私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏りまくった「物語」を紹介します。
今回、私が「物語」を紡ぐお店の名前は「拉麺5510(ゴーゴーイチマル)」。所在地は江東区大島5ー5ー10。そう、一見不思議な印象を受ける店名は、実は住所をそのまま店名に書き連ねただけ。こだわりがあるのかないのかよく分かりません(笑)。
かく言う私も、こちらのお店の存在を知ったのがほんの半年くらい前。正直、いわゆるラーメン業界の第一線ではほとんど語られることのないお店ですが、知ったきっかけは以前このコラムにも書かせて頂いた「ラーメン巌哲」の平松店主。平松さんから「とにかく食に対する知識と情熱が凄くて、作るラーメンもめちゃめちゃ美味しい変態的なラーメン職人がいる」と教えて頂きました。平松さんもだいぶ変態の部類に入る人だと思うのですが、その変態が「変態」と呼ぶ人物……そんなヤバイ人、気になるに決まっています! すぐさまお店に伺いました。
「拉麺5510」は大島駅から徒歩1分なのですが、大通りから少し入ったあまり目立たないところにひっそりと佇んでいます。ラーメンのメニューは結構多く、魚ベースが「醤油」と「しろたまり」の2種類、鶏ベースが「醤油」と「背脂」の2種類、さらに「辛胡麻」「つけそば」そして「ハイカロリー」という汁なしと、全部で7種類。これだけあると節操がない感じもしますが、どれも全てしっかりと美味しいのです。さすがは変態と呼ばれるだけあります。まさに「これぞ隠れた名店」と言うにピッタリのお店です。
店主の名前は大滝竜二さん。他人のことを言えた身分ではないですが、メタボなボディでコロコロっとしながら、終始ニコニコされているその姿は、まるでゆるキャラ。「大島のご当地キャラ『ニコニココロコロ』です」なんて紹介されたら一発で信じてしまうほどです(笑) 。
そんな大滝さんですが、いざラーメンや食の話が始まると、まぁ止まりません。何せ知識が凄いので、いつまでも喋る喋る。
ただ1つ不思議なのが、大滝さんのラーメンや食に対する造詣の深さは尋常じゃないにもかかわらず、このタイプの人に多くありがちな「己の信じる味を突き詰める」的なストイックさを全く感じないのです。どこまで語ろうとも飄々としているのです。
「こんなに美味しいラーメンを作れるなら、私ならもっとカッコつけてこだわりとか語っちゃうだろうに、この人はニコニココロコロしてるだけだよなー」というのが率直な印象。まさにラーメン職人と言うよりは、ゆるキャラ(笑)。この言いようのない縮れた違和感をストレートに啜るために、大滝店主が紡いできた人生の「物語」を紐解いてみたいと思います。
大滝さんが料理に目覚めたのは大学生の時。両親が共働きで、母親が夕食を作るのが遅くなるので、母親の代わりに夕食を作り始めたのがきっかけだったそうです。最初は単に自分の空腹を満たすために作り始めたのですが、徐々に料理作りの楽しさにのめり込んでいきました。
そして、料理の腕が上達して、母親からも「美味しい」と喜ばれるようになると、「疲れて帰ってきた母親に美味しいものを食べさせてあげたい」と、いつしか母親のために料理を作るようになりました。
またこの頃から、大好きなラーメンの食べ歩きも始めたそうです。そんな大滝さんが「飲食店で働きたい」と思うようになったのは当然のことでした。
こうして大学卒業後に、割烹系居酒屋、イタリア料理店を経て、地元千葉の有名ラーメン店2軒で合わせて10年以上働きました。そこで店主からラーメンのノウハウを叩きこまれた……と思いきや、どちらのお店でもラーメン作りについて教わることはほとんどなく、結果としてほぼ独学。「今にして思えば独学状態だったからこそ真剣にラーメンの作り方を覚えられたのだと思う」と、大滝さんはニコニコと当時を振り返ります。
そんな紆余曲折の「独学物語」を紡いできた大滝さんは、10年以上の修業を経て、ついに自分のお店を出そうと決意。正直そこまで資金も貯められていなかったのですが、必死に家賃の安い物件を探して、大島の今の物件に出会います。こうして2015年5月12日、「拉麺5510」がオープンしました。
実は、オープン前は豚骨ラーメンで行こうと思っていたという大滝さん。豚骨ラーメンは、今、提供している7種類の中にも入っていません。なぜ豚骨をやめたのか? その答えは想定のナナメ上を行くものでした。
「オープン前にいざお店の厨房に立ってみると、狭すぎて自身がイメージしていた豚骨ラーメンが作れないことが判明したんです。ビックリしましたよ(笑)」
いやいや、ビックリしたのはこっちです! なぜそんな大切なことに最初に気づかないんだ……というのは置いといて、オープンを目前にして絶体絶命の大ピンチ。どうしたんですか?
