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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第45回

【後編】『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー

片隅からの大逆転劇~Twitter・異例の新聞記事・地方の劇場で高齢者にも届いた

2017年05月28日 18時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●村山剛史/ASCII編集部

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映画館の役割はタイムマシン

片渕 最初に『この世界の片隅に』は「体験型」だとお話ししましたが、僕が大学の映画学科で教えているゼミの学生が教えてくれた感想が、1つの答えになっているなと思いました。

 『アニメーションを観ているっていう意識があまりなくて、映画を観ている気すらしなくて、まるで自分が映画館の中でタイムスリップして、すずさんや家族と一緒に何日かを過ごしてきたような気がしました』ということでした。

 この映画の特性として、多くの人たちは、アニメーションを観ているんだか、実写を観ているんだかよくわからないし、もっと言うと、映画を観ているというよりも、タイムマシンですずさんがいる場所に行った。ちょっと覗いたわけでもなくて、映画の中に入って、すずさんたちと同じ事を味わって体験して、その体験をくぐり抜けた上で、また今の日常に戻ってきた、みたいな声が多かったですよね。

 映画が終わって外に出ると、今まで見ていた自分が住む街がどこか違う風景に見えたりね。こんな風景だったっけと改めて感じた、そう思われた方はたくさんおられたみたいです。

―― 「『マイマイ新子』探検隊」の頃から、“体験”という言葉が、監督のなかで大きな意味を持つようですね。

片渕 映画を見ることが、体験にまでつながっているとうれしいですし、この作品はそういう種類の映画なのかなと思います。

 なおかつ、30代、40代ぐらいの方がご覧いただいたときには、この映画で描かれているのは、自分の親や祖父母と直接関係があることだなと思っていただけた。それで、ご年配の親御さんと一緒に映画館に来てくださることが始まって、お正月の時期には孫まで親子三代で観に来ている。そういう風景が全国でたくさん見られるようになってきました。

―― 私も実家の母に、初めてアニメ映画を勧めました。

片渕 そういう方がたくさんおられます。この映画において一番重要だと思ったのは、今80代ぐらいの戦争体験をされた方々が反応してくださったことです。できるだけ当時を忠実に再現する絵作りをしたことで、「これは当時と違う」と言われずに、ご自身の記憶にある出来事を追体験してくださった。

―― ご高齢の方がアニメ映画を楽しんでいる光景というのはこれまであまりなかった気がします。よく考えると、アニメ映画の興業で言われる“ファミリー層”とも違いますね。“お母さんと子ども”ではなく、“大人とその親”“祖父母と孫”という組み合わせは、アニメではあまり見かけなかったように思います。

片渕 アニメ映画では、親が“子どもの引率”として来ることが多いのですが、そうした状況が変わってほしいとずっと思っていました。そこで『マイマイ新子と千年の魔法』のときには、まず大人である親に観てもらって、面白いと感じたら『子どもにも観せたい』と連れてきてくれればと考えたんです。

 それが『この世界の片隅に』では、大人が観て『親に観せたい』と思う映画になってくれました。

 興業という点で言えば、偉大なことに、この映画は、平日の日中の成績がすごく良いんです。平日の日中って、たいていの映画館では座席は埋まらない。『この世界の片隅に』は高齢層の比率が突出しているわけではないんですけれども、高齢者の方々がそういう時間帯でも来てくださった。

ファンの熱心な口コミ、試写会、朝のニュース番組での取り上げ、Twitterでの反響などが重なった結果、幅広い層へ広がったという

大事なことは常に「片隅」にある

片渕 昨年の2016年は、2000年以降で映画館にお客さんが一番入った年になったんですよね。『君の名は。』とか『シン・ゴジラ』もあって。僕らは11月からしかやっていないから2016年にはあまり貢献していないんですけれど、お客さんが映画館に戻ろうとしてきている流れは確実にあって、僕たちの映画も、その流れの中で1つ、意味を持てたということではあるなと思います。

 どうしてお客さんが映画館に戻ってきたのか……2016年の映画は面白いものが色々できているよという評判が立った。その評判をSNSが後押ししていますし、『この世界の片隅に』のヒットにも、SNSが大きく意味を持っています。

 でも、この映画に関しては色んな要因が複雑に重なり合っている気がします。

―― これまでお伺いしてきたなかにも、様々な要因が垣間見えました。『マイマイ新子と千年の魔法』からの支援者、映画館の熱意、マスコミの記者、ネットユーザーの口コミ、そして“親を連れて行く映画”になったことで、高齢者の方にも届いた。

片渕 だから、これくらいの動員になることができたのではないかなと。きっと要因が1個だけではだめだったんですよ。

―― 本当に不思議な盛り上がり方をしている映画だと思います。戦時中とか、普通の暮らし、地方、お年寄り、ミニシアター、支援者と、これまではマスに乗りにくかったもののような気がします。いわば“片隅”に置かれていたものから発信して、ブームが生まれたことについてはどのようにお考えでしょうか?

片渕 そこはやっぱりお客さんの側が充実していたんじゃないのかなと思うんです。こういう作品をつくっても、きちんと面白がっていただいたり、反応をしていただける。

 僕らはひょっとしたら、お客さんたちが持つ資質に長らく気づけなかったのかもしれません。この映画を通して、お客さんたちが信頼できる存在だなとあらためて実感しました。

 すずさんが、知恵と工夫でたくましく暮らしていくなかで、片隅に咲いた幸せを見つけているように、お客さん自身もまた、そうであるのだなと思います。

© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

〈前編はこちら〉

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