Open、Share、Joinの思想があるから、コミュニティはさくらを信頼できる
さくらインターネットと鹿児島のコミュニティがmark MEIZANまでを語り尽くす
2019年05月28日 09時00分更新
2019年2月にオープンした「mark MEIZAN」は、鹿児島のクリエイティブ産業を育成する新拠点だ。今回はそこに魂を吹き込むさくらインターネット 油井 佑樹さんと、ユニマル 永田 司さん、W・I・Z 松岡 宏満さんという3人の運営メンバーに集まってもらい、鹿児島のコミュニティを振り返ってもらった。(インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ、以下、敬称略)
鹿児島にエンジニアはいないと思っていた
大谷:たぶん話は都内で働いていた松岡さんと永田さんが鹿児島に戻ってきたくらいから始まると思うのですが、そもそもさくらインターネットが関わる前って、鹿児島のITコミュニティはどんな感じだったんですか?
松岡:僕が東京から鹿児島に戻ってきたのは2011年頃ですが、当時はコミュニティらしきものはほとんどなかったと思います。それこそ東京にいるときはコミュニティや勉強会に参加していたので、鹿児島戻ったら全然ないなと思いました。その中で唯一「Androidの会」はあったので、そこで野崎弘幸さん(現リリー CEO)や小田謙太郎先生(鹿児島大学)、今熊真也(現 ユニマル CEO)さんと出会ってますね。
永田:僕も同じ時期に東京から鹿児島に戻ってきたんですけど、松岡さんと知り合ったのはmixiの鹿児島ITエンジニアグループです(笑)。
松岡:Uターン組ですが、地元にコネが全然なかったので、mixiを使ってました。永田さんがメッセージくれたのがきっかけですね。
大谷:帰ってきてどう思いました?
永田:鹿児島にエンジニアはいないと思っていました。
松岡:そんな彼といっしょに今熊さんと小田先生がやっているハッカソンイベントに行ったんです。場所はまさにここ(旧称:ソフトプラザ鹿児島)で、そこから人のつながりできた感じでした。
永田:Uターンとはいえ、やっぱりよそ者だったので、すごくお利口さんにしてました。野崎さんはいまだに「あのとき、永田さんはオレたちを見定めていた」とか言いますよ(笑)。
大谷:その後、今熊さんと永田さんがユニマルさんを創業したんですよね。
永田:鹿児島に帰ってきて、サービスを開発する会社がないなと思ったんです。自分たちが面白いことやってやろうと思って立ち上げたのがユニマルです。
スタートアップ支援の割には、全然寄り添ってくれないなみたいな印象だった
大谷:油井さんが二人に出会ったのもその頃ですか?
松岡:僕は東京のスタートアップでCTOをしていて、そのときにさくらのクラウドを使っていたんです。
油井:当時、ブリッジさんがDMM.makeにスタートアップ集めたイベントやっていて、そこに松岡さんの会社が出ていたんです。今思えば信じられないのですが、当時の僕は営業として名刺配りまくっていて、松岡さんとは原宿でご飯食べた記憶があります。
大谷:ユニマルさんは?
油井:ユニマルさんとはベンチャーキャピタル経由で知りました。さくらはスタートアップにクラウドを無償提供する取り組みをやっているので、入社したばかりの僕がそのやりとりを担当していたんです。
永田:当時はスタートアップ支援と言っているけど全然寄り添ってくれないなみたいな印象でした。別のクラウドから移行するのに本当に3ヶ月もかかるんですか?みたいな感じで(笑)。
油井:僕もさくらに転職してきたばかりで、ほぼ営業に近い立場でユニマルさんと話していたし、なぜこんなにスタートアップを手厚くサポートするのか、自分で納得いってなかったんですよね。
大谷:今はこんな仲いいのに。
油井:2014年末に福岡で「全国スタートアップデイ」というイベントがあり、そこでユニマルさんがピッチすることになったんです。弊社の田中が審査員をやる関係で、同行することになって、そこから本格的にコミュニケーションが始まった感じですね。九州に行くのも、そのときが初めてでした。
大谷:そのときはどんな話したんですか?
