エリアLOVEウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」第14回

ワクチン接種からオリンピック、現代アートまで。新しい“すみだ”を創る墨田区の地域力

文●土信田玲子/ASCII、撮影●曾根田元(インタビュー)

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 先頃のコロナワクチン接種の迅速ぶりで注目を集めた墨田区。その成功の背景には、区民のためにできることは何でもやるという精神と、区役所と区民の団結力=地域力があった。こうした下町らしいメンタリティが支えているのは、地域医療に限ったことではない。同区ゆかりの葛飾北斎のDNAを受け継ぐ「地域アートプロジェクト」では、斬新な企画も大胆にやってのける。

 そんな優れた地域力・発想力・行動力を駆使した同区の活動をサポートするのが、23区内で唯一という「地域力支援部」。今回は、その活動と「墨田モデル」と言われたコロナ対策について、同区地域力支援部長の関口芳正氏に、元ウォーカー総編集長で、一般社団法人メタ観光推進機構理事も務める玉置泰紀が聞いた。

今回のチャレンジャー/墨田区地域力支援部長・関口芳正

23区で唯一の存在「地域力支援部」とは

――関口さん率いる地域力支援部とは、聞き慣れない部署ですね

関口「もともとは区民活動推進部、その前は地域振興部という名前でした。山本亨・現区長が就任して真っ先に言ったのが『墨田区は地域力の高い区なので、それを施策の柱の1つに据えたい』ということ。そこから地域力支援部を作って5年目になります」

――地域力支援部を作ったきっかけは?

関口「2015年に食育サミットの全国大会(第10回食育推進全国大会)を墨田区で行ったんですが、その時は地域の人たちや地元企業など、いろいろな方たちの力を結集して成功させることができた。それを見た区長が、地域住民の力がここ墨田区は違う、と感じたことがきっかけで始まりました」

――地域活動推進に関する部署は、ほかの区や自治体でもありますが、「地域力支援」と掲げたのはそういう思いがあったのですね。その支援部の仕事内容とは?

関口「実は幅広くて、町会、自治会、NPO、区民活動を行っている団体などの地域活動推進課、北斎美術館、トリフォニーホール、アートプロジェクト、文化団体、国際交流などの文化芸術振興課、スポーツ施設、スポーツ団体支援などのスポーツ振興課、オリンピック・パラリンピック室という4つの課があります」

――かなり横断的で特殊ですし、カバーする範囲が広い

関口「スポーツ関連は教育委員会の管轄でしたが、それもここで統合しました。オリンピックは総務部からです。全てここに集約された感じです」

 ――地元の力を結集するという区長の思いを一手に引き受けた地域力支援部を、この形にしたことで今はうまく機能してきた?

関口「地域資源をさまざまなものに活かしていこうという部の方針で、まとまりつつあるかなと。例えばオリパラひとつ取ってみても、担当だけで収まる話でもなく、町会や文化芸術分野が絡んできたり、国際交流、多文化共生の分野にも絡んだりします。横串的な部分がしっかり機能してきたということかなと思いますね」

――墨田区民のメンタリティが地域力支援部とうまくマッチしている、と

関口「そうですね。もともと下町で町会や自治会が強く市民性が高い。自分たちが町を作っているという自負、庶民文化がありますから。自分たちの町は災害に少し弱いので、町は自分たちで守ろうとか。そういう動きが昔からある地域なので地域力と言いますか、社会関係資本がここにはあると思いますね」

墨田区地域力支援部地域活動推進課まなび担当では、【墨田区青少年育成委員会連絡協議会】による「すみだっ子たちの夢支援プロジェクト」を支援している。子どもたちの叶えたい夢と、その夢を支援してくれる方を募集中! 詳しくはHPへ

ワクチン接種成功を支えた地域力「墨田区モデル」「地域完結型医療モデル」とは?

