特別企画@プログラミング+ 第50回
Quoraムック発売記念連載 「コロナ後の世界をどう生きるか」第4回
天才ジム・ケラーに学ぶ。テクノロジー業界では倒産寸前でも逆転できる
2020年06月22日 09時00分更新
新刊『Quora 世界最大級の知識共有プラットフォーム-ビジネスと人生の課題をすべて解決する-』の発売を記念して、Quoraをもとに、コロナ後に役立ついろいろな情報をお届けしている本連載。マイコンブーム時代からのアスキー読者の筆者としては、ガジェット・PCネタも紹介しなければならないでしょう。
PS3で生じた互換性の問題
まずは、本体のデザインが発表されたばかりの PlayStation 5 (PS5) についてのQ&Aです。25年前に誕生した初代PlayStation以来、据え置き機としては初めて、光学ディスク・ドライブの付属しないモデルが登場したことで話題となりましたが、歴代の新モデルが出るたびに注目されていた、後方互換性についてのトピックです。
「PlayStation 5 (PS5) はPS4のソフト(円盤)に対応していますか?」(https://qr.ae/pNK2Ag)
回答者:Youji Hajime
回答:
今回はディスク・ドライブのあるバージョンとそれが無いデジタル・オンリーのバージョンの機体が別々に販売されます。円盤のある方の機体を買えばディスクで買ったPS4のゲームは全部遊べるはずです。
まず、PS2の頃の様に円盤を回しながらその情報をディスクから直接に随時読み取ってゲームを遊ぶのは昔のことで、PS5もPS4もゲームのプレイ中に必要なデータは本体のHDから全て読み込まれるので、ディスクはゲームのデータをHDに写すだけの役割しかありません。
さらにPS3はCellProcessorというSonyがIBMと共同開発した独自のCPUを使った一方で、PS4では普通のパソコンに使われているAMD社のCPUを使いました。これによって、PS3のゲームは相当の修正と書き直しを加えないとPS4では遊ぶことができませんでした。
一方のPS5では同じAMD社の最新のパソコンCPUが使われているので、その互換性は非常に高いはずです。演算速度が数倍になっているのでマイナーなアップデートを加える必要はあるかもしれませんが、それだけでPS4のゲームはPS5でそのまま遊べるはずです。もし遊べないとすれば、PS4でも殆ど売れなかったので、アップデートをする予算も取れないようなゲームとか、製作元が倒産してしまってメンテもされていないゲームなどのごく一部ですのでほぼ問題無いと思います。(編集注:以下、省略)
こちらの回答では、円盤のあるほうのモデルを購入すれば、PS4のゲームも遊べるだろうとの見解が示されています。
PS3の時代には、CellというPowerPCアーキテクチャとSIMD系プロセッサのヘテロ構成コアをパッケージした独自色の強い並列プロセッサを搭載したため、後方互換性の問題はもとより、PS3向けのゲームを新規開発するのにもデベロッパーに大変な負担がかかり、なかなかオリジナルタイトルが登場しないという問題が発生しました(ただし、PS3の名誉のために補足しておくと、2006年当時の同世代のゲーム・コンソールであったXbox 360もWiiも全てPowerPCベースでした。ソニーのプロセッサ選択だけが特別に異端だったわけではありません)。
その反省から、PS4では「普通のPC」と同じx86-64アーキテクチャを踏襲したAMDのプロセッサを採用することで、デベロッパーにとっては大きな市場であるハイエンドWindowsゲームPC市場とのクロス開発がしやすいという状況を実現しました。
PS5は、そのPS4と同じ路線のアーキテクチャに乗っているので、互換性の問題も解決しやすいだろうとの見通しがこの回答では語られています(某インサイダー筋からの情報によると、CPUだけ見れば互換性が高そうに見えるけれども、実際にはGPUへの依存度のほうが高いため、互換性ではやはり大変な苦労があるようです)。
Apple、AMD、倒産しかけた会社が息を吹き返す
さて、AMDのプロセッサといえば、長年のインテル独壇場に風穴をあけて時代を動かした男ジム・ケラーが、電撃移籍して間もないインテルを退職したというニュースが入ってきました。事情は不明ですがスーパースターの動向なので業界は注目しています(https://ascii.jp/elem/000/004/016/4016107/)。
次に紹介するのは、このジム・ケラーにまつわる、AMD快進撃の秘密についてのQ&Aです。
「AMDはなぜ資金面で圧倒的に勝ると思われるIntelを凌駕するCPUを開発できるのでしょうか?」 (https://qr.ae/pNK2Mx)
回答者:Akihiro Ito
回答:
理由は3つあります。最大の理由はジム・ケラー。疑いようのない天才エンジニアで、Intelを二度倒した最強の勇者。なろう系の主人公かお前は。
ジム・ケラーはAthlon(K7)とAthlon64(K8)を開発し、Athlon64とそのサーバー向けのOpteronでは、IntelのPentiumブランドを滅ぼし、Itaniumも滅ぼし、Xeonのシェアを大きく削ぎAMDに巨大な収益をもたらしました。
一般的にはPentiumブランドがなくなった(Celeron的に残ってはいますが)ことと、サーバーやスーパーコンピューターにOpteronが採用されたことがとても大きく印象に残っていますが、真に大きな成果はItaniumを滅ぼしたことです。
IntelはCPUを64bitに対応させ、4GB以上のメモリを扱えるようになる未来のコンピューティングのために、古いレガシのコードが動かなくなる(その分効率はとても良い)IA-64を作りました。
