表計算ソフトでLotusを出し抜く
データベース業界でもNo.1の地位に
1987年にはTurbo Pascalの市場にマイクロソフトが参入する。BorlandはTurboシリーズ第3弾として、1987年に買収したWizard Systemsが開発していたWizard CをベースとしたTurbo Cをやはり1987年に投入しており、最初の月だけで10万本を売り上げるヒット作となったのだが、マイクロソフトも1987年にやはり低価格なIDEとしてQuick Cを投入。こちらも次第に有力な競合製品になった。
画像の出典は、“PC Magazine 1988年5月17日号(Volume 7, Number 9)”
そうした競合の中にあって、さらに競争を仕掛けるのがBorland風というべきか、Kahn氏風と言うか。同社はQuattroを改良し、Quattro Proとして投入し、しかもLotus 1-2-3よりかなり安い、99ドルというバーゲンプライスで投入した。
Paradoxは先にも書いたとおり725ドルという高価格な製品だったが、Ashton-TateのdBASE-IIを利用している顧客に対しては150ドルという低価格乗換えプランを提示している。またこの頃から同社は代理店経由だけでなくダイレクトメールベースの直販を開始して、これによりマージンの削減を狙うなど積極的であった。
1990年末までにBorlandはQuattro Proを月間5万本出荷し、Paradoxは市場シェアの20%を占めるに至る。1990年度における売上は1億1330万ドルで、前年の9050万ドルから躍進。営業利益も3480万ドルで、こちらも前年の2590万ドルから大幅にアップしている。
Quattro Proに関しては前回も書いたとおりLotus Development Corporationとの間で訴訟騒ぎになるが、1992年に訴訟が棄却された(*3)のは当然Borlandにとっては追い風であった。
(*3) 厳密にはQuattro Proの一部の機能はLotus 1-2-3のものをコピーしたと認定されたため、同社はただちにその機能を削ったバージョンをリリースしている。
1991年にはAshton-Tateを4億3900万ドル買収し、データベース業界におけるNo.1の地位を獲得するに至っている。実際はこの買収は結構難航した。とくに製品同士の互換性に著しく欠けていたことと、Ashton-Tateの管理スタイルがBorlandのそれとかけ離れていたことが問題で、結果1991年は1億1400万ドルの損失を出している。とはいえ、この時点で3億ドル規模のデータベース市場の50%のシェアをBorlandは抑えていた。
開発ツール会社として再生するも
エンジニアがライバルのマイクロソフトに移籍
ただこのあたりから、Borlandには逆風が吹き始めた。PCの市場が広がると、必ずしも開発ツールやデータベースを使う必要がないユーザーが増えていくことになる。こうした結果、次第に同社の売上は鈍化していく。
1993年度、同社は4億6400万ドルの売上げに対して4920万ドルの営業損失を計上する。1992年末に同社は350人を一時解雇しているが、この時には3500万ドルの営業損失が予測されると発表されており、状況は急速に悪化していった。
その1993年、生き残り戦略の一環としてWordPerfectとの合併を検討していたが、これは結局実現しなかった。そうこうしているうちにマイクロソフトはOffice Suiteを発表し、Borlandはこれに対抗する製品ラインをそろえられなかった。
結局BorlandはQuatrtro Proの資産全部、それとParadoxを販売する権利を1億4000万ドルの現金でNovellに売却する。Novellはこれに先立ってWord Perfectを買収しており、これでNovellはMicrosoft Officeに対抗できるSuiteを構築できるはずだった。実際にはこれらが全部不調に終わった、という話は連載391回で書いた通りである。
ではBorlandは、こうした製品を売却してどうしたかというと、再び開発ツールという同社のオリジナルに立ち返る決断をした。ただこの決断にあたっては取締役会で相当紛糾したようで、Kahn氏は1995年1月に、CEOと取締役会議長を辞任。1996年11月には取締役会そのものも辞任する。
実はこのKahn氏辞任のタイミングで、これまで同社を支えてきた開発陣も一斉に辞任する。Turbo Pascalの開発者だったHejlsberg氏は開発ツール製品部門の設計主任だったが、Kahn氏の辞任にあわせてリストラ対象だったエンジニアをほぼ全員引き連れてマイクロソフトに移籍。同社のTechnical Fellowとして.NET FramworkやC#の開発に従事することになった。
開発ツールを売却し
企業IT向けに方針転換
さて残ったBorlandは? というと、Octel Communications CorpでCFOを務めていたGary Wetsel氏をCEOに据えるものの、1996年7月に辞任。SRI Internationalという研究機関のCEOを務めていたWilliam F. Miller氏を暫定CEOとして兼任してもらうが、その後もWhitney G. Lynn氏、Dale Fuller氏、Tod Nielsen氏とCEOは変わり続ける。
結局Tektronixで社長を務めていたDel Yocam氏が1996年11月にCEO兼取締役会議長として就任する。彼はKahn氏と同じく開発ツールを軸に会社を再構築する路線を選び、ParadoxをCorelに売却する一方で、CORBA向けのミドルウェアを開発していたVisigenicを買収、さらに社名をBorlandからInpriseに変更する。
これは従来製品との決別を明確に示すものだったが、その新会社の目玉であった開発ツールのDelphiは、マイクロソフトへの移籍直前までHejlsberg氏が開発していたものだったあたりが、なんとも皮肉である。
DelphiはObject Pascalベースの開発ツールだったが、C++バージョンとなるC++ Builderや、Java向けのJBuilderなども次々に投入されていく。1999年にはYocamに変ってDale Fuller氏がまず暫定CEO、次いでフルタイムのCEOになるが、彼も2005年には解任されている。
その間に、同社のターゲットはWindowsプラットフォームからLinuxベースに次第に切り替わっていく。ちなみに一度は放棄されたBorlandの名前は、2001年に再び復活している。
ただもう開発ツールそのものがあまり利益を生む分野ではなくなっており、それもあってFuller氏解任後、暫定CEOを務めたScott Arnold氏と、その後継のTod Nielsen氏の時代に同社は次の方向を模索し始める。
それが2005年のLegaderoの買収と2006年のSegue Software買収である。前社はIT管理とガバナンス管理、後社はALM(アプリケーションライフサイクル管理)向けの製品をそれぞれリリースしており、Borlandはこうしたメーカーを傘下におさめて、企業IT向けソリューションを提供する会社の方向に向かおうとした。
この結果として、2006年2月に同社はDelphiを初めとする開発ツール製品全部を一旦は売却するとしたものの、結局CodeGearという子会社を作り、そこに移管した。ただそのCodeGearは2008年にEmbarcadero Technologiesに2300万ドルで売却している。
こうしてターゲットを企業IT向けに絞ったBorlandだが、思ったほどには売上がたたなかった。結局同社は2009年5月にMicro Focusに7500万ドルで買収され、ここでBorlandの名前は潰えることになった。
Micro FocusのBorlandページを見ても、もう企業IT向けの製品が残っているだけである。むしろEmbarcadero Technologiesのほうが、DelphiやC++ BuilderなどBorland時代の名残を残した製品がきちんと維持されている。
ちなみにもっと古いTurbo Pascalは、ブラウザで動く無償版があるほか、古いバージョンの中には無償で公開されているものもある(もちろんMS-DOS用だが)。興味ある方は遊んでみるのも良いと思う(まず環境を作るまでが一苦労ではあるが)。
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