――コロナのワクチン接種では、墨田区の対応が圧倒的に速くて評価が高かった

関口「なぜ墨田区だけ速く接種が進んだか、というのも、やはり地域力の高さが根底にあります。町会、医師会や薬剤師会、町の病院や墨東病院、それを支える地域医療の方々など、みんなが力を結集してくれたおかげでワクチン接種が進んだ。この地域力の高さが誇りですし、区長は“地域力日本一”と掲げています。その日本一を目指して地域力支援部は、活動しているところです」

――地域医療従事者の方々の団結力もすごい

関口「今の墨田区保健所長の西塚さんの力が大きいです。第1波の際に多くの保健所の業務が逼迫しましたよね。いろんな方から入院させてくれと言われて大変でした。隣接する他区の保健所管轄の事例でしたが、入院できない相撲の力士さんがいて、若くして亡くなってしまわれました」

――20代で亡くなられて、非常に残念でした

関口「多くの相撲部屋を抱える本区の西塚保健所長は、こういう事例を本区で起こしちゃいけない、PCR検査や入院病床確保のため国や都に任せず区でできることは何でもやろうということで、ご自身の一命を賭して取り組んだのが一番大きかったと思います。そんな所長を全体で支えてあげようと、区長のリーダーシップの下、人手や接種場所を提供したり、地域の人たちが応援してくれたりしました。医師会の人たち、病院、みんなが応援して、ワクチン接種のシステムや地域完結型医療という体制が築かれたと思います」

――ワクチン接種率が最初なかなか伸びなかった中、墨田区は突出していましたね

関口「どこの区でもできたはずとは思いますけど、一番は集団接種会場を設けて、個別の接種会場も分担して作ったことですね。そして、それを早めに発表して同時に計画も提出しました。計画が先に出ていれば、国としてはワクチンを供給しないといけない。だから国はそれなら計画通りやってくれって、ワクチンをどんどん出してくるわけですよ」

――ワクチンはあるけれど、どこにどう配分するのか思案していた時期。結果、計画提出が遅かったところが後回しになってしまった

関口「墨田区は、早く発表して接種券も真っ先に送付しました」

――それは思い切りましたね。接種券の発送や会場の設営を、選挙管理委員会に任せるアイディアも秀逸でした

関口「国が自衛隊などの集団接種会場を突然作った時も、接種券がなければ行けないわけで。接種券を早く送っていた墨田区ほか、いくつかの自治体の住民だけが行けたのです」

――これも区役所と区民の信頼関係や地域の支援力があった結果

関口「そうだと思います。最初はいろいろトラブルがあるけれども、とにかく区民優先で接種を進めていくために、できることはもうやっちゃおうよという発想ですね。一方でコールセンターのような苦情窓口も作ったから、この方針で進めようと」

――当初は方向性が見えず、ワクチン接種をガンガン進めていいのか?と言われた中で接種券を配った時も、住民と行政の距離が近いから受け入れてもらいやすかった?

関口「実は私、採用は世田谷区で、その後区間交流で墨田区に異動して来たのですが、大きな違いは住民との近さですね。墨田区の方は普段着のまま来て、話をして帰っていかれますけど、世田谷区はそういう感じではなかった。どちらが良い悪いではなく、墨田区民の個性が明らかにある。行政に対する信頼も昔から厚いのかもしれない。町会さんも我々がお願いすることは、よく受け入れてやって下さいますし」

――水害や戦時の空襲など、大災害に幾度も遭って苦労されたエリアですよね

関口「そうですね。だから住民が行政に頼る部分も多かったでしょうし、地域福祉の精神は結構昔から根付いていて、100年以上続く社会福祉法人もあります。そういうところが生活が厳しい人たちを支えてきた。お母さんたちの仕事や母子保健、健康、生活の支援などですね。

 墨田区は、社会運動家の賀川豊彦が神戸からやってきて、地域福祉を進めていった地域。信頼といいますか、何かあったら自分たちが助けなきゃいけないという意識もある。行政に対する付き合い方の距離が近いと思います」

