日本初のゲート型商用システム「IBM Quantum System One」、社会実装や人材育成などへの抱負語る
東大とIBM、川崎市でゲート型量子コンピュータ稼働開始の記念式典
2021年07月29日 07時00分更新
東京大学とIBMは2021年7月27日、日本初のゲート型商用量子コンピューティングシステム「IBM Quantum System One」を神奈川県川崎市の新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター(KBIC)に設置し、稼働を開始すると発表した。
東京大学が同システムの占有使用権を有しており、企業や公的団体、大学などの研究機関と協力し、量子コンピュータの利活用を進めることになる。同日には、KBICにおいて記念セレモニーが開催され、関係者によるデジタル環境でのテープカットなどが行われた。
IBMと東京大学は、2019年12月に「Japan-IBM Quantum Partnership」を発表。また、2021年6月には、東京大学と川崎市、日本IBMが、量子コンピューティング技術の普及と発展に関する基本協定を締結しており、今回のIBM Quantum System Oneの国内での稼働は、こうした取り組みに基づいたものになる。
IBM Quantum System Oneが設置されるKBICは、新川崎・創造のもり地区に位置する産学交流によるインキュベーション施設であり、川崎市の全面的な支援によって、電気や冷却水、ガスなどのインフラの安定供給や耐振動環境といった量子コンピュータの常時安定稼働に最適な環境を実現しているという。
東大総長 藤井氏「“量子ネイティブ”の人材育成も進めたい」
東京大学 総長の藤井輝夫氏は、「量子コンピュータの社会実装を、世界に先駆けて実現することを目指し、IBM Quantum System Oneを最大限に利活用して、その成果を世界に発信していく」と抱負を述べた。
「量子コンピュータは新たな知に裏打ちされた技術であり、既知の問題を高速に解くだけでなく、未踏の問題を解決できる可能性を秘めている。物流の最適化や金融のリスク管理、次世代バッテリーや新素材の開発、再生可能エネルギーの効率向上など、活用分野は大きな広がりをみせている」(藤井氏)
さらに藤井氏は、変化の激しい量子コンピューティング分野において、世界に伍して高度な実用を広げていくためには、量子に関する要素技術やシステムだけでなく人材育成も大切だと指摘。「IBM Quantum System Oneを活用して次世代の“量子ネイティブ”の人材育成も進めたい」と語った。
「そして国際的な産学共創の架け橋になり、研究を大幅に進展させたい。日本の量子戦略における新たな技術の創出、量子科学の学理探求を推し進め、人類共通の歴史的課題にも積極的に取り組みたい」(藤井氏)
IBM シニアバイスプレジデント兼IBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏は、量子コンピューティングにおける産官学の連携を実現するJapan-IBM Quantum Partnershipの取り組みに触れた。
「(Japan-IBM Quantum Partnershipを発表してから)これまでの2年間は、クラウドを通じて量子コンピュータにアクセスしてきたが、今回のIBM Quantum System Oneの設置と稼働は、日本の技術者や研究者、学生などが、未来を形づくるうえで役立つものになる。また、量子コンピューティングのエコシステムとサプライチェーン構築のためのリーダーシップの役割を果たすことにもなる」(ギル氏)
なお、東京大学と川崎市、日本IBMでは、量子コンピュータの利活用拡大や普及促進、量子コンピュータを活用した人材育成について、協力していく方針を示している。
川崎市長の福田紀彦氏は、IBM Quantum System Oneの設置場所として、米国以外ではドイツに続く2番目の設置場所として川崎市が選ばれたことは「望外の喜び」だとスピーチ。川崎市内には約400の研究機関があり、政令指定都市において研究者が占める割合は全国1位であることなど、川崎市は研究開発が活発な都市であることをアピールした。
「日本を代表する企業や大学とともに、量子コンピュータを活用して、創薬や新素材、フィンテック、物流分野などの領域で、社会を変革する成果が生まれることに期待している。10年後に振り返ったときに、今日が、量子技術によって、人々の生活を豊かにし、幸せになる契機になったといわれる記念すべき日となるように、普及と発展に取り組みたい」(福田氏)
また、東京大学とIBMは、量子コンピュータの普及と発展に向けた活動を強化。2021年6月には、量子コンピュータ技術の研究、開発を行うハードウェアテストセンター「The University of Tokyo - IBM Quantum Hardware Test Center」を、東京大学 浅野キャンパス内に開設。また、2021年8月には、東京大学が設立した量子イノベーションイニシアティブ協議会の会員企業同士の交流、情報共有の場として活用することを目的に、コラボレーションセンター(仮称)を、東京大学本郷キャンパス(理学部1号館10階)に設置する予定だ。
