iPad Proで注目は12.9インチのディスプレー
ところでiPad Proに関しては、基本的なハードウェア構成に大きな変更はなく、白いMagic Keyboardが用意されたことや2TB版の追加などのトピックはあるものの、正常進化の範疇だと考えられる。もちろん、その向上幅は大きい。
A12Z BionicからM1の間には二世代分の進化がある。単にCPU、GPUが高速化された以上に、Neural Engine、ISPなどのAI処理や信号処理の能力向上もあり、結果としてカメラの品質や対応アプリケーションの速度、あるいは処理品質に小さくはない差が出るはずだ。
それらは実機テストで明らかになっていくだろうが、個人的にはドルベースの価格が11インチモデルで据え置かれたのに対し、12.9インチモデルは100ドル上がっている点に注目したい。
この違いは新しいディスプレー技術であるミニLEDディスプレー(Liquid Retina Display XDR)を採用したことによる価格上昇と考えられる。念のために申し添えると、100ドル“も”上がったのではなく100ドル“しか”上がっていないことだ。
液晶パネルはその方式上の特性から、暗部の階調表現を正確に行うことが難しく、またバックライトの漏れ光が必ず出るため正確な色再現も難しい。
アップルのPRO Display XDRや高級テレビなどでは“ローカルディミング”という手法で、部分的にバックライトを絞り込むが、この手法には大きく分けると三つの意味がある。
ひとつは単純にバックライトを絞り込むことで漏れ光を抑え、黒が明るく浮いて見える現象を抑えられることだ。
iPad Pro 12.9インチモデルは2500もの領域分割で制御されるので、絞り込みや突き上げ(全体に暗い部分が多い映像のとき、高輝度部分だけ明るくすること)による弊害を感じることはないだろう。眼球内の乱反射もあるため、画素分の分割制御がなくとも十分な効果が得られる。
次に暗い部分ではバックライトが暗くなるため、本来なら“真っ白”に近い表示領域で暗部の表現を行うことも可能になることで、これにより暗部の再現性が低い液晶の根本的な問題を改善できる。単に黒が浮かないというだけではなく、明暗のグレースケールで色合いが統一され、階調表現もより細かくなるのだ。
そして三つ目は消費電力を抑えられること。なぜなら必要ない画面領域のLEDは暗くなる(電流が少なくなる)からである。だからこそ、全白で1000nits、部分的なピークでは最大1600nitsという映像制作のプロ向けにも使える高輝度が実現できている。
これだけのディスプレーが100ドルの価格上昇だけで採用できるということに驚かされる。
期待されるミニLEDディスプレーの展開
もちろん、調達量が多いからということもあるだろうが、あらゆる製品ジャンルで一貫性のある体験を提供しようとしている近年のアップルを考えるならば、おそらく多様な製品でこの技術を採用しようとしているのではないだろうか。
ミニLED技術は、単体のLED素子よりも遥かに小さな(今回採用しているミニLEDの場合で1/120の体積)LEDを基盤上に規則的に整列させバックライトにするというもの。今回の場合、1万個のLEDが敷き詰められ、それを4個単位で駆動する(よって領域分割数は2500になる)。
この技術が安定したものならば(しているからこそ採用しているのだと思うが)、まだ見ぬMacBook Proの上位モデルや27インチiMacの後継、あるいはPRO Display XDRの将来的なアップデートでの採用に期待できる。
いや、数年後を見据えるならば、iPhone上位モデルを除き、中心価格帯以上の製品は、全てミニLEDで揃えるかもしれない。ミニLEDディスプレーは薄型化においてはOLEDに対して不利だが、消費電力とコスト面では有利になると思う。
特に大型のディスプレーにおいてはOLEDよりも優先して採用されるのではないだろうか。

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