――「墨田区モデル」と「地域完結型医療モデル」について教えてください

関口「墨田区モデルはいくつかあるのですが、まず早めに情報を出したということ、ワクチン接種会場をいち早く立ち上げたこと。第5波においても墨田区で重症患者はいなかったんですよ。なぜかというと中核病院があって、それを支える周辺病院、さらに町医者が皆で連携協力する体制を取っているからだと思います。

 『地域完結型医療モデル』としては、例えば墨東病院で重症患者用の病床を確保していますが、入院患者さんがずっと重症なわけではないですよね。回復したら他の施設に移ればいいのですけど、問題は他に移っても恐らくバックアップがないこと。だから墨田区の場合はバックアップ体制を構築しました。重症患者、中等症患者、軽症患者、それぞれの病床を設けたのです。重症の方が中等症になれば、中等症者用病床に移ってもらって、重症の病床を空ける。中等症の人が楽になったら、軽症者用病床に移り、良くなったら自宅に帰ると。

 自宅に帰っても保健所がバックアップして、町医者さんと薬剤師さんが連絡を取り合って薬や食事を届けるなどの体制を築いている。地域医療が全体でコロナに対して墨田区からは重症者を出さない、という意識で動いているのです」

――地域力の高さがあったからこそできた、ということですね

ボクシングのオリンピック競技存続を区民の署名が支えた

10万羽の折り鶴で描く巨大な壁画「平和のオブジェ」と関口部長。こちらは区役所1階に令和4年2月頃まで展示予定。毎年デザインを変えており、東京大空襲のあった3月10日前後に新しいデザインをお披露目している

                                       

――オリンピックでボクシングが盛り上がった背景にも、墨田区民の地域力がありましたね

関口「実は、統括する国際ボクシング協会(AIBA)側に問題があって、ボクシングはオリンピック競技から除外されそうになりました。ボクシング会場が墨田区の国技館なので、日本ボクシング連盟とタッグを組んで競技存続を願う署名活動を行い、その署名をIOCのバッハ会長に届けたんです。バッハ会長は会見の時に、名前は出さないまでもそういう署名を受け取った、と言って下さった。結果、ボクシングは採用になり、AIBAは外されて組織委員会がタスクフォースを作って実施することになったんです」

――オールすみだの団結力で集めた2万人以上の署名がバッハ会長の心を動かした

関口「これによって墨田区と日本ボクシング連盟の絆が深まっていき、『あしたのジョー』を活用してボクシングを広めていこうと。ボクシングは格闘技=危険なイメージが強くて、子どもたちには普及しにくいところがありますよね。そこでVRゴーグルを掛けて対戦するバーチャル・ボクシングゲームを作ってイベントで体験してもらいました。対戦相手は区内のジムのプロボクサーです。こういった子どもも楽しめる企画を行い、墨田区は『ボクシングのまち』というイメージ付けをしていくことができたのです」

――オリンピックのボクシングでのメダル獲得は2012年ロンドン大会の村田諒太選手以来

 金メダルを獲った入江聖奈さんも会見中に『墨田区の皆さまのたくさんのご協力があり、それがあっての私の金メダル』と言って下さった。カエルマニアの入江選手には『北斎漫画』からカエルのパネルを差し上げたら、とても喜んで頂けました。入江選手は本当にカエルに対して見識の深い方で、絵のカエルはトノサマガエルで、『筋肉の表現はさすが北斎』と評されました(笑)。今回は入江選手の金メダルを筆頭に、田中亮明・並木月海両選手の銅メダル。まさに快挙でしたね」

北斎のDNAを次世代へ。「隅田川 森羅万象 墨に夢(すみゆめ)」アートプロジェクト

 「隅田川 森羅万象 墨に夢」(以下、すみゆめ)は、2016年11月の「すみだ北斎美術館」開館を契機に始まったアートプロジェクト。聞き手の玉置は、内閣官房が認証する「オリンピック・パラリンピック基本方針推進調査」として展開した“すみゆめ”の水辺イベント「隅田川ディスコ with ミラーボールカー」や、北斎生誕260年記念事業を活用して、北斎ゆかりの地を巡るリモート旅をクールジャパントラベルと開催するなど、墨田区地域力支援部と共同でプロジェクトを担当してきた。

