2019年9月17日、Slack Japanは国内初となるカンファレンスイベント「Frontiers Tour Tokyo」を開催した。1時間40分を超える基調講演ではCEOのスチュワート・バターフィールド氏をはじめエグゼクティブが数多く登壇し、Slackの設計思想や活用事例、デモを披露。後半は東大アメフト部、日本経済新聞社、MONET Technologiesの3社がSlack導入のねらいと効果を語った。
いったん使ったら、なしでは生きていけないのがSlack
ビジネスチャットの枠を超えて、さまざまな業務のハブとしてユーザーを拡大しているSlack。グローバルでは150カ国以上で利用されており、デイリーアクティブユーザー(DAU)は1000万を超え、東京だけでも50万人が利用しているという。オープニングキーノートに登壇したSlack CEOのスチュワート・バターフィールド氏が「2年前に日本語版を出したが、その6ヶ月後、日本は北米以外では最大の市場になった」と述べると、聴衆から大きな拍手が送られる。
Slackは今年6月のニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場の際、「複雑さが進む現代社会において、アジリティと一体性のある組織作りをより容易に可能にするサービスを提供する会社こそが、世界でもっとも成功するソフトウェア会社になれると考えている。私たちはそんな企業になりたい」と掲げた。この目標は「世界の人たちの働き方を変える」という“野心”と「サービス精神に基づいて働きやすさを提供する」という“謙虚さ”から成り立っているという。
現在、多くの組織の課題は「コーディネーション(Coordination)」と「アラインメント(Alignment)」だという。英語だとなかなか伝わりにくいニュアンスだが、意識合わせや調整と言えるだろうか。組織が共通の目標に向かって、柔軟に、迅速に、変わっていくためには必要な要素だ。「アラインメントがなければ、メンバーは違う方向を向いているので、お互いの努力が相殺され、どこにも進めない」とバターフィールドCEOは指摘する。
こうしたコーディネイションのために、会社ではさまざまな会議や打ち合わせが行なわれるわけだが、その会議で必要なスライドを作る作業に多くの労力が使われている。「もちろん、この作業が大事ではないとは言わない。むしろ非常に大事だ」とバターフィールド氏は語る。大事だが、成果に直結するわけではなく、労力や時間のかかる作業。これを円滑にするのが、Slackの役割だという。
現在、Slackの平均接続時間は9時間で、毎日90分はアクティブに利用されている。1週間単位で見たアクティブ時間は5000万時間に及ぶ。「Slackは必要だと気づかないものだが、ひとたび使えば、なしでは生きていけない」とバターフィールドCEO。圧倒的なスティッキネス(粘着度)の高いサービスだ。
メールをSlackに置き換えるとなにが起こるのか?
Slackの理解において一番容易な方法は「メールを置き換えること」だという。企業や個人のコミュニケーションツールとして長らく君臨しているメールだが、受信トレイは個人ごとに分断されており、重要な情報が流れていてもロックされているか、埋もれている。また、新入・中途社員は空の受信トレイからメールを受け取ることになり、貴重な業務の履歴にアクセスできない。「これはばかげています。将来、こんなことをなぜやっていたのか」とバターフィールドCE0は語る。
Slackではこのメールの受信トレイをチャンネルに置き換える。チャンネルはプロジェクトでも、オフィスの場所でも、組織でも、なんでもよい。バターフィールドCEOは、同社で2番目の規模となるオラクルとのやりとりについて振り返る。「IT、調達、セキュリティ、人事、法務、経営など100人以上が関わる複雑な取引だった」(バターフィールドCEO)という約9ヶ月のやりとりはSlackが用意した専用のチャンネルで展開されたという。
25人のメンバーが参加し、その後さらなる拡大を見せたこのチャンネルはうまくいった。CEOであるバターフィールド氏も、そのチャンネルをのぞくことで、すべてを把握できたという。「オラクルはどうなっている?と私が聞く必要はないし、誰も私に対するスライドも作らないし、会議も不要だ。チャンネルを見ればいいのだから」。また、オープンチャンネルで他のチームもこのやりとりを把握できるほか、各担当者も自分の業務が全体のどのパートかを理解することが可能になった。「ボスの指示を受けるだけ、決断の背景がわからないと、メンバーも疎外感も感じてしまう」とバターフィールドCEOは指摘。しかし、チャンネルを利用すれば、全員が同じ情報を共有でき、メンバーを拡大することも容易だ。
