●GDPRのねらい:
巨大企業という入口をふさぐ
GDPRは2016年の制定時から巨大企業をねらいとしていたそうだ。当時EU議会議長だったマルティン・シュルツは2016年2月の講演で、巨大企業などを名指しして「許されるべきではない」という非常に強いメッセージを発していたという。
“もし個人情報が21世紀のもっとも重要なコモディティであるなら、個々人のデータに対する所有権が強化されるべきです。特に、これまで何も支払わないでこの『商品』を手に入れている狡猾な人たちに反対することです。グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、アリババなど、これらの企業が新しい世界秩序を具現化していくなど、許されるべきではありません”
──マルティン・シュルツ(EU議会議長、2016年)
GDPR発効後、中小Web企業やブロガーが個人情報のやりとりをどこまで対応しなければいけないのかという議論があった。しかしGDPRの制裁金は軽くて1000万ユーロ(約13億円)、大企業以外は実質対象になっていないという。実際、施行日以降にEU議会長官が「(GDPRの)制裁金規模は、大規模に個人情報収集をして儲けている企業が対象だ」という旨の発言をしているそうだ。
ただし武邑さんによれば本当にGDPRがターゲットにしているのは巨大資本そのものではなく、彼らの収益源となってきたアドテクノロジーだ。特定消費者層を正確にしぼりこめる広告技術の発展により、フェイスブックとケンブリッジ・アナリティカの関係に代表されるような「抜け穴」が増えてしまった。そこでトンネルとして悪用されてしまう「入り口」をふさぐのが目的なのだという。
一方、グーグルにとって個人情報収集はもはや「ビジネスモデルの中心にない」(武邑さん)。検索、メール、カレンダーなどの無料サービスを通じて、個人情報はすでに吸い取れるだけ吸い取った。いま彼らはもう「データのロンダリング」(同)を終え、AIで稼ぐフェーズに入っているそうだ。
●GDPRの歴史的背景:
ベルリン第4の壁
武邑さんいわく、GDPRは「ベルリン第4の壁」と位置づけられる。13世紀にベルリンができてから、ベルリンには(1)城壁、(2)交易の壁、(3)ベルリンの壁ができた。そして4つ目の壁がインターネット防護壁としてのGDPRだ。
GDPRはヨーロッパ史の中で「デジタル監視社会からEU市民を守るという使命」(武邑さん)がある。GDPRが対抗しようとしているようなプライバシーの脅威のことは、ドイツで「シュタージ2.0」と呼ばれているという。シュタージは東ドイツの秘密警察のことだ。「国家機構がグーグルやフェイスブックなどを通じて人々を監視しているのではないか」と、かつてのシュタージを知る人々が嫌悪感や警戒感を抱いている。それがGDPRの源になっているという。
さらに武邑さんに言わせれば原点はルネサンスにある。
神から人間へ。人々はキリスト教支配から解き放たれ、人間であるということをふたたび考えるべきだ、というのがルネサンスの思想だ。ひるがえって現在、テクノロジーは一神教よろしく強大な宗教のようなものになっている。わたしたちは毎日のようにスマートフォンを通じて神のように圧倒的な力を礼拝している。「それに気づかせる最大の装置がGDPR」(武邑さん)なのだという。
思想家のロラン・バルトが1980年代に主張した「作者の死」は、読者が作者になることで作者の特権的な地位が崩壊するというユートピア的な思想だった。当時の空気を下地として「オープン」「フリー」などコンセプトを礼賛する文化が生まれ、気前のいいデータの提供につながったと考えると、たしかに宗教を感じる。