「なら豚骨ラーメンをやめればいいやと、方向転換したんです。それで生まれたのが今の魚ベースのラーメンです」
えー!? 自分がこれから商売していく大切な看板メニューって、そんな簡単に変えられるものなんですか? もうナナメ上ばかり行きすぎでよく分からなくなってきまして……。
こうして話を聞くうちに、ある1つの疑問が湧き上がってきました。「この人は、どんなラーメン店主でも必ず持ち合わせている『アレ』が欠落しているのではないか?」と。思い切って聞いてみました。
「すいません、大滝さんってラーメンを作る上で『こだわり』ってありますか?」
ともすれば失礼な質問です。しかし、こんなことではゆるキャラは動じません。
「『こだわり』ですか? あんまりないんですよね……」
やっぱりそうだったー! しかし、ラーメン店主なのに「こだわりがない」なんて、普通言えます? 私はそこまで言い切ってしまう大滝さんとの「物語」を紡ぎたくてたまらなくなりました。
「もちろん、美味しいラーメンを作りたいって思いはありますよ。でも、そのために過剰にストイックな感じになるのって苦手なんですよ。いわゆる超名店の出身でもないし、特に守るべき味みたいなものもないから、結果としてラーメンの種類もどんどん増えちゃったんですよね」
例えば、つけそばは「丸長系のつけそばが元々大好きで、自分が食べたいから作ってメニューにしちゃいました」とか。
また、ハイカロリーという独特すぎるネーミングの汁なしは「従業員の賄いだったんですが、常連さんからの食べたいという声が多かったのでメニューにしちゃいました」とか。全てがこんな感じ。
とにかく「自分がやりたいことと、お客さんが喜ぶことが何よりも最優先。そこに崇高な理念も哲学もいらない。ただ美味しいものを食べてもらいたい」それが大滝さんのスタイルなのです。
そして実際、大滝さんの作る7種類のラーメンはどれも「この味だけで十分勝負できるのでは?」と思えるほど本当に美味しいです。これだけの技術を持っているわけですから、1種類の味に「こだわる」必要がない。「こだわりがない」と言えることが、逆に自信の裏打ちなのです(謙虚な大滝さんは謙遜するでしょうけど)。
どうりでいくら話してもストイックな感じが出てこないワケです。
どれも素晴らしいラーメンの中でも特に、看板メニューである「魚 しろたまり」は出色です! 煮干しや昆布など、何か1つの食材が突出するような作りではなく、全ての魚介素材が絶妙なバランスでまとまっている一杯。
「個人的に、いきなりガツンとくるものより、食べ進めるほどに食材の魅力が溢れてくる……みたいなラーメンが好きなんですよね」と言う通り、尻上がりに美味しくなっていく感じがたまりません。飄々としながらも、このあたりはちゃんと緻密に計算されていてニクいです(笑)。
と、こんな感じで、特に積極的に告知もせずにのんびり飄々とお店をやっている大滝さん。ピリピリした緊張感溢れるラーメン店とは真逆の、常連さんたちに愛される極めてアットホームな雰囲気。まさに「拉麺5510」は、大滝さんの人柄とキャラクターをそのまま体現したお店と言えます。
そんな大滝さんと常連さんとの間で、つい最近、素敵な出来事がありました。
2ヶ月前くらいに、20代くらいのカナダ人の男性とブルガリア人の女性がお店に来ました。2人から「辛いのが食べたい」と言われたので、大滝さんはその時あった食材を使って即興でメニューにない辛いラーメンを作ってあげたそうです。2人は大滝さんのその心意気に感動して、それ以来すっかり常連となって、週3くらいで来てくれるようになりました。そしてほんの数日前のこと。いつものようにお店に来た2人が突然、
