30代でエグゼクティブボード入り、「RISE with SAP」などの戦略を説明
独SAPの若きCTO、クラウド戦略と“破壊なき変革”を語る
2021年08月25日 07時00分更新
創業50周年を迎えようとする独SAPが、CEOを筆頭に若い幹部人材を登用して変革を図っている。30代でSAPのエグゼクティブボードに参画し、CTOとして同社の技術戦略を率いるユルゲン・ミュラー氏もその1人だ。共同創業者の一人であるハッソ・プラットナー氏に見込まれ、イノベーション分野を率いてきた経歴も持つ。
SAPが目指すのは“破壊なき変革”だ。ミュラー氏がSAPの技術戦略について語った。
――SAPにおいて技術戦略の土台となるものは何でしょうか?
ミュラー氏:SAPのミッションは「顧客を支援すること」だ。より良いビジネスの運営を手伝ったり、DXを支援したりすることだけではなく、より持続性のある企業になること、よりネットワーク化された企業になることの支援も含まれる。
顧客の状況変化に合わせて、SAP自身の変革も進めている。具体的にはクラウド。SAPの顧客にとってもSAPにとっても、未来はクラウドにある。
SAPでは、2025年のクラウド売上を2020年比で3倍に成長させるという目標を掲げている。その実現を後押しするのが「RISE with SAP」だ。
企業にとってビジネストランスフォーメーションは簡単ではない。単に新しいソフトウェアを導入すれば済む話ではなく、それを実装した後に全体的なアプローチが必要になるからだ。ここでSAPに大きな役割を果たしてほしい、手伝ってほしいという依頼を顧客企業から受けたこともあり、開発したのがRISE with SAPだ。われわれはこれを“ビジネストランスフォーメーション・アズ・ア・サービス”と位置づけている。
――RISE with SAPで重要な役割を果たすのが「SAP Business Technology Platform」ですね。
ミュラー氏:SAP Business Technology Platform(BTP)は、RISE with SAPにおいて不可欠な技術となる。
データベースとデータ管理、アナリティクス、アプリケーション開発と統合、インテリジェントなどのコンポーネントを持ち、拡張と統合によりデータから価値を得られるほか、オンプレミスのERPから「S/4 HANA Cloud」に移行するためのテクニカルマイグレーションのサービスなども含まれる。これを利用して、ERPシステム全体を変更・修正することなく、“side-by-side”で拡張機能を開発することができる。RISE with SAPにはBTP用のコンサンプションクレジットが含まれており、追加料金なしで、すぐにスタートできる。
先に、ビジネスプロセスインテリジェンス(BPI)も導入した。これは現時点のビジネスプロセスを分析して、改善点を指摘してくれるものだ。同業他社と比較して自社の現状を知ることができるベンチマーク(データ)も利用できる。SAPは25の業界で数十万の顧客を抱えており、こうしたベンチマークの提供はSAPにしかできないサービスと言えるだろう。
日本でも、日本貨物航空(NCA)がRISE with SAPを使ってコアのビジネスシステムを再構築している。またスポーツウェアのデサントも、RISE with SAPを使って業界別アプリケーションの「SAP S/4HANA for fashion and vertical business」「SAP S/4HANA Retail for merchandise management」を採用した。企業の出発点はさまざまだが、コストや効率だけでなく、自社顧客により良いサービスを提供することが起点になっていることが増えている。
ほかにも日本では、トラスコ中山がS/4 HANA、BTPの運用を開始している。顧客からの問い合わせに対する回答時間を数日から5秒に短縮し、発注につながる割合を20%から27%に向上させたと聞いている。SAP自身も、BTPを実装してアプリケーションを統合している。
――今年の「SAPPHIRE Now」ではローコード/ノーコード分野、プランニングなども強化しました。また「開発者フレンドリーな企業も目指す」と宣言しています。
ミュラー氏:世界的に開発者の数が不足しており、エンドユーザーであるビジネスユーザーをエンパワーする必要がある。ローコード/ノーコードによって、アプリケーションの構築や統合、拡張が容易にできるようになる。そうした文化が企業の中に生まれることが重要だ。なぜならDX、ビジネストランスフォーメーションは“文化のトランスフォーメーション”でもあるからだ。
プランニングも重要な機能強化だ。企業はセールスプラン、マーケティングプラン、プロダクションプラン、サプライチェーンプラン、ワークフォース(人員)プラン、ファイナンシャルプランと、一連のプランニングをしようとしているが、これらのプロセスに満足しているところはない。SAPはすでにサプライチェーン、ファイナンシャルなどでリーダーだが、「SAP Analytics Cloud」に「SAP SuccessFactors」のデータを統合できるようになったことで、人員のプランニングもサポートする。
――ローコード/ノーコードの普及が進むと、将来の業務アプリケーションはどのようなものになるのでしょうか?
ミュラー氏:「モジュラー型のクラウドERP」という方向に行くのではないかと見ている。顧客ごとにニーズが異なるため、それぞれが必要な機能(モジュール)を入手し、それらを統合して使うイメージだ。これにより、企業は新しい製品やビジネスモデルをすぐに展開できる。
そうした考えのもと、われわれも「統合」の部分を強化、改善している。モジュラーどうしがきちんとフィットしなければ、さらなる価値を得ることはできないからだ。そして、ここでもRISE with SAPは重要な意味を持つ。なぜなら、モジュラークラウドERPとの統合も可能だからだ。
――41歳のCEOであるクリスチャン・クライン氏、36歳のトーマス・ザウアーエシッヒ氏(エグゼグティブボード、プロダクトエンジニアリング)、そしてCTOのあなたと、若いエグゼクティブ人材がSAPに与えている影響をどう見ていますか?
ミュラー氏:ポジティブなインパクトを与えていると信じたい。
製品やビジネス面では、クリスチャン(クライン氏)がCEOに就任してから新しい戦略を敷いた。これまで以上に製品、そして顧客の成功に投資すること、クラウドの成長を加速させることなどが含まれるが、クラウドへの移行期間においては収益性が低くなるという見通しも出した。SAPは高い成長率で成長する企業を目指している。
SAPの製品に触れるエンドユーザーは億単位だ。影響力は非常に大きい。すべてのユーザーの生活を、ビジネスをもっと良いものにする――これがモチベーションになっている。そして、パートナーの成功も支援したい。
――“破壊的ではなく進化的な成長”をどうやって実現するのでしょうか?
ミュラー氏:クリスチャンが立てている戦略は、自分たちが得意とするエリアで勝ち、同時に新しい成長エリアを作るというものだ。前者の例がRISE with SAPであり、後者の例がインダストリークラウド、サステナビリティ、そしてクアルトリクス(Qualtrics)もそうだ。先にBPIのSignavio(シグナビオ)を買収したが、これにより顧客の成長と成功を支援することができる。
TAM(Total Addressable Market、獲得可能な最大市場規模)の拡大は重要だ。現在の市場だけでは、競合との奪い合いになるからだ。
――ミュラーさんはCIOからCTOになりました。SAP CTOとしての優先順位はどのように考えていますか?
ミュラー氏:大切にしていることは、SAPのLOB、パートナー企業、顧客に素晴らしい技術を提供すること。さらにはこれを、クラウドでオペレーションする――これがナンバーワンの優先事項だ。
同様に重要視しているのがインテグレーション。きちんと統合して価値を引き出せるようにする技術を開発する。
これら2つに加えて、長期的なイノベーションも大切だ。たとえば量子コンピューティング。ソフトウェア、ハードウェア、ビジネスモデルにどのような影響を与えるのかの点で、新技術を見ている。