量子コンピューターの性能が従来の最も強力なスーパーコンピューターを凌駕する「量子超越性」の達成が近いと言われている。しかし、従来のコンピューターと仕組みのまったく異なる量子コンピューターの性能をどのように測定し、比較すればよいのだろうか。
「トップ500(TOP500)」プロジェクトは、世界で最も強力なコンピューターのランキングを年2回発表する。このランキングは非常に注目を集めており、大きな影響力がある。世界の超大国がランキングを支配しようと競っているが、本記事の執筆時においては中国が最多であり、229台のコンピューターがランクインしている。
米国は121台のコンピューターしか載っていないが、この中には世界で最も強力な、テネシー州オークリッジ国立研究所のスーパーコンピューター「サミット(Summit)」が含まれている。サミットは143ペタフロップス(1秒間に14.3京回の浮動小数点演算)を記録した。
このランキングを決めるのは、一連の線形方程式を解くFortran(フォートラン)のサブルーチンを集めたリンパック(Linpack)と呼ばれるベンチマーク・プログラムだ。この方程式を解くのにかかる時間でコンピュータの速度を測るわけだ。
性能評価におけるベンチマークの選択については、議論が尽きない。コンピューター・アーキテクチャは通常、特定の問題を解決する目的で最適化されており、そうした問題の多くはリンパックの問題とは大きく異なっている。たとえば、量子コンピューターは、リンパックの問題を解決するのにまったく適していない。
そしてこのことが重要な疑問を提起する。特定の種類の問題に関しては、最も強力なスーパーコンピューターを凌駕しようとしている量子コンピューターだが、正確には一体どれほど強力なのだろうか? 問題は、量子コンピューターの性能をどのように測定し、それを従来のコンピューターの性能とどう比較するかだ。
カリフォルニア州マウンテンビューの米航空宇宙局エイムズ研究センター(NASA Ames Research Center)にある量子人工知能研究室(Quantum Artificial Intelligence Lab)のベンジャミン・ビラロンガらのチームによる研究のおかげで、一つの答えが得られている。ビラロンガらは、従来のデバイスと量子デバイスの両方で動作するベンチマークテストを開発し、両方のデバイスによる性能の比較を可能にしたのだ。
チームはさらに、世界で最も強力なスーパーコンピューターであるサミットで、単精度演算で281ペタフロップスの平均性能を維持しつつ、新しいテストを実行した。その結果は、量子コンピューターがランキングにおいて量子超越性を最終的に確立するために達成しなければならないベンチマークとなる。
量子コンピューティング能力の優れた測定基準を見つけるのは容易ではない。第一に、高度に専門化された限られたタスクであれば、量子コンピューターが従来のコンピューターより優れていることは、コンピューター科学者たちは以前からわかっていた。そうだとしても、そうしたタスクのいずれについても現時点では、特段うまく実行するのに十分なほど強力な量子コンピューターは存在しない。その理由の一つは、量子コンピューターはエラー訂正ができないからだ。
そこで、ビラロンガらのチームは、量子コンピューティング能力に関するより根本的なテストを探求した。現在ある初歩的なデバイスと将来に登場するより高度な量子コンピューターのいずれでもうまく機能し、さらに従来のコンピューター上でもシミュレーションが可能なテストだ。
彼らが選んだのは、ランダム量子回路を使って量子カオスの発展をシミュレーションする問題だ。このプロセスは強力なエラー訂正を必要としないため、単純な量子コンピューターで実行できるうえ、ノイズに埋もれてしまった結果を除外するのが比較的簡単である。
従来の機械でも、量子カオスのシミュレーションは容易に実行できる。しかし、従来のコンピューティングが量子カオスのシミュレーションを実行するのに必要とする電力は、シミュレーションに含まれるキュービットの数とともに指数関数的に増加する。
2年前に物理学者たちは、少なくとも50キュービットを備えた量子コンピューターであれば、従来のスーパーコンピューターに対して量子超越性を達成できると判断した。
しかし、スーパーコンピューターがアップグレードされるにつれて、目標値は絶えず変化している。たとえば、サミットの現在の性能は、143ペタフロップスで記録を塗り替えた、前回の11月のランキングの時よりも、はるかに増大している。実際、オークリッジ国立研究所は、2021年までに1.5 エクサフロップス(1秒間に150京回の浮動小数点演算)の処理性能を備えた機械を作る計画を明らかにした。つまり、こうした機械の能力を、新しい量子コンピューターの能力に対して継続的に比較できることが、ますます重要になっているのだ。
NASAとグーグルの研究者は、従来の機械でランダム量子回路のシミュレーションを実行する「キューフレックス(qFlex)」と呼ばれるアルゴリズムを作成した。そして昨年、キューフレックスが、72キュービットの「ブリッスルコーン(Bristlecone)」と呼ばれるグーグルの量子コンピューターの性能をシミュレーションし、同等のベンチマークを達成できることを示した。この実験には、NASAエイムズ研究センターの20ペタフロップスの演算処理能力を持つスーパーコンピューターが使用された。
ビラロンガらはサミットを用いて、はるかに大きな量子デバイスの性能をシミュレーションできることを示した。「スーパーコンピューター全体で281 ペタフロップス(単精度浮動小数点数)の平均性能を維持して、49キュービットと121キュービットの量子回路をシミュレーションしました」。
121というキュービット数は、既存の量子コンピューターを超えている。つまり、現在のランキングでは、従来のコンピューターの方が、わずかだが、やはりまだ優れているわけだ。
しかしこの競争は、やがて従来のコンピューターが負ける運命にある。今後数年以内に100キュービット以上を備えた量子コンピューターを開発する計画がすでに始まっているからだ。そして、量子コンピューターの処理能力が加速するに従い、これまで以上に強力な従来型コンピューターを開発するという挑戦は、すでに減速を余儀なくされている。
従来型コンピューターの新たな開発を制限する要因は、もはやハードウェアではなく、それらを動かし続けるための電力だ。すでにサミットの稼働には14メガワットの電力を必要とし、中規模の町全体を十分に照らす電力に匹敵する。「このようなシステムを10倍に拡張するには140メガワットの電力が必要となり、法外に高価なものになるでしょう」とビラロンガのチームは述べている。
対照的に、量子コンピュータは経済的だ。電力は主に、超伝導部品の冷却に使われる。たとえば、グーグルのブリッスルコーンのような72キュービットのコンピューターでも、約14キロワットの電力しか必要としない。ビラロンガらは、「キュービット数が増加しても、消費電力が大幅に増加するとは考えられません」と語る。
そのため、エネルギー効率でのランキングでは、割合すぐに量子コンピューターが従来のコンピューターにすべて取って代わる運命にある。
いずれにせよ、量子超越性が到来しつつある。今回のビラロンガの研究から考えると、量子超越性を証明するベンチマークはキューフレックスである可能性が高い。
(参照:アーカイブ(arXiv)arxiv.org/abs/1905.00444:Establishing the Quantum Supremacy Frontier with a 281 Pflop/s Simulation:281 ペタフロップスのシミュレーションによる量子超越性に関する新領域の確立)