「あなたはミシュランの星をまだ獲ってない。でも、あなたはそれを獲るにふさわしい人物だ。だから私たちからあげたい」
と、手作りの星型のメダルをプレゼントしてくれたのです。しかも、その場に居合わせた周りのお客さんたちも箸を止めて大拍手。突然の授賞式に、思わず泣きそうになりましたが「営業中に泣いちゃダメだ」と、必死でこらえたそうです。そのメダルは額に入れて大切に保管しています。
大滝さんのスタイルだからこそ、こんな素敵な「物語」を紡げるわけです。 さすがは愛すべきゆるキャラ(笑)。
さて、「拉麺5510」を語る上で欠かせないものがもう1つあります。それは「ほんいつ(本日の一杯)」というメニューです。ナント大滝さんは、7種類のラーメンに飽き足らず、日替わりのラーメンも毎日作っているのです。
とにかく想定のナナメ上ばかり行くので、もう驚き疲れました(笑)。しかし、
「毎日メニューを考えるのって大変じゃないですか?」
と、「ほんいつ」について湧く当然の質問をしたところ、その回答がまた想定をはるかに超えるものでした。
「そんな大変ですかね? だって、お母さんっていつも毎日違う料理を作ってるじゃないですか」
そう、大滝さんにとって「ほんいつ」のメニューを考えるのは、お母さんが毎日の献立を考えるのと同じことなのです! 大滝さんの美味しい料理を振る舞いたいという気持ちは、大学時代に毎日お母さんのために夕食を作っていたあの時から全く変わってないのです。しかし、日替わりメニューをお母さんの毎日の手料理と重ねて考えていたとは……こんな発想、大滝さんしかできません。
そのメニューも多彩で、「野菜たっぷりの塩ラーメン」「カレーまぜそば」「豚しゃぶつけそば」など、まさにお母さんの手料理のような魅力的なラーメンが毎日ラインナップされています。もちろん、変態的に料理の知識と経験を兼ね揃えた「ゆるキャラお母さん」が作るワケですから、味は間違いありません!
飄々としながら誰もが納得するような美味しいラーメンを作ってしまう大滝さん。そのニコニコ笑顔とコロコロボディは「イタズラに『こだわり』を語らなくても、美味しいラーメンって作れますよ」という自信に満ち溢れているように見えてなりません。
そんな大滝さんが、私の取材の最後、おもむろに語り出しました。
「すいません、強いて言えば『こだわり』みたいなものが1つだけありました」
えっ、本当ですか? 最後に名言っぽいやつもらえると、締めに使えるのでお願いします!
「なるべくお腹空かせてから営業に臨むようにしてます。なんでか分からないんですけど、満腹で作るより、空腹で作った時の方が、お客さんの評判がいいんですよねー」
うん、やっぱり最後まで大滝さんは大滝さん。どこまでいっても愛すべきゆるキャラでした!
是非あなたにも「拉麺5510」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べて頂きたいです。
※新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策により、営業日・営業時間・営業形態などが変更になる場合があります。詳しくはお店の公式ツイッター @ramen5510をご確認ください。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
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