その会社にはその会社ならではの働き方がある。みんなの働き方改革・業務改善を追う連載「私たちの働き方カタログ」の第22回は、大阪のWebサービス開発会社フェンリル。創業当初からノー残業を掲げてきた同社がなぜ残業を解禁したのか? フェンリルの橋本進一郎氏に聞いた。
残業禁止の職場、周りの人は口をきいてくれなかった
働き方改革の中でもっとも注目度の高い長時間労働の見直し。定時になると会社の電気や空調を消したり、ビルの出入り口を閉めてしまうといった強攻策をとる会社も増えているようだが、結局、現場は「労働時間の短縮」と「ビジネスの拡大」という相反する条件で板挟みになり、持ち帰り残業が増えるだけだという意見も多い。
大阪のWebサービス開発会社であるフェンリルは、2005年の創業当初から残業自体が禁止だった。定時前になるとオフィスは消灯・施錠されてしまうため、退勤のベルとともに社員は急いで荷物を片付け始める。2007年にフェンリルに転職してきた橋本氏は、「とにかく6時までに仕事を終わらせなければならなかったので、職場はピリピリしていました。ゆっくりアイデアを出すような会議はなかったし、周りの人も口を聞いてくれませんでしたよ(笑)」と当時の様子についてこう振り返る。
創業以来「ノー残業」を貫いてきた同社だが、2009年10月から残業を解禁する。創業時は国産ブラウザとして名を馳せた「Slepnir」のようなプロダクトで成長してきたが、同社が「共同開発」と呼ぶスマホアプリの受託開発事業の比率が増えていく中、定時でこなしきれない仕事が増えてきたからだ。「外部の業者に納期をお約束しているので、『定時までがんばったけど、納期に間に合いませんでした』とはなかなか言えないんです」と橋本氏は語る。
当然、残業解禁が従業員に不利益にならないよう、1分単位で残業代が出るよう就業規則の改定も実施。あわせて、125日の年間休日と有給休暇、5日間の有給休暇奨励日、バースデイ休暇も制定した。「設計上は年に3回の9連休がとれるようになっています。一般の企業よりは休日はとりやすいはずです」と橋本氏は制度設計について語る。
成長戦略の見えない採用目的だけの制度に疑問符
人手不足の昨今、どの企業もこぞって働きやすい職場をアピールする。休みも多い、残業もない、さまざまな手当が用意された、いわば「キラキラ制度」だ。とはいえ、会社の成長戦略が描かれないまま、制度面だけよく見せかけても定着にはつながらない。「『残業なし』という会社にあこがれを持つ若者は多いので、採用面では確かに有利です。でも、そういう制度って、本人や会社の成長を視野に入れてない、採用目的だけの制度のように思えます」と橋本氏は切り込む。
圧倒的な成長が見込めるスタートアップならともかく、普通の会社が休みを一気に増やし、残業をなくし、おまけに給料も手当も充実させるなんて、構造的に不可能なはず。「残業が増えても、売り上げが増えるわけではないので、単位時間あたりの生産性を上げて行くか、案件を増やしていくことが必要。この議論がないまま、単純に労働時間を削減するのは、構造的に無理があります」と橋本氏は指摘する。
IT企業では海外の働き方をベンチマークにする向きもあるが、彼らももちろん有り余る余暇を謳歌しているわけではない。「ストックオプションを配布されていることもありますが、欧米のスタートアップなんて、未来の夢のために休みなく働いていますよね」(橋本氏)。長時間労働を奨励しているわけではないが、ただ一律に労働時間を減らすのは疑問。かつて残業禁止の会社だったからこそ、長時間労働の問題は一筋縄ではいかないと感じている。
会社概要
国産シェアNo.1ブラウザ「Sleipnir(スレイプニール)」やオンラインデザインツール「Picky-Pics(ピッキーピックス)」を開発。2017年2月にはレビューツール「Brushup(ブラッシュアップ)」を子会社化。国内でiPhone が販売された2008年よりスマートフォンアプリ開発事業へ参入し、300社500本以上という国内トップクラスの開発実績を誇る。
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