永田:オーダースーツを頼んだとか、昔はロンゲだったとか(笑)。
油井:うーん。今から考えたら、営業がエンジニアの勉強会に行っだけど、出せるものがないから、自分の身を切り売りするみたいな感じでした。正直、なんの価値も提供できない話をしていました。
大谷:まあ、エンジニアの中の身の置き場って、最初はそうですよね。
永田:エンジニアでもなく、スタートアップ担当の油井さんに、どれくらい熱量があるのか当時はわからなかったので、一担当者という認識でした。
油井:でも、そのときのユニマルさんとの出会いはけっこう大きくて、その後東京に永田さんが来るときにちょくちょく呑みに行くようになりました。
僕としても、初めての担当スタートアップだったし、ユニマルさんから「場所を超える、人をつなぐ」みたいなビジョンや、鹿児島でスタートアップを立ち上げる意義みたいなのを聞いて共感しました。鹿児島でチャレンジできることを証明して、いろいろな人を集めて盛り上げたいという想いがありました。ユニマルさんの永田さんや今熊さんの想いは、それくらい強かったし、僕の中で衝撃だったんです。
2015年、鹿児島でスタートアップイベントを立ちあげ
大谷:なるほど。さくらインターネットとしての方向性はどうだったんですか? 当時はJAWS-UGもどんどん地方支部が立ち上がって、コミュニティブームでしたよね。
油井:さくらもコミュニティが必要だという思いはあったので、ユニマルさんと意図が一致して、イベントやろうという話になりました。もちろん、コミュニティはさくらが作るわけでもないけど、やってくれる人たちが鹿児島にいるというのでイベントの話をしたら、社内で通りました。ユニマルさんにあてられたというか、僕も異常な熱量で社内プレゼンした記憶があります(笑)。その頃あたりからスーツも着なくなりましたし。
永田:それもスタートアップのせい?(笑)。
大谷:なるほど。それが2015年に鹿児島でやった「startuphack in Kagoshima byさくらクラブ」ですね。
油井:はい。当時、鹿児島の人は東京に行かないと会いたい人に会えないという課題がありました。でも、さくらからお願いして呼べる人も多いので、まずは鹿児島に人を呼ぼうというのがコンセプトでした。うちの田中も来ましたし。
そこからイベントのために鹿児島に出向くようになりました。「鹿児島にこんなスタートアップがいるんだ」と気づいてもらえるようなイベントをやりたいとユニマルさんには説明しました。でも、当時の鹿児島にはエンジニアコミュニティも存在していたので、ハッカソンをやって、1週間後に発表するところまでイベントにしたんです。今考えるとスタートアップピッチとハッカソンピッチの2部構成って不思議ですが(笑)
大谷:そのときは私も初めて鹿児島行ったのですが、100人くらい集まったんですよね。
永田:僕はエンジニアいないと思って鹿児島に帰ってきているのであの人数は驚きました。ハッカソンやスタートアップみたいな言葉さえよくわからない地方で、エンジニアだけじゃなく、経営者やスタートアップの人まで集まって、すごく異質だった気がします。
大谷:鹿児島には何回か来ていますが、それは感じますね。関係ないかもしれないけど、関わってみたいという潜在的な人数が、ほかの地方に比べて鹿児島って多い気がするんですよね。
で、結局油井さんも東京から福岡に移住するんですよね。
油井:そうです。家族ごと福岡に引っ越してきたのが、2015年の12月ですかね。
永田:あんなに鹿児島って言ってたのに、福岡行っちゃうんだと思いました(笑)。それは冗談として、個人的には近くに来てもらってうれしかったですけどね。
あと、福岡は九州圏の人としてはやっぱり意識する場所。ユニマルとしては、ずっと東京に通っていて、ある程度ネットワークもできていたけど、逆に福岡はわからない土地だったんです。油井さんを通して、福岡の人たちとつながれる期待はありました。