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PDF開発者が描いた未来は実現されたのか? アドビのベテラン社員に聞いた

【追悼】PDFの生みの親 チャック・ゲシキ博士の功績を振り返る

2021年05月28日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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乱造されるPDFツール 「ちゃんとしたPDF」を使ってほしい理由

大谷:結果として、PDFは国際規格になりましたね。

楠藤:アドビはPDFの仕様を当初から公開しています。ただ、PDFの利用拡大とともに、汎用PDFの仕様にとどまらず、印刷・入稿用、ヘルスケア、アーカイブ、エンジニアリングなど用途にあわせた仕様が増えてしまったため、1社で抱えるには重くなってしまったんです。そのため、AIIM (Association for Intelligent Information Management)という団体を経由して、PDF1.7をベースにして国際標準化したのがISO32000-1です。そして、このISO32000-1のドキュメントを書いているのもアドビのエンジニアです。たぶん200ユーロくらいで手に入ります。

エンタープライズ製品戦略部 担当部長 楠藤倫太郎氏

ただ、PDFは国際規格になったため、誰でもツールを作れるようになり、安価なPDFツールがいっぱい出てきました。でも、それだと構造化を伴わない見た目だけのPDFしか作れないことも多いのです。われわれとしてはお客さまに「ちゃんとしたPDF」を使ってほしいんです。

大谷:ちゃんとしたPDFというのは、規格に基づいた構造化されたPDFということですよね。

楠藤:とあるお客さまが使っていたPDFツールは、プリンターフォントを不完全な形で埋め込んでしまったため、別の環境で読めなくなりました。弊社に問い合わせが来たのですが、Acrobatで生成したPDFではないので、どうしようもありませんでした。

別のお客さまからはAcrobatだと外字フォントが埋め込めないという問い合わせが来たのですが、フォントの権利関係から、埋め込みを禁止するフラグが外字フォント内に立っていて、Acrobatがこれをきちんと解釈したから起こった出来事でした。他のツールはフラグを無視していたので、むしろ外字フォントを埋め込めてしまっていました。

大谷:なぜこうしたことが起こるのでしょうか?

楠藤:私もISOのドキュメント読みましたが、仕様の一部だけをサポートしても「準拠」とうたえないことは明言されていますし、Windowsはもとより、DOS、UNIX、Macもサポートしなければなりません。でも、他のベンダーはWindows版しか出していなかったり、ISO準拠をうたいながら、仕様を公開していないところも多い。PDFビューアーを名乗る限りは100%表示できなければならないし、署名検証機能などが実装されていないPDFビューアーは、ISOに準拠していないと言えます。

そうした製品で作ったPDFは、不完全な情報が登録されたデータベースと同じで、これからDXのインプットとして耐えられるのか疑問です。見栄えだけではなく、構造化された文書としての体裁を保ったPDFによって、初めてDXが実現できるものだと思うのです。

大谷:ユーザーとしては、国際規格として標準化されたフォーマットなんだからということで、PDFを信じていますからね。

PDF開発者の描いた未来はむしろこれから必要とされる

大谷:もうすぐPDFが生まれて30年になるそうですが、今後のPDFとAcrobatってどのような方向に進化していくのでしょうか?

楠藤:今後は違和感なくWebにPDFが溶け込む世界になっていきます。

WebページとPDFとの違いは、PDFはページの概念を持っているという点です。有限のスペースにテキストやベクターデータのオブジェクトを埋め込むのがPDF。だから、PDFでは「3ページ目の5行目」という指定が可能ですよね。

さらに今では、PDFをサーバー側でレンダリングしてHTMLに出力すると、Acrobat Readerを持っていないユーザーがWebブラウザでPDFを見たときでも、どのページに滞在しているのか、どんなキーワードで検索しているのかがわかるようになります。これをAdobe Analyticsを使えばPDFへのアクセス状況が計測できるようになるのです。

大谷:なるほど。Webサイト側からすると、HTMLだろうが、Webページであろうが、関係ない世界になるわけですね。

楠藤:はい。従来はPDFをダウンロードしていることはわかっても、どこを読んでいるのか、なにを調べているのかまではわかりませんでした。でも、今はWebマーケティングがPDFベースでもできるようになってきました。

大谷:さて、今回の取材は最後の質問に「PDF開発者であるチャックとジョンの未来は実現できたと思いますか?」にしようと思ったのですが、話を伺っていると、まだまだ思い描いていた世界ではないかもしれませんね。

楠藤:むしろこれから必要とされる未来なんだと思います。

最近は「DX」という言葉をよく耳にしますが、「紙業務のDX」と言われてもイメージしにくいかもしれません。そこで、「アナログをデジタルにするのではなく、フィジカルをデジタルにする」というイメージを伝えようとしています。結局、フィジカル(物理的な媒体としての紙)がすべてを止めているのです。

PDFから見て、紙が強敵というのはそこです。コロナ禍においても、毎日出社が必要になるというすごい媒体なんです。だからフィジカルなしでも業務が進むという方策を用意しなければならない。そのためにはフィジカルをデジタルにするという考え方とインフラが必要になるし、デジタルな働き方を支えるのがPDFだと思っています。

今西:PDFのパワーをフル活用できていないという点では、われわれの力不足もあるんですよ。だから、いまアドビはAIの力を利用して、構造化されていないPDFを構造化できるようにしようとしています。

楠藤:確かにAIのような技術がなければ、難しかったかもしれない。その意味では、今ではクラウドを使うことで、どこでもPDFを活用できるようになっていますし、デバイスも変わってきています。つねづね「A4縦が見開きで見られるようにならないと、紙を置き換えられない」という話をしていますが、マルチモニターも安くなっています。インフラも、ネットワークも、デバイスも整って初めて、創業者の二人が描いた未来が実現するのだと思います。

大谷:そういえば、昔はPDFを開くのけっこう時間かかっていたんですよね(笑)。でも、今は圧倒的にハードウェアが向上したので、快適に扱えますし、インターネットも使いやすくなっています。技術が底上げされて、PDF開発者が描いた理想に近づいているのかもしれませんね。

楠藤:はい、チャックとジョンの生み出したPDFが、紙業務のデジタル化をさらに進めてくれることを期待しています。

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