さくらの熱量チャレンジ 第43回
sakura.ioとベンチャーが生み出した湖畔のイルミネーション
「さがみ湖イルミリオン」のIoTアトラクションを生みだした名古屋の燃料配達会社
2020年05月12日 09時00分更新
600万球という圧倒的な規模とテーマ性豊かなアトラクションで関東三大イルミネーションにも認定された「さがみ湖イルミリオン」。今年の目玉である「ファンタジーウォーク」においてIoTによるインタラクティブな仕掛けを開発したアロットは、名古屋の燃料配達会社から生まれたIoTベンチャーだ。
燃料の残量をリアルタイムに把握するセンサーデバイスを目指して
アロットの親会社である名古屋市の三進は、「軽油特定加工業者」として燃料の製造や配達を手がける燃料配達会社だ。廃食油再生燃料を使った「B5軽油」を生産するほか、災害時の燃料備蓄を可能にする「スマートタンク」を提供している。燃料タンク自体は無償で提供し、中身の燃料を定期的に補充し、購入してもらうというビジネスモデルになる。BCP対策で社用車や工事車両の燃料を備蓄したり、建設機械の燃料補給用にタンクを設置したり、利用者だけでなく、ドライバー不足の販売代理店もうれしい仕組みだ。
このスマートタンクを実現するために導入したのが、いわゆるIoTだ。つまり、タンクにセンサーを設置し、燃料の残量をリアルタイムに把握できる仕組みが必要になったわけだ。「定期的に燃料をいれに行っても、中身がまったく減っていないこともあります。だから、配達を効率化するためになにより燃料の残量がリアルタイムで把握できるセンサーデバイスを作りたかったんです」とアロットCEOである森田承氏は語る。
こうして3年前にスタートしたセンサーデバイスのプロジェクトだが、そもそも燃料の製造や配達を手がける会社だけに開発するには敷居が高すぎた。「たとえば、超音波センサーをAmazonで買ってきたのですが、耐久性もないし、壊れてもどこが悪いのかわからない状態。デバイスも全部あわせて3万円以上していた。もっと安いのないかなと探していました」(森田氏)という状態だった。
難航していたセンサーデバイス開発に助っ人として参加したのが、のちにアロットのCTOになる桝谷明弘氏だ。ブラジルに在住していた経験を活かして、東海地方の在日ブラジル人向けにポルトガル語のPOSレジや在庫管理システムを作っていたというユニークな経歴を持つ桝谷氏。「C言語がわかる人」という条件で声がかかったが、行ってみたらハードウェア開発だったという。「C言語は扱っていたのですが、行ってみたらハードウェア開発だったということです。高専出身でロボットを扱った経験はあるのですが、完全にソフトウェアの人間なので、ハードウェアはまったくわかりませんでした」と桝谷氏は笑う。
社内プロジェクトから外販へ 飛び込んできたイルミネーションの案件
プロジェクトを開始して半年後、さくらインターネットが出展していたイベントで「sakura.io」を知った。月額60円という利用料、1万円を切るモジュールの値段も魅力的で、さっそく超音波センサーとともに燃料タンク用のセンサーデバイスに組み込み、スマートタンクへの実装を進め、実用化にこぎつけた。森田氏は、「とっつきやすさが魅力的でした。ほかにもいろいろなパーツや製品使いましたが、sakura.ioは僕でも簡単に使えました」と振り返る。
スマートタンクや燃料POSの開発はあくまで三進の社内プロジェクトだったが、こうして作ったセンサーデバイスやIoTのノウハウを外販していくために立ち上げたのがアロットになる。「もともと素人が作ったものなので、UI/UXをきちんと作りたいと思ってデザイナーにも参加してもらいました。そうやって案件を手がけていった結果として、社長と知り合いだったデザイナーからの依頼で、さがみ湖リゾート プレジャーフォレストのイルミリオンの案件に結びつきました」と森田氏は語る。
アロットのCTOになった桝谷氏も、イルミリオンの施工会社であるエフェクトメイジがやっていた展示会に参加し、イルミネーションの可能性に魅せられていたという。「知り合いに招待を受け、家族を連れて行ったのですが、とにかく楽しかった。子供たちも喜んでくれるし、将来性もあるなあとイルミネーションの世界に惹かれたんです」(桝谷氏)。IoTにも詳しくなっていた桝谷氏は、さっそくAmazonでテープ形状のLEDライトを購入して、Arduinoを取り付けて、光らせて楽しんだという。
そんな前提があったため、森田氏が持ってきたイルミリオンの案件は桝谷氏にとって渡りに船だった。さっそく桝谷氏は百均のパーツを集めて、サッカーボール大の球体照明をセンサーの上に設置すると自動的に照明が点灯するというデモを作った。このデモがイルミネーションの施工会社とさがみ湖リゾート プレジャーフォレストの間で決まっていたイメージに近かったため、とんとん拍子でさがみ湖リゾート プレジャーフォレストの担当の目にとまった。「担当者とは初対面のときに『あのYouTubeの人ね』と言われましたよ(笑)」と桝谷氏は振り返る。