――地域アートは今流行りですが、墨田区は本当に早い時期からそれを継続しているし、かなり思い切ったアート施策を行っています。「すみだ北斎美術館」を造ったのも英断だったし、その土地ゆかりの財産を生かしたアートという、文化政策では突出したケースでは?

関口「というのも、やはり北斎は世界的に認められた人物ですよね。アメリカの『LIFE』誌が1998年に行った『過去1000年の間で最も重要な人物は誰?』という調査で上位100人を発表した際、日本人で唯一選ばれたのが北斎です。ヨーロッパでも同様で、“すみだ”は知名度がないけど、北斎の、と言った瞬間に反応が変わる。パリに行った時、そういう印象を受けました。

 その世界的なアーティストのコンテンツが墨田区にある。北斎がここで93回も引越しをして、ほぼ区内で生涯を過ごしたことは大きな財産でもありますし、北斎を語れる地はここぐらい。あとは晩年に肉筆画を描いていた長野県の小布施町に北斎館があるだけですね」

すみだ北斎美術館「大ダルマ制作200年記念 パフォーマー☆北斎~江戸と名古屋を駆ける~」(2017)で、気鋭の画家・山口晃さんが9×13.5メートルの綿布にライブで大ダルマを描いた。文化14(1817)年に名古屋で行われた、北斎による120畳大の大ダルマを描くパフォーマンスを見事に再現!

関口「墨田区は、北斎という偉大なコンテンツを世界に向けて発信できる唯一の自治体なので、これを検証して大事に扱っていき、世界の人たちに訪ねて来てもらう。この墨田区に美術館が建ったことは、大きな意味があるのだろうと。

 美術館を建てただけではなく、我々は北斎のDNAを次に伝えていく。北斎の人物像や現代に生きていたらどうなのかなど、この地域のDNAとして受け継いでいけば、いろいろな面白い芸術がここで生まれるのではと思います。北斎は富士山の絵が有名ですが、隅田川の絵も多く描いている。この地には隅田川や向島、歌舞伎や能の『隅田川』の原点・梅若伝説の梅若塚なども残っています」

――能は宮藤官九郎のドラマにもなりましたね

関口「北斎が描いた昔のものが多く残るこの地で、我々としてはその北斎と、川の周りに栄えた文化がある隅田川をテーマにした“すみゆめ”を、美術館が建つ時を契機として開始したということですね。うまくいってるかなと思います」

――“すみゆめ”は2016年から始まって、もう5年ですか

関口「もともとオリンピックに向けたアートプロジェクトという位置付けで始めたので、いったん評価をし直すことになりましたが、議会の評価も高く、来年も続けることが決まりました!

 というのも、5年やってきて、さまざまな若い方々が墨田区に集まり出し、またここでアートプロジェクトをやろうよという人も出てきている。“すみゆめ”のいいところは、あまりボーダーを設けていないこと。お隣の台東区の人がこの流域でやりたいと言えば採択されたり、『本と川と街』プロジェクトを行っている江東区からもやってきますし。玉置さんのメタ観光推進機構も注目してくれています。

 この10月に『すみだ向島EXPO』が行われましたが、こういう独自のプロジェクトが“すみゆめ”というくくりの中に集まってくる。そういう磁場になってきているので、これはすごく面白いなと。

 また東京藝大が墨田・台東・足立の3区と連携して『アラウンドすみだ川』という形で講座などを行う人材育成プロジェクトができたり、『Tokyo Tokyo FESTIVAL』でベスト13に選ばれた『隅田川怒涛』があったり。“すみゆめ”と隅田川流域が中心となって、いろんな方々が今、集まってきているようです」

