空間オーディオのためにロスレス化が必要だった
まず、今回の発表は従来のアップルの大きな方針転換にもなっている。アップルは「iTunes Music Store」のころから長い間、ハイレゾ/ロスレス形式での配信を拒んできた。ユーザーからの要望は大きかったのだが、結局実現しなかった。しかもアップルは「Apple Digital Masters」(旧名称Mastered for iTunes)のような、独特の配信/音源制作プロセスまで用意してロスレス配信を拒んできたのだ。
しかし、この方針を転換した。その大きな理由はやはり「同調圧力」がこの業界にも働くということなのだろう。業界最大手のSpotifyが先日「Spotify HiFi」という高音質配信を発表した。すでに高音質配信に取り組んでいる「Qobuz」や「TIDAL」ならば、マニアックなユーザーを対象したものと割り切れるが、Apple Musicの直接的な競合であるSpotifyまでがロスレス配信に踏み切ると決断した影響は大きいだろう。
同調圧力という意味では、やはりストリーミング大手のAmazon Musicも即座に反応した。ハイレゾ/ロスレス配信を実施している「Amazon Music HD」プランの価格低減を発表したのだ(米国のみ)。これは高音質配信を追加料金なしで提供するというアップルの方針があったためだろう。業界は影響したりされたりして力の均衡を保っているということが改めて分かった点が興味深い。
次に、立体音響のトレンドについてだ。実はここがロスレス化に踏み切るポイントでもあるだろう。
以前、本連載で360 Reality Audioについて考察する記事を書いた。
この記事の中で360 Reality Audioに対応するにはロスレス伝送が必要であると書いた。これは今回のApple Musicのロスレス化においてもキーになる。それはドルビーアトモスに対応するために伝送路内でデータの欠落があってはならないということだ。これはドルビーアトモスもオブジェクトベース・オーディオの一つであり、音楽の情報だけでなく、音源の位置や動きと言ったメタデータを音源内に含んでエンコードするためだ。このメタデータが伝送の途中で破壊されてしまっては困る。
編注:ここは、ドルビーアトモスがロスレスコーデックかロッシーコーデックかではなく、どちらの場合でも、配信や伝送経路の途中でデータの損失がなく、元のデータに復元できる(=ビット一致する)ことが求められるという主旨でロスレスという用語を使っています。(5月30日)
つまり、Apple Musicのロスレス化というのは「高音質化」というよりもむしろ「ドルビーアトモスを通すための必須条件」だととらえている。そしてドルビーアトモスを通すことができれば、それをベースに、アップルの売りである空間オーディオ対応のコンテンツも配信可能となる。ちなみに、Amazon Musicはドルビーアトモス音源に加え、360 Reality Audio音源の配信も実施しており、そこへの「同調圧力」もあるかもしれない。
この連載の記事
-
第300回
AV
インド発の密閉型/静電式ヘッドホン? オーディオ勢力図の変化を感じた「INOX」 -
第299回
AV
夏のヘッドフォン祭 mini 2024レポート、突然のfinal新ヘッドホンに会場がわく! -
第298回
AV
ポタフェス2024冬の注目製品をチェック、佐々木喜洋 -
第297回
AV
なんか懐かしい気分、あなたのApple WatchをiPodにする「tinyPod」が登場 -
第296回
AV
逆相の音波で音漏れを防げる? 耳を塞がないヘッドホン「nwm ONE」──NTTソノリティ -
第295回
AV
NUARLのMEMS搭載完全ワイヤレス「Inovatör」(旧X878)の秘密とは? -
第294回
AV
AirPodsで使用者の動きからBPMを認識、それを何かに応用できる特許 -
第293回
AV
次世代AirPodsにはカメラが付くらしい、じゃあ何に使う?(ヒント:Vision Pro) -
第292回
AV
OTOTEN発、LinkPlayの多機能ネット再生機「WiiM」とSHANLINGの「EC Smart」を聴く -
第291回
AV
ビクターの新機軸、シルク配合振動板の魅力とは? HA-FX550Tを聴く -
第290回
AV
HDTracksがMQA技術を使ったストリーミング配信開始へ - この連載の一覧へ