ロジックの変更に柔軟に対応できるsakura.ioによるクラウドへの通信
今回アロットが開発したイルミリオンの「ファンタジーウォーク」は、「星のかけら」と呼ばれる光の珠を渡された利用者が会場内を歩き回って、赤、青、緑の光が集めてポイントを溜め、最後の「光の源」に置くと特別なイルミネーションが見られるというアトラクションだ。光の珠や光の源にマイコンや、NFCと赤外線の送受信部が内蔵されており、NFCでそれぞれのボールを認証した後、赤外線経由でどの色に光るかコマンドを送出している。NFCのノウハウはセルフ給油するための「燃料POS」のプロジェクトで得たという。
ここまでなら、NFCや赤外線などデバイス同士の近距離通信で済むが、アトラクションとしてより複雑なロジックに対応するためには、sakura.ioでクラウドと通信する必要があった。「きっかけは集めた光によってポイントをランダムに変えるというロジックを入れたことですかね。今後もロジックが変更されることを考えたら、デバイスにプログラムを書き込むのではなく、ロジックをクラウド側に持たせるしかなかったんです」と桝谷氏は振り返る。
実際、現地に設置した星のかけらや光の源は、赤外線でのコマンド送受信と点灯しか行なわず、ほとんどの処理はsakura.ioを経由してMicrosoft Azure側で実行されているという。「とにかく走りながら決めていく感じでした。仕様が固まらず、追加の依頼が予想される中、sakura.ioであれば、場所に依存せずにどこでも通信でき、クラウド上でロジックを変更できるのが魅力的でした」と桝谷氏は振り返る。
一方、sakura.ioでは通信が高度に抽象化されているため、扱いやすい反面、Azureとの連携はけっこう難しかった。「大量のデータをクラウドで処理して、速報性高く返すには工夫が必要でした」(桝谷氏)は語る。
無茶ぶりだらけのプロジェクト やったのは「面白そうだから」
実際の開発において大変だったのは、約3ヶ月という「超」が付くレベルの短納期と次々と追加される仕様への対応だ。「もともとは『ボールを置いたら光る』というだけのシンプルな演出で、光を集めてポイント制にしたり、光る色を変えるといった演出は次年度以降から随時やっていこうという予定だったのですが、今年度やってみようかという話になり……(笑)」と森田氏は苦笑い。アロットが設計を担当したプロトタイプの納品は、従業員総出で作業にかかり、期日の3時間前に完成したという。
開発中もさまざまなリクエストに応える必要があった。たとえば、「集めた光にあわせて、音楽を流せませんか?」という依頼が来たのも2ヶ月前。星のかけらをかざす光の源も、スタート用とゴール用では異なる制御が必要になったし、15分のタイムアウトを知らせるアナウンスは前日まで用意していなかったという。その他、利用していたNFCタグで技適が通っていなかったり、バッテリの電波干渉でNFCがうまく動かないなどハードウェアのトラブルもあった。
量産品はメーカーが作ったが、最終的には動作チェックが必要だった。名古屋のオフィスから約500kmの道のりをバンで乗り付け、現地で試行錯誤を繰り返したという。「バンの後ろはハンダごてが用意されたラボで、現地で抵抗付け直すとか、赤外線の発信機を増設するとか、青空の下でやりました(笑)」(桝谷氏)。また、アトラクションがスタートした会期中も油断はできなかった。「施工会社であるエフェクトメイジさんの忘年会に呼んでいただいたのですが、ちょうど相模湖に観光客が殺到しているとき。きちんと動作していないという電話がかかってきて、泣く泣くトラブル解決に出かけて行きました。今となっては、いい思い出です」(桝谷氏)。
こんな大変なプロジェクトになぜ関わったのか? 森田氏は、「面白そうだったから、やったことないからというのはありましたね」と笑う。桝谷氏は親子連れがファンタジーウォークを楽しむ姿を現地で見て、苦労が報われたという。「ものづくりは子供から見ても受けがいいんです。七色に光るボールとか見せると、お父ちゃんすごい!と尊敬されます」と語る。
二人ともビジネス一辺倒ではなく、楽しそうというのが最大の動機。森田氏の「燃料売るために入社したはずなんだけどね(笑)」とコメントが印象的だった。「次は通年で楽しめるナイトアトラクションもやってみたい」とのことで、アロットの挑戦はまだ続く。
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