かつて、「ラーメン店」は「男の居場所」だった。きれいとは言い難い店内で、愛想のない店主が差し出すラーメンを、客も黙って食べて帰っていった。女性の社会進出が今ほど進んでいなかった昭和という時代には、そもそも外食が「男のモノ」という認識もあった。
そんな時代に「女性でも気軽に入れるラーメン店を作ろう!」と志した男が、福岡天神のレストランバーにいた。若い女性客から「ラーメンは好きだけど、ラーメン店に行くのは恥ずかしい」という話を聞いた河原成美である。彼が1985(昭和60)年に開店させたのが「博多 一風堂」(現:一風堂)である。
それから35年、世界各地でラーメンの魅力を伝える「一風堂」だが、国内でも数多くの弟子活躍している。その一番弟子として修業し、渋谷で独立したのが「麺の坊 砦」である。
故郷富山から福岡への一人旅でひたすらにラーメンを食べ、一風堂の味に惚れ込んでその場で弟子入りを志願した中坪正勝さん。そのまま3年間故郷に帰らず、ひたすらにラーメン作りに専念したという。1994年に開館した「新横浜ラーメン博物館」では一風堂の店長として奮闘し、その名を全国に知らしめた。
その中坪さんが13年間の修業を卒業し、渋谷で「麺の坊 砦」を開店させたのは2001年。濃厚なスープを採れる豚頭を使いながら、丁寧にアク取りをすることで、臭みのないまろやかな味にまとめられている。博多ラーメンの特徴である低加水の、細麺と太麺の2種類を毎日自家製麺。その日の天候に合わせて微調整を重ねているので、まろやかなスープが麺に馴染んでいく。
基本の「砦らぁめん」に、大きな海苔3枚と半熟玉子をトッピングした看板メニューがこちら。富山県産のライス(別売)に、豚骨スープを浸けた海苔を巻いて食べるのがお店のオススメ。
一風堂で学んだのは味だけではない。「女性一人でも、家族でも気軽に入れる店」を意識した店づくりにそれは現れている。厨房に向かい合うカウンターの他、大きなテーブル席も用意して、子連れでも躊躇せずに席につける。
「渋谷」には繁華街やオフィス街のイメージがあるが、神泉駅にも近いこのエリアに住んでいる家族も多い。そんな人達にゆっくりと食事を楽しんでほしいと、細かい所にまで気を配っている。「ミントを塗ったつまようじ」や、「紙のすれる音が子供のストレスにならない紙エプロン」を用意するなどの心配りが、根強いファンを生み続けている。
20世紀までは「男一人で食うもの」というイメージが根強かったラーメンだが、今では誰でも気軽に入れるラーメン店がすっかり普通になった。そんな時代を築いたのは「一風堂」や「麺の坊 砦」をはじめとした、多くの店が不断の努力を重ねていった結果だと思う。
自らの「砦」を守る中坪店主は、今日も豚骨を煮出す寸胴をかき混ぜながら、老若男女が集うこの店に立ち続けている。
山本剛志 Takeshi Yamamoto (ラーメン評論家)
2000年放送の「TVチャンピオンラーメン王選手権(テレビ東京系列)」で優勝したラーメン王。全国47都道府県の10000軒、15000杯を食破した経験に基づく的確な評論は唯一無二。ラーメン評論家として確固たる地位を確立した現在も年に600杯前後のラーメンを食べ続けている。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @rawota
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