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その他の出席者コメントは以下のとおり。
・文部科学大臣の萩生田光一氏:「日本は量子分野における基礎理論や技術基盤に強みを持っている。2020年1月には、国家戦略である『量子技術イノベーション戦略』を策定し、研究開発投資の大幅な強化や、量子技術イノベーション拠点の形成、人材育成などの取り組みを強力に展開している。この分野では、各国が巨額の投資と、大型の研究開発に取り組み、将来の覇権をかけた国家間、企業間の競争が激化している。日米を基軸とした国際連携や協力拡大が重要となる。今回のIBMとの連携は日米連携の象徴的なものになる。量子技術の社会実装で世界をリードすることを期待している」
・科学技術政策担当大臣の井上信治氏:「IBM Quantum System Oneの稼働は、実際の量子コンピュータに触れる貴重な体験を、企業の研究者、学生に提供し、人材育成にも貢献すると期待している。量子技術は日進月歩の進展をしている分野である。世界的な競争に打ち勝つためにも、この拠点から従来にない成果が生まれることを祈念している」
・参議院議員で自由民主党量子技術推進議員連盟会長の林芳正氏:「(量子技術は)あらゆることが前倒しで進んでいる技術でもあり、こんなに早く実機を前にできるとは思っていなかった。創薬や最適化など、新たな時代に向けたイノベーションがここから誕生することを期待したい。(7月)27日に、27量子ビットの量子コンピュータが稼働するのも縁である」
・駐日米国臨時代理大使のレイモンド・グリーン氏:「ワクチン開発や気候変動への対策など、大きなポテンシャルがある研究が進むことになる。日米間では、科学技術における共同研究に合意しており、量子技術で協力し、課題解決への取り組みや協業の可能性を追求し、教育においても共同作業も進めることになる。今回の拠点が重要な役割を果たすことになる」
・量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII)会長で、みずほフィナンシャルグループ 取締役会長の佐藤康博氏:「日本が世界経済のなかで相応のポジションを占め、持続的な成長、発展を遂げるためには、テクノロジーの開発で後れをとってはならない。なかでも量子技術はあらゆる産業分野で革新的進歩をもたらし、社会に変化をもたらす技術になる。計算能力が古典コンピュータを凌駕し、今後は破壊的なイノベーションを引き起こすことになる。国際競争に打ち勝つためにも、迅速に、効率的に量子技術を実装することが大切である。IBM Quantum System Oneは、日本の量子コンピュータのフラッグシップとなり、それを、日本の研究者が占有して利用でき、研究開発の速度が急速に高まることに期待している」
・慶應義塾長の伊藤公平氏:「IBMの量子コンピュータはすごい。世界トップである。3年前から、米国に設置されているIBMの量子コンピュータを使い倒してきたが、最初は生まれたばかりの赤ちゃんのようで、たいしたことはできなかった。だが、私たちがソフトウェアやアルゴリズムを開発し、IBMにも改善を要望した結果、2カ月ごとに良くなっていき、いまでは幼稚園児のように運動会に参加して、かけっこもできるようになった。10年後には高校生、大学生となり、大変なコンピュータになる。しかし、東京大学は、そうした活用では満足せず、日本にIBM Quantum System Oneを設置するという偉業を成し遂げた。米国に送れないようなデータも計算できるようになる。共同研究も進んでいくことになる」
・日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏:「1964年の東京オリンピックの年に、米国で『IBM System/360』が発表され、翌年には日本に第1号機が上陸した。そこから、日本でメインフレームが使われるようになり、その後、日本でメインフレームが作られ、それが世界に展開された。2回目の東京オリンピックの開催期間中に、量子コンピュータが日本で稼働できた。これまで以上の夢を実現したい。」「日本は量子戦略に積極的であり、高い技術力を持っている。IBMは、日本を特別なパートナーシップの国と位置づけ、量子に関する投資を続けていくことになる。従来のコンピュータ、クラウド、量子コンピュータは、それぞれ進化していく。これらを有機的に活用し、よりよい社会の実現、企業の変革を加速していきたい。これからの可能性を考えるとワクワクする。もっと多くの人に量子技術の世界に入ってきて欲しい。日本の量子戦略の実現に向けてお役に立ちたい」