――非常に面白い。“すみゆめ”は高い評価があったから延長されたということですね

隅田川の川面を開く「ファスナーの船」が地域アートの可能性も切り拓く

「隅田川 森羅万象 墨に夢」の「ファスナーの船」。船が通った後の波の形が、ファスナーを開いていくように見えるという“見立て”アート。もとは2010年に「瀬戸内国際芸術祭」で披露したもの。

 ――“すみゆめ”で面白いのは鈴木康広さんの「ファスナーの船」。「瀬戸内国際芸術祭」以来、浜名湖など何か所かで開催されたけれど、川ではなかった。河川はハードルが高いですよね

関口「そうですね。河川は規制が厳しいので」

――東京は、川や水辺の規制が本当に厳しい。隅田川は、特に湾岸警察の許可をもらうだけでなく、水上バスやクルーズ船、屋形船の邪魔をしちゃいけない。がんじがらめの規制の中で、あっと驚かせるものをやるというのは、どういう考えからですか?

関口「規制がある中でも、いろんなやりたいことをどうにか実現できる方法はあるだろうと」

――素晴らしい

関口「向こうもお役所ですから。でも役所がすべてダメと受け付けないわけでもない。規制がある一方で、それを活用する部署もあるんですよね。河川の管轄でも。そういうところに話を持ち掛けながら、できることを模索していくと。緩和できる部分は必ずありますから。こういう案件は、民間の人が直接行くと断られることもあるし、代わりに区役所の職員が行った方がある程度は話を聞いてくれるんです」

――普通はそこで役所の職員が行くのは難しい。でも墨田区の場合は、関口部長や現場の人たち、区の方が率先して課題の解決に乗り出すじゃないですか。頑張っておられますよね

関口「でも区だけの力ではできないですし、KADOKAWAさんみたいな民間の力も借りながら一緒にやっていかないと、こういうことはできない。だから協働っていうのは大事ですね」

――世界的アーティストの西野達さんが手掛けたミラーボールカーの水上ディスコが実現できたのも、本当にスゴイことですよね

隅田川に水上ディスコが出現した「隅田川ディスコ with ミラーボールカー」(2018)

――アートの良さというのは、常識に囚われて見がちな世の中や墨田区というものを、その常識を取り払って違う見方をすることによって、全く違う世界が開けること。北斎の絵もそうだと思うのですが、自分の頭の中にある墨田区はこんなもの、という意識とは異なる墨田区を見ていくことをアートや“すみゆめ”で示せれば、そこにいる人の脳やマインドがすごく活性化するはず。そういうことがすごくうまく運んでいる気がしませんか

関口「そうですね。今、効果がだんだん出始めてきたところかなと。ただ、やっぱりこういうものに対してのアレルギーがある人もいます。そこに税金投入は必要ないようなことを言う人もいますし」

――ミラーボールカーなどのイベント予算について「隅田川に『ナゾの国営イベント、3,000万円が流れていく』」なんて書かれたり。メディアに叩かれる可能性もあるから、そこに飛び込んでいくのは大変では?

関口「それはもちろん承知の上で、現実はそういうものですから。だからこそ支援していかないといけない。『ファスナーの船』は次の年もやりましたし、今年もやりますけれども、今やなんと鈴木康広さんが、中学1年生の美術の教科書に出ているんですよ。

 こういうものが教科書に載るということは、世の中が変わりつつあるということ。やはりやり続けることが大事ですね」

――ファスナーの船が走る姿を見ると涙が出ます。ファスナーが隅田川を開いていく。まさにそういうイマジネーションですね

関口「要はアーティストがどういう発想で物を見ているのか、ということ。この見立てが教科書に取り上げられたので、今年は鈴木康広さんに来て頂き、区立竪川中学校で美術の特別授業を行ってもらいました。子どもたちが自分で写真を撮って、『これはミッキーマウスに見える』とか発表し合っていく。見方を変える、見立てを変えていくことを体験してもらいたい」

