さくらのIoT Platformの大きなポイントは、さくら自身がIoTデバイス向けの通信モジュールを手がけること。さくらインターネットの小笠原治さん、江草陽太さん、そして開発パートナーであるエイビット椚座淳介さんに、通信モジュール開発の舞台裏を聞いた。
なぜさくら自身が通信モジュールを手がけるのか?
現在、多くのIoTプラットフォームは、あくまでIoTデータを受け取るクラウド側の仕組みの提供にとどまっている。これに対して、さくらのIoT Platformではさくらインターネット自体がIoTデバイスに組み込める通信モジュールを提供し、デバイスからクラウドまで一気通貫でIoT通信をサポートする。通信モジュールは、サービスに必須のピースというわけだ。
とはいえ、外販されている通信モジュールは世の中に数多く存在している。なぜさくらインターネット自体が開発しなければならなかったのか? これについてさくらインターネット フェローの小笠原治さんは、まずコスト面での課題を指摘する。「既存の通信モジュールは非常に高価で、民生品に組み込んでモノを作れるレベルではなかったから」(小笠原さん)。多くのモジュールが産業機器の組み込みを前提としているため、ある程度の数が見えないと数万円というのが市場の価格感だった。
これをなんとかしたいというのが、さくら自身が通信モジュールを手がけるようになったきっかけだ。「サーバーをみんなに安く使ってもらいたいからと1万円以下で提供しようとしていた20年前のさくらと、かなりデジャブ感があります(笑)。当時と違うのは、今は経営面で安定しているさくらはコストをある程度工面できること」と小笠原さんは振り返る。
もう1つの課題は、技術的な障壁の高さだ。これまでの通信モジュールはマイコンから見ると単なるモデム。網に接続するという手順を踏み、 プロトコルを実装して、インターネットにつながるというものだった。しかし、さくらが目指すのは、電源さえ入れればネットワークにつながって、IPアドレスなどを意識せず、アプリケーションを開発できるという世界だ。さくらインターネットの江草陽太さんは、「これを実現しようと思うと、既製品では難しかった。だから自分たちのサービスのためのモジュールを自分たちで作らないとダメだというのは最初からわかっていました」と語る。
“変態端末”を手がける尖ったエイビットを開発パートナーに
さくらインターネットがサービスの核となる通信モジュールの開発パートナーに選んだのがエイビットだ。20年にわたってさまざまな通信機器を手がけ、ガスの遠隔検針などIoTやM2Mを先取りしてきたエイビットだが、一般的には小型化を追求した「ストラップフォン」や据え置き型の「イエデンワ」などエッジの効いたPHS端末を作る会社として知られている。とある出会いがきっかけで、さくらインターネットのIoTチームは、エイビットと通信モジュールを共に開発することになる。
「単に私がストラップフォン好きだったんです。で、エイビットさんをググルと、必ず『変態』という言葉が出てくる(笑)。これはいいなと思って、エイビットさんの拠点がある八王子まで足を運んだんですが、基地局シミュレーターとか、秋葉原ではないような機器や施設があった。これならエイビットさんだけで、開発が完結すると思った」(小笠原さん)
2015年12月に「通信モジュール安く作れませんか?」と相談を持ちかけられたというエイビットの椚座さんは、「最初は値段きついなあと正直思いました(笑)」と吐露する。とはいえ、みんなが欲しい値段と実際の値段が違うというジレンマは納得できた。なにより、ハードもソフトもネットワークもやってきた椚座さんとしては、IoTの壁を取り払う可能性を秘めたさくらのIoT Platformが魅力的だった。「目の前でWeb屋さんがハード屋さんとけんかしているのを見てきたので、さくらのIoT Platformのコンセプトにはすごく共感できた」と椚座さんは振り返る。
こうして作られたα版の通信モジュールでは、通信ハードウェアをCEREVO、マイコン部分をエイビットが手がけた。搭載しているマイコンもコスト度外視でリッチなものを使い、どんなプログラムも動くようにしたという。椚座さんは、「キメラみたいな構造なのですが、まずは汎用の部品を集めて、動くものを作ろうというコンセプトでした。まあ、PoCをやるには、これで十分だったので」と語る。
コストダウンの切り札は努力、交渉、工夫
現在はエイビットとさくらでβ版の通信モジュールを共同開発している最中。ここはα版と異なり、量産前提にスペックとコストをそぎ落とし、ファームウェアのチューニングを重ねていく作業だ。「α版で機能を決め、β版で価格を決めると言ってきました。なので、α版でのフィードバックをβ版に盛り込む必要がありました。だから椚座さんにはがっつり入ってもらっています」(小笠原さん)とのことで、椚座さんは月の仕事のほとんど以上をさくらに費やしているという。
課題はやはりコストダウンだ。「田中社長も最初は1万円以下を目指すと言っていたが、最近では3000円くらいになったら一気に普及するとか言っている(笑)」(小笠原さん)というコスト感で開発する必要がある。これに対して、さくらインターネットではまずシステム全体でのコスト最適化を追求する。小笠原さんは、「インターネットにつなぐところ、システムを運用するコストの削減は、さくら側で努力ができるし、むしろ得意な分野」と語る。また、キャリアとの交渉による通信コストの削減に関しても、月額基本料などの仕組みをやめ、独自の課金単位を導入することで、使った分だけの料金体系を整えた。しかも、今後はある程度の通信をモジュール料金に含んでしまうことを検討しているという。
