ムーアの法則の終焉の本当の意味
デジタルの世界を支える半導体業界には「シリコンサイクル」というものがある。だいたい4年周期のチップの価格や景気の大きな変動のことで、うまく乗れない自転車のハンドルのような感じでグラグラと安定しない。需給バランスが難しい世界なのだ。
そして、いま世界的な半導体不足が製造業にまで深刻な影響を与えている。自動車業界が大きな打撃を受けていると報じられているし、コンピューターメーカーは部品を調達できたところが好業績だとされる。この状況を招いた理由として、次の2つがニュースなどではあげられる。
「家電やIoT機器など身の回りのものにチップがたくさん使われるようになった」
「コロナ禍のリモートワークやオンラインサービスがそれに追い打ちをかけた」
しかし、MITテクノロジーレビューの記事を読んでいたら、理由は、もう少し構造的だという見立てだそうだ。
かつて20社以上あった最先端チップのメーカーは、いまや台湾のTSMC、米国のインテル、韓国のサムスンしかなく、その3社は、最新世代プロセスのための装置や工場にしか投資していない。しかし、そんな最新チップに巨額を投じようという会社は、アップル、クアルコム、AMD、および エヌビディアくらいしかないというのだ。
ほとんどのコンピューターやスマホのメーカー、家電はもちろんのこと自動車メーカーが欲しがっているのは、旧世代の技術を使った汎用チップなのだ。半導体メーカーが、大きな需要のある旧世代チップを作らないばかりか、そうした世代のための製造装置を作る会社もない。
ムーアの法則が、こうした需給関係に合わなくなっている。記事では、これを「ムーアの法則の終焉」だとしている。
いままでもムーアの法則の終焉についての議論はあった。しかし、それらはプロセスの進化が頭打ちになるという技術論だった。それに対して、今回は、安価で高性能なチップがどんどん出てくるという意味でのムーアの法則が終わったという意見だ。
誰でも明日になれば最新のチップの恩恵を受けることができるというマイクロエレクトロニクス民主主義ともいうべきものが終わる。MITテクノロジーレビューは、《これによってイノベーションの種を開発する体制を脅かされる》と指摘している(さすが視点が高い)。
さて、こうしたストーリーの背景として存在感を持って浮かび上がってくるのがアップルという会社である。
同社は、まさに5ナノプロセスで作られたカスタムチップ「M1」の搭載機種拡大をアピールしている最中だ。ミッションインポッシブルにひっかけた「Mission Implausible」と題したテレビCMまで流している。業界全体がどうなっていようと、いまも平然と数十年にわたってデジタル業界を支えてきたムーアの法則を追求しているというわけだ。
アップルという会社は、パーソナルコンピューターそのものといえる会社だと思う。時代とともに変わったようで、少しも変わっていない。いかにも、アップルらしい。
初代Macとは、それが発売された時点で何だったのか?
アップルというと、何か特別ことをする会社のように見えることがあると思う。ここでアップルの哲学について論じるというようなことをするつもりはないが、自身が《Think Different》と言ったこともある。パーソナルコンピューターの市場シェア的にも、マイクロソフトのオペレーティングシステム(DOSやWindows)のほうがいつも大きい。しかし、実際はアップルはものすごくふつうのことを提案する会社なのだ。
そのことに最初に気づいたのは、1984年発売の初代Macこと「Macintosh 128K」のキャッチフレーズが、「僕たちみたいじゃない人たちのためのコンピューター」(The computer for the rest of us)というものだったということを知ったときだった。
初代Macの発売が衝撃的だったというのは、私も知っている。伝説的な、リドリー・スコット制作によるテレビコマーシャル『1984』がスーパーボウルXVIIIで流された。ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』のビッグ・ブラザーに対して、個人のクリエイティビティを解放する道具としてMacintoshの登場は高らかに宣言された。
ところが、よく考えればパーソナルコンピューターを個人が自由に使うというのは当たり前のことである。Macintoshは、当たり前のものをようやく世に送り出したからこそ革命的だったのだ。なぜそれが熱狂的に迎えられたのかといえば、ほかのメーカーがそこにピンと来てなかっただけである。
アップルの屋台骨を築いた8ビット機の「Apple II」は、学校市場で成功をおさめていた。ホームコンピューターでは、むしろ、競合メーカーのCommodore 64に負けていた。Commodore 64は、低価格なうえにそのまま家庭用テレビのアンテナ線につないでゲームが遊べたのが大きいといわれる。そこに、初代Macと同じ1984年、アップルばApple IIcというニューモデルを投入。
ところが、Apple IIcの標準モニターは、モノクロディスプレイだった。コンポジット出力があるのでカラーを使った優れたソフトがたくさん登場したが、もっぱらゲーム利用が売りのマシンではなかった。Apple IIcは、取っ手がついて子どもでも持ち運べるし、ノートPCがまだ一般的でなかったのでジャーナリストが持ち歩いて使った。
その方向性は、スティーブ・ジョブズ元CEOがここぞというときに使う、「アップルは、リベラルアーツとテクノロジーの交差点にある会社」というとおりなのだ。
Macintoshは、まさにそれを形にして見せたコンピューターだった。誰の机の上にもちょこんとのる(ちょうど書類トレイくらいの占有面積)本体サイズに、モノクロの9インチモニター、あつかいやすい3.5インチフロッピーディスクをはやばやと採用。しかも、ワープロソフトやお絵描きソフトが最初から入っている。そして、マウスとGUIがいかにもそれにピッタリだ。
初代Macにいちばん近いコンピューターの1つは、1982年に富士通が発売した「MyOASYS」かもしれない。翌1983年には、6インチモノクロディスプレイを搭載した、やはり机の上にちょこんとのっておさまる「MyOASYS 2」が発売される。《The 文房具》とキャッチコピーされた日本語ワープロだが、計算やグラフもでき図表の作りやすさもアタマひとつ出ていた。
「なに似ても似つかないGUIでもないワープロなんか比べてんの?」とか突っ込まれそうだが、私自身が、それを使って『東京おとなクラブ』という同人誌を作っていた。仕事でプログラミングが面白くなっていた頃なのに、日本語環境がパソコンより快適で、写植代をとことん落とせることのほうが魅力的だった。これを使って自分も新しく何かができるということがパーソナルコンピューターの本質なのだ。
初代Macに話をもどせば、アップルは、みんなが欲しいと思うはずのものをきちんと出してきただけなのだともいえる。初代Macをして、「知的な自転車」(Bicycle for the Mind)という表現は、それだけで実に多くのことを語っている。
Macはカトリック、Windowsはプロテスタント、それではGAFAのアップル以外は?