――ファスナーが開くと同時に想像力も広がっていく。“見立て”の考え方は、子どもたちにとって素晴らしい体験ですね

北斎から現代アートへ・・・。
墨田区メタ観光の現在・過去・未来

――北斎、歌舞伎・能から『あしたのジョー』・現代アートまで、多層の魅力的なレイヤーが織りなす墨田区ですが、今年から始まった「すみだメタ観光祭」に参加した感想を

関口「メタ観光というテーマは面白いし、期待しています。なかなかこれまでできてなかったことをやって頂けるのでありがたいな、と。我々もさまざまな活動を行っていたり、歴史があるんですけれども、それが1つにまとまることは実はないんです」

関口「江戸時代の古地図を見ると、現在とは海岸線や地形が違っています。この後、東京は海に向かって開発されていき、地層が上がっていく。だから1mぐらい掘ると江戸時代のものが出てきて、さらに掘ると水が上がってくるようなところ。そういう過去の堆積があって、それが今につながっている。

 恐らくメタ観光は、このようなレイヤーのうち、物質的・物理的な層、そこで行われている出来事、歴史や文化も含めて多層的に捉えて、それを見える化、3D化していくんですよね」

関口「『ファスナーの船』の鈴木康広さんがご自身のワークショップの際に、雪道を後ろ向きに歩いて写真を撮ると、その足跡が前に向いて、未来に向いて歩いていったように見える『未来の足跡』について解説していました。写真を撮った現在があって、写真を撮る前の過去が未来につながっているわけですよね。

 ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんも、渡辺真知子の大ヒット曲『迷い道』の『現在・過去・未来〜♪』という歌詞を聞いて、『なぜ、過去・現在・未来ではないのか?』と疑問を持ったことから、実は過去と未来がつながっていることに気づいた。それがリチウム電池の研究に、ノーベル賞につながったという話がありましたが、過去を探っていって未来が見えてくるということが文化芸術にもあるんじゃないかと思うんです。

 メタ観光によって、墨田区の過去や伝統文化を掘り下げていくと、どんな未来が見えてくるのか。我々も楽しみですね」

 墨田区に下町=古き良き時代の面影や人情だけを求める時代は、いつの間にか終わっていたようだ。コロナ禍では「墨田区モデル」と「地域完結型医療モデル」という斬新でスピーディな対応で苦難を乗り越え、北斎もこよなく愛した隅田川には、アバンギャルドな文化が生まれた。しかしそれは、昔からこの地に息付いてきた地域力がベースであることは間違いない。

 隅田川の川面を開いた「ファスナーの船」が、地域アートの新しい可能性を拓いたように、墨田区民と地域力支援部が培った団結力と発想力で、しっかりと未来の足跡を刻み続けていくだろう。

せきぐち・よしまさ●1963年生まれ、群馬県出身。1987年、世田谷区役所へ入区。1994年、区間交流で墨田区役所へ入区。以降墨田区一筋で、現在は同区地域力支援部長。座右の銘は「人は目的のために遇されるのであって手段のために遇されてはならない。(カント)」。最近の楽しみは、「就寝前にカスタムイヤホンにDAコンバータをつなぎ、空間オーディオを聞きながら、クラフトビールを飲み至福の時を過ごしています」

聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961年生まれ、大阪府出身。元ウォーカー総編集長、現KADOKAWA・2021年室エグゼクティブプロデューサー担当部長。日本型IRビジネスリポート編集委員ほか。座右の銘は「さよならだけが人生だ」。最近は「墨田区とは、ファスナー船やミラーボールカーなど水辺のアートを共に実施し、すみだ北斎美術館の報告イベントなどもご一緒したが、今年は、すみだメタ観光祭がまさに佳境だ。コロナ禍でも、その的確で速い対応が話題になったが、関口さんの話を聞いていると、その理由の一端が分かる気がする。楽しいインタビューだった!」

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