通信費やシステムのランニングコストだけでなく、ハードウェアとしてもコスト削減できる余地はあるという。まずは量産効果の追求。コストダウンや量産を管理する椚座さんは「ちまちまやっていても値段は下がらないので、思い切った数を作り始める」と語る。後発ならではの強みを活かし、価格が下がった新しい部品が使えるのも大きい。「今年の2月から始めて、8月の時点でもうβ版ができているというスピード感でやっている。そのときどきで合理的な価格の部品を使って作っています」と椚座さんは語る。
こうしたことが可能なのは、部品を変えても、製品仕様が変わらないというさくらの通信モジュールの独自性がある。「今までハードウェアを直接使っていた場合は、部品が変わると仕様が変わります。でも、さくらの通信モジュールの場合は、ハードウェアがファームウェアで隠ぺいされるので、お客様からは見えないんです」と椚座さんは語る。こうした部分は、さくらがこれまで手がけてきたインフラビジネスを踏襲している。江草さんは、「VPS1つとっても、コンパネを付けて提供しているので、後ろのモノが変わっても、お客様からは同じように見える。こういう概念は、IoTもレンタルサーバーも同じです」と語る。
納期がめちゃくちゃでも椚座さんがコミットする理由
こうして半年間をさくらの通信モジュールに費やしてきた椚座さん。さくらでの仕事について聞くと、「さくらさんって納期がめちゃくちゃなんですよ(笑)」という答えが返ってきた。小笠原さんもそれを否定せず、「『いつまでにやりたいですよね』と振って、ハイと言わせる(笑)」と答える。
しかし、これは単に今までとやり方が違うということでもある。「1ヶ月でやってみるけど、失敗してもゴメンというのを許容してもらっているし、まあ、正直できるんですよ。幸いこういう仕事にも慣れていますので、今までウォーターフォールでやってきたものをパラレルでやるとか、いろんなノウハウもあります」と椚座さんは語る。
たとえば、3G/LTEのモジュールもマイコンも使い慣れた機種を採用しているため、「ぶっちゃけ5分くらいでLチカくらいまでいく」(椚座さん)というレベル。こうした中、マイコンというきわめて制約されたリソースとコストの中、どこまで「カツカツ」を極めるか。まさに椚座さんのエンジニアとしての腕の見せ所が問われるところ。「最初は確かに怖いんですけど、チャレンジしてみるとできる。そういうところがこの企画の面白いところ。やればできるんだなと思いました(笑)」(椚座さん)。
ラッキーだったのは、使っているマイコンがさくらとエイビットとも同じで、GitHubとSlackを用いてOSSで開発するスタイルも共通していたこと。「組み込み業界ではOSSを避ける人もいるし、GitHubを知らない人もいます 。その点、私はOSSのカンファレンスが江草さんとの初対面だったくらいなので、OSSもGitHubも慣れている。両社で波長が合ったんでしょうね」と椚座さんは語る。そして、WindowsやMac、FreeBSD、Linuxなど異なるプラットフォームでも、統一した開発環境を実現。「いつでも、どこでもコードを書いて、コミットできる開発環境があると、コストも大きく変わる。今回、一番大きかったのは統一した開発環境を実現できたことかもしれない」と小笠原さんは語る。江草さんも「ある意味、このメンバーが集まったのは奇跡。このメンバーじゃないと無理でした」と応じる。
セキュリティを意識しない巨大なIoTブリッジを実現する
開発中のさくらのβ版通信モジュールは、I2CやSPIなどの汎用インターフェイスを介してマイコンとやりとりし、LTE経由でさくらのクローズドなクラウドにデータを送り込む働きを持っている。データは128バイトのRMという課金単位で双方向に行なわれ、デバイスからクラウドへのアップロードのみならず、クラウド側からデバイスに対する制御も可能になっている。つまり、通信は双方向だ。
ハードウェアに近い立場で通信を手がけてきた椚座さんは、さくらのIoT Platformについて「シリアルバスで通信できるハードの人からは、壮大なトンネルに見えて、出口がWeb APIになっている。『シリアルバス to WebSocket』の巨大なブリッジで、途中で一定の処理をしてくれるもの。これを実現するには、専用のモジュールが必要だったんです」と解釈している。
ポイントはセキュリティだ。「今までハード作っていた人はI2CやSPI、Web作っていた人はWebSocketといった具合に、自身のスキルでIoTを開発できる。間をつなぐところはすべてさくらがやります。これらを閉域網ベースで提供するので、なにも考えないでデータを上げられる『安心』とインターネットのサービスと連携するときにセキュリティをきちんと考慮した『安全』の2つが大きいです」と小笠原さんは語る。セキュリティを担保しつつ、今までのやり方で開発できるというのが大きなメリットだ。
江草さんは、システム全体がセキュアである点が開発や運用の負担を大きく下げると指摘する。「SSL1つとってみても脆弱性が発見されている。でも、脆弱性を埋めるために、システム全体を更新するのは大きな負担です。だから、さくらのIoT Platformでは通信を閉域網経由にして、さくら側のサーバーも最新のセキュリティ対策を施します。お客様も継続して安心・安全なサービスを提供できます」と語る。
(提供:さくらインターネット)
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