Intelが巨大企業になった一番の理由でIntelにとって最も大切だったx86を捨て去る一大決心を胸に抱き、社運を賭けた挑戦を行っていました。それをジムケラーはx64で真正面から打倒したのです。ItaniumとIA-64は滅びました。
今ではIntelはAMDの作ったx64の互換でCore iシリーズもXeonも動いています。これだけでもコンピューター史に残る快挙です。
彼はApple(正確には移籍先のP.A.SemiごとAppleが買収した)に移籍し、今のiPhoneの進化の礎となるA4、A5の設計に携わります。AppleAシリーズの性能や素性の良さを疑う人はいないでしょう。(編集注:以下、省略)
AMDは、64ビット化という時代の潮目にインテルが足踏みしているのを見逃さず、大きな勝負をかけました。
当時インテルは1978年の16ビット時代から連綿と続いてきて複雑になっていたx86アーキテクチャを、64ビット化という大きな節目にリセットしてモダンな設計にしたいと考えていました。とくにPentium 4では20段という驚くほど深いパイプラインになったため、分岐予測が外れたときのハザード・ペナルティが異常に高くなってしまい、すでに天井が見えていたクロック周波数をさらに上げ続けないと性能が出ないという状況で行き詰まっていたのです。
そこでインテルは、クロック周波数が低くても性能が出る、EPICアーキテクチャを基盤とすることに決めました。これは、HPがPA RISCをベースに開発していた、命令セットにはVLIW (Very Long Instruction Word) という複数の命令の組み合わせをユニットとすることで並列化をしやすくしたものでした。
ところがこのIA-64 (Itanium) は、過去のx86ソフトウェア資産を実行するにはエミュレーションを介する必要があり、これが低速であったことが致命的な欠陥でした。Itaniumのポテンシャルをフルに活かすには全てのソフトウェアを書き換える必要があったのですが、ソフトウェア・ベンダーはItaniumが普及すると確信できなければItanium向けの開発などしたくない、しかしItaniumの価値はソフトウェアが対応しないと発揮されない、という「鶏が先か卵が先か問題」に行き当たってしまったのです。
ここに勝機アリとみたジム・ケラーは、AMDでx86との互換性を崩さずに64ビット化を実現する命令セットを導入し、過去のソフトウェア資産も無駄にならず、移行期を乗り越えられるプロセッサを設計することに成功しました……という前置きを踏まえてこの回答を読むと、より楽しめるのではないでしょうか。
Appleしかり、AMDしかり、この業界ではいったん落ちぶれて倒産しかけた会社が一気に息を吹き返すことがあります。まるでジェットコースターのような上げ下げを経験することになりますが、本来イノベーションというのはそういう世界なのかもしれません。
テクノロジー誕生の背景などを共有するQuora
ところで、エンジニア向けのQ&Aサイトというのは、国内外でも充実しています。プログラミングの質問ならStack Overflowやteratailがあり、またQiitaも元々はプログラマー向けのQ&Aサイトとして始まりました。
そんな中にあってQuora日本語版は、プログラミングやテクニックについての具体的な質問というよりは、あるテクノロジーがどういう経緯で誕生したのか、あるいは受け入れられたのか、といった歴史的な視点や、背景にあたる知識を共有する場所として使われています。
プログラミング言語Rubyの生みの親として知られるまつもとゆきひろさんもQuoraではRubyの開発秘話、プログラマーとしての人生のありかたなど、一人称でしか語れない経験をたくさんシェアされています。ある技術分野で世界に知られる第一人者の言葉がそのまま読めるのはQuoraならでは、かもしれません。
Kenn Ejima
ソフトウェアエンジニア。香川県生まれ。小学生時代よりBASICおよびアセンブラでパソコンゲームを開発。京都大学工学部卒業。シリコンバレーやニューヨークで起業したのち帰国。現在、Quoraエバンジェリストとして日本進出を担当。
Quora: Kenn Ejima / Twitter:@kenn / GitHub:@kenn『Quora 世界最大級の知識共有プラットホーム-ビジネスと人生の課題をすべて解決する-』
24カ国、月間3億人が利用し、質の高い知識が集まるQuora。本書はその膨大な情報の中から、オバマ元大統領やポール・クルーグマン(ノーベル賞受賞エコノミスト)といった著名人のQ&A、若い創業者が起こす間違い、一流シェフと超一流シェフの違いなど、示唆に富むQ&Aを厳選してジャンル別に111本掲載。ビジネスと人生に役立つヒントがきっと見つかります。
・発行: 株式会社角川アスキー総合研究所
・発売: 株式会社KADOKAWA
・定価:1,650円(本体1,500円+税)
・発売日:2020年5月21日/電子版2020年5月28日
・判型:A4変形判
・商品形態:ムック/電子版
・総ページ数:144ページ
・ご購入はこちらまで
〈主な内容〉
・野口悠紀雄氏インタビュー「“いい質問”の重要性」
・Quoraの高品質を支える4つの要素
・アダム・ディアンジェロQuora CEOインタビュー「知の共有と、テクノロジーの進化」
・「まつもとゆきひろさん、Quoraをどんなふうに使っていますか?」
・Quoraの教科書:ユーザー登録の方法、回答の評価、質問のフォロー、スペースの使い方、統計のチェックなど
・Quoraからピックアップ 111のQ&A:ビジネス/起業、デザイン、エンタメ/旅行、グローバル/日本、マーケティング、世界はどう変わるか、環境/科学、人間関係/人生、テクノロジー、経済/働き方、人材/教育
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