリンタを活用して作られた巨大な柱の外壁やさきほどのVRシアターを活用したアプリケーション提案もされるとのこと。断片的にはニュースで目にしていたりもすることだが、その実際はどうなのか?
最大のテーマは100年使えるビルを“アップデート”していけることらしい
ところで、ここ10年ほどのテクノロジーが「たてもの」や「まち」の“アプリケーション”を生み出しているのだとすると、これからの「たてもの」や「まち」は、巨大なスマートデバイスのようにみえないだろうか?
そこで注意しなければならないのは、スマートデバイスと「たてもの」では、それが使われる時間的スケールがまるで違うということだ。ニューヨークを例にあげれば、エンパイアステートビルの竣工は1931年(アールデコの時代!)、SOHOのアップルストアも古い郵便局というように、新しい企業がそうしたビルを使っている。
1990年代後半にニューヨークのマンハッタンは、ネット企業があつまり“シリコンアレー”と呼ばれた。ネット企業が集った理由は、ブロードウェイ沿いに太い回線インフラがきたからなのだが、いざやってくる建物に入ってみると課題があった。増え続けるケーブルのためにエレベーターを1基まるまるつぶした例を見せてもらったことがある。
「たてもの」や「まち」が、“アプリケーション”を動かすためのハードウェアだとすると、コンピューターやスマートフォンがそうであるように、そのシステムは、適切に“アップデート”されていく必用がある。それらは、安全性と快適さのために環境に適応できることに価値があるからだ。ケーブルの例はわかりやすい時代のものだったが、いまやソフトウェア的な意味を含む総合的なインフラが必要となっている。
そのために清水建設でとりくんでいることのひとつがセキュリティやサイネージなどを統合的にあつかえる“たてものOS”というものだそうだ。“アップデート”されることを前提として「たてもの」と「まち」が、まさにスマートビルディングになり、スマートビルディングになる。
たぶん、その理想の姿はそれを使い、あるいは集う人々との関係の中にある。つまり、ただハードウェアとソフトウェアが組み合わさるだけではない社会や人の気持ちまでを含んでいるということだ。スマートデバイスになった「たてもの」と「まち」をとりまくトピックから、そのあたり探りたいと思っている。
次回企画は12月中に更新予定。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667Facebook:https://www.facebook.com/satoshi.endo.773
(提供:清水建設)
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