受信トレイに情報を囲う個人重視のメールから、全体が同じ情報を共有するチーム重視のSlackへ。「とてもシンプルだが、メリットは大きい。どの組織もこの変化を避けることはできない」とバターフィールドCEOは断言する。さらにメールとSlackとのもう1つの違いはソフトウェアとの連携だ。「Slackはソフトウェアが大好きだ。なぜなら人間の能力を拡大し、平凡なタスクを自動化し、もっと多くのことができるようになるからだ。そのため、すべてをSlackに連携させようとしている」とバターフィールドCEOは語る。過去、ソフトウェアの領域では新しいカテゴリが次々と誕生し、カテゴリ内でさまざまなツールが切磋琢磨している。「インテグレーション」というAPI連携で、これらのツールをまとめるのがSlackの方向性だ。
2020年には日本でのデータ保持も可能に
Slackにおけるチャンネルベースのコミュニケーションについて説明したのはSlack 最高製品責任者のタマル・イェホシュア氏だ。インテルやアマゾン、グーグルなどの製品エンジニアリングチームを率いてきた経験を持つイェホシュア氏は、「人を団結させることの難しさを目の当たりにしてきた」と語る。しかし、調査ではSlackを導入した組織・企業のうち、約87%のコミュニケーションの改善が見られたという。
Slack社内ではありとあらゆることにチャンネルを用いている。たとえば、人材採用においてはクローズなプライベートチャンネルでセキュアな人事情報を扱っており、ワークフローを迅速化するための絵文字を多用している。また、特定の機能開発においてもパブリックチャンネルを用いており、設計者、開発、法務、広報などさまざまな関係者が参加しており、新しいメンバーがキャッチアップするのも容易だ。さらに共有チャンネルを用いると、チャンネルは組織の外にまで拡張できる。「チャンネルでは誰もが同じものを見て、透明性を持って情報を入手できる。これは過去、現在も含めてだ。チャンネルは人と情報のすべてを1カ所に集められる」(イェホシュア氏)。
イェホシュア氏はEKM(Enterprise Key Management)や管理ツール、サードパーティのDLPやeディスカバリーツールとの連携など、エンタープライズ向けの機能を紹介。先週発表された「データレジデンシ」は、米国外でのデータ保持を可能にするもので、ドイツに引き続いて対応が予定されている日本では来年のQ2(第2四半期)に利用可能になるという。
続いて登壇したSlack プラットフォーム担当VP兼ジェネラルマネージャーのブライアン・エリオット氏は、1800を超えるアプリ連携や50万以上のカスタムアプリについて説明した。API経由でのディープな連携により、Google Driveではドキュメントのアクセス権設定をSlackのチャンネル内から行なえる。また、あとのゲストとしても登壇した日本経済新聞社ではSlackから直接記事のチェックや配信を行なえるCMSをカスタムアプリとして構築し、掲出までのスピードを速めたという。
エリオット氏は、Slack Japan シニアソリューションエンジニアの水越将巳氏を呼び込んでデモを披露。チャンネル、スレッド、絵文字、共有チャンネル、ボットなどSlackの概要を説明するとともに、GoogleDriveのアクセス権設定などのディープな連携、ポイント&クリックで作れる新しいワークフロービルダーなどが披露された。特定のベンダーからの独立性が高いSlackだけに、ドキュメントならBoxやDropbox、Google Drive、OneDrive、カレンダーであればOutlookやGoogleカレンダーなどさまざまなツールと連携できるのが大きな強みと言えるだろう。
興味深かったのは、メールとの連携だ。前述の通り、Slackはメールの受信箱をチャンネルに置き換えることを推奨しているが、メール自体との共存も意識している。たとえば、Slackのメールアドインを用いれば、GmailやOutlookからSlackに対してメールを転送できる。さらにメールブリッジを用いれば、Slackとメールで相互にやりとりができる。「ブリッジを使うことで、Slackのユーザーと使っていないユーザーがツールの違いを意識せずとも、インタラクティブにコラボレーションできる」と水越氏は語る。
Slackの目指すのは、仕事をよりシンプルに、快適に、生産的にすることだという。エリオット氏は、「Slackを使うことで、チームのアラインメントとアジリティが改善される。これはお客様でもベンダーでもビジネスパートナーでも同じだ。共有チャンネルであれば実現できる」とチャンネルベースのやりとりについてアピールし、後半のユーザー対談につないだ。