【後編】『この世界の片隅に』片渕須直監督インタビュー
片隅からの大逆転劇~Twitter・異例の新聞記事・地方の劇場で高齢者にも届いた
2017年05月28日 18時00分更新
「試写会ブーム」を皮切りにネットの口コミが拡散した
―― クラウドファンディングの後に反響が大きくなってきたのはいつ頃でしたか。
片渕 2016年9月9日の完成披露試写の直後からです。このとき映写したのはいわゆる「ゼロ号」と呼ばれる、通常はスタッフだけが観るような試作品の段階だったんですけど、今回は、できるだけ早い時期からこの映画を世の中に知ってもらわないといけないかなと思ってあえてその状態で試写を打ちました。
すると、その直後から、マスコミや識者の方が強く反応してくださったんです。
評論家の方が、Twitterやブログで「これは何かすごいもの見てしまった」と言ってくださったり、「こんな映画ができているのなら、自分もメディアにツテがあるから、そこで書いてみたい」と。
たとえば中森明夫さんは、“のんさんの演技で、すずさんが本当にそこにいるように見える”と捉えてくだって、「自分は夕刊紙(日刊ゲンダイ)に書く枠を持っているから、そこで書く」と。翌日9月10日にはもうその記事が載っていました。
―― 翌日ですか、すごいですね。映画評論家の町山智浩さんのコラムやラジオも評判になりました。
片渕 『マイマイ新子と千年の魔法』のときと違ったのは、そこだったんです。まず届ける側のマスコミの人たちが、クラウドファンディングや、もっと前、『マイマイ新子と千年の魔法』がレイトショーで人気だったという話を聞いていて、『この世界の片隅に』という映画を知ってくださっていた。
そして試写に来て、興味を持ってくださった。その方たちの間で、ある種の試写会に行くブームがあったんですよ。
―― マスコミ試写は、TwitterなどのSNSでも話題になりました。あのとき、試写を観るのはとにかく大変で、1時間半前からロビーで待機したりしていました。
片渕 すごかったですよね、今振り返ると。“今日は何気なく行ったら全然入れなかった”みたいな話や、30席ぐらいしかないところに80人来て、50人の方が帰ることになってしまったり。その段階で僕も、この映画は色々な人に届くんだなと思いました。それで、追加試写も含めてどんどん試写を打ちました。
―― 記者の方が試写室に入れなかった旨をTwitterなどで書いたりして、それもネットで話題になりました。
片渕 世の中に対して発信できる人たちが、まず映画を知ってくださったことが大事だったんです。“試写会の席がいつも埋まる”ということが、結果的に大きな宣伝になったんだと思います。じゃあ観に行かなきゃいけないんだ、と他のマスコミの方々も思った。そういうこともちょっとあるんじゃないかなと思うんですよね。
―― 映画が公開されてからは、観た方がネットで感想やルポを書いて、その感想を見た方が映画に行きたくなる、というネット口コミが広がりました。なかでも、Twitterでの盛り上がりは大きかった気がします。片渕監督は率先してお客さんの感想を大量にリツイートされていますが、これはどういった理由で始められたのでしょうか?
片渕 僕自身は、どのくらい反響が集まっているのかを知りたくて。反響の量がすごかったから、それをそのまま中継放送しているつもりだったんですよ。色んな見方があるのだなということも含めて、こんなにたくさんの人を動かしているんだということを丸ごと伝えたかったんです。
前例のないアニメ記事で、高齢者層に伝える
―― まずはネットでブームが起きたわけですが、現在のようなアニメやネットを見ない一般層に向けては、どのような宣伝アプローチをされたのでしょうか。たとえばTVCMなどはどれくらい打ちましたか?
スタッフ TVCMは、製作委員会各社が、自社で持っているCM枠に入れたりしていました。
片渕 そうですね。TVCMが届いたのは、10代から30代の深夜アニメファン層の方だと思います。
でも、この作品のメインターゲットはたぶんもっと年齢が高いだろうとも思っていました。特に40代以上の方とか、普段アニメをあまり観ない方たちにも映画を知ってほしかった。でも僕たちができる宣伝では、そこまで届かなかったです。
―― 現在は、地方の年配の方まで観客の層が広がっていると聞きます。現在の盛り上がりにつながるような状況は、どのようにできてきたのでしょうか?
片渕 結果的に言うと、早い段階からテレビとラジオと新聞で、高年齢の方にアピールできたんです。テレビは、NHKの『おはよう日本』が劇場公開前に取り上げてくださって、放送直後から、視聴者の方が「この映画を見てみたい」と反応してくださった。
それからラジオ。『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』や『伊集院光とらじおと』とかもう数えきれないくらい。
もうひとつは新聞。公開初日直前の夕刊の映画欄は、6大新聞全紙に大枠で取り上げていただけました。それも広告じゃなくて記事として。映画欄の枠(スペース)も、映画担当者が特別だと感じた映画のときには大枠になるんですが、それが全紙とも大枠だったんです。
これも試写会の効果だと思います。この作品を広げてくださる方々にうまく伝えることができたなというのは、そういうところだと思ったんですよ。
―― 結果的に、宣伝的な効果があったのですね。その後、様々なメディアで『この世界の片隅に』の記事を見るようになりました。私が同業者の知人を見ていて思うのは、一般紙の記者さんの場合、アニメの記事を書きたいと常々思っていても“ターゲットの読者層と違うから”と企画がなかなか通らないんです。けれど『この世界の片隅に』なら、読者層であるご年配の方にも届くのではないかということで企画を出して実際に通った。そんな状況もあるのではないかと思いました。
片渕 それはすごくあると思います。
しかも、年配の方には『この世界の片隅に』がアニメであるという意識も、あまりないんじゃないかなと感じています。
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