ところで、アップルが、そんなに《みんなが欲しいと思うモノ》をきちんと出してきたのなら、《なぜマイクロソフトのWindowsのほうがシェアが大きいのか》という疑問は残る。
「マイクロソフト > アップル」という図式は、Windows以前のMS-DOSの時代から変わっていない(今後についてはグーグルもいることだし分からないが)。理由は、いろいろな意見があって、企業が大量にWindowsを入れているからだとか、アップルのように1社でなく複数のメーカーがそれを採用しているからだなどと言われてきた。
このことについて一言で答えるのは、ほぼ困難のように思えるのだが、小説『フーコーの振り子』や『薔薇の名前』で知られる作家・哲学者・記号学者でもあるウンベルト・エーコの発言は唸らされるものがある。
1994年にイタリアのニュース週刊誌『エスプレッソ』に書いたコラムで、彼は、アップルMacintoshとマイクロソフトのMS-DOSを、それぞれ、キリスト教のカトリックとプロテスタントに喩えた。原文はイタリア語で、ここでは『The Cult of Mac』の著者リーアンダー・ケイニーのWIREDの記事の引用をもとにさせていただく(日本語版:安井育郎/小林理子)。
コラムの中で、エーコは、Macintoshは反改革派であり、イエズス会の「ラティオ・ストゥディラム」の影響を受けてきたと書いている。具体的には、次のように言い切っている。
Macは、陽気で、親しげで、機嫌を取ってくれる。マックは忠実な信者に向かって一歩一歩進んでいかなくてはならないのだよと語りかける。そうすれば、天の王国ならぬ――自分たちの文書が印刷される瞬間に到達できるのだからと。
それに対して、マイクロソフトのDOSについては、プロテスタント、あるいはカルヴァン主義だとしている。以下、そのままWindowsと読み替えてもさしつかえないように思える。つまり、こうだ。
DOSは、困難な個人的決定を要求し、微妙な解釈学をユーザーに強要し、またすべての者が救済されるわけではないのを自明のことだとする。システムを作動させるためには自分でプログラムを解釈する必要がある。つまり、どんちゃん騒ぎをする奇怪なマック集団とは対極で、ユーザーは自らの内なる苦悩の孤独に閉じ込められるのだ。
キリスト教にあまり馴染がなくても、Macとマイクロソフトのオペレーティングシステムの違いが、ヒシヒシと伝わってくるところが凄い。さすが、聖書や中世も専門とする哲学者の仕事というものだ。Macitntoshがヨーロッパカトリックであるいう指摘は、コロンビア大学教授のエドワード・メンデルソンという人物が先だという指摘もあるらしいのではあるが。
つまり、いかにMacintoshが気の利いたものとして作れたとしても、人々は、ありふれた賃貸住宅に住んでいて、安いほうのスーパーに出かけるし、日曜大工にはげんだり、テレビのクイズ番組なんかを見る人もまた多いということだ。この補足説明は余計かも知れないが、2つの宗派といえるものがあってもおかしくないということだ。
しかし、2021年のいまは「アップル v.s. マイクロソフト」の時代ではない。ご存じのとおり、デジタルの世界を支配する宗派としては、GAFA、あるいはGAFAMに分かれるはずだ。
グーグルやフェイスブックが、エーコ流に分析するとどうなるか分らないのだが、アマゾンの「キンドル」(Kindle)は、その名前の付け方に意思というものが感じられる。“Kindle” には明かりをともすという意味があって、これの語源は古代ノルウェー語でロウソクの意味だそうだ。
アマゾンは、なぜ2007年に電子書籍端末を出すときにこの変わった名前の製品名にしたのか? それは、18世紀フランス啓蒙主義の哲学者、ヴォルテールの言葉からきたものだそうだ。書物の教えが「火」にたとえられ、それが家々に明かりをともしながら広がっていきやがてみんなのもとなると述べたのだ。
なんとも奥ゆかしい名前だが、その後、アマゾンの電子デバイスが「ファイヤー」という勢いはあるブランド名に切り替わったのはご存じのとおりだが。アマゾンらしい?
「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」#3は、初代Mac
ところで、先々週からYouTubeのアスキーチャンネルで「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」という企画をやっている。
ナノブロックやプチブロックで、歴史的なコンピューターや私の好きなガジェットを作っていくというかなりゆるい企画だが、昨日公開された#3が、初代Macである。使用ブロックをできるだけ少なく作るようにしているので、限りなくシルエットだけともいえるのだが。日頃、Macのお世話になっている人は、1個は作って机の端に置いてもよいMacintosh 128Kである。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://www.youtube.com/embed/7m9Gzn3OHSg
■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667Facebook:https://www.facebook.com/satoshi.endo.773
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