写真=33歳、初めて自分のお金で買った万年筆。セーラー万年筆の「プロフィット21」を選んだ
子供のころは万年筆を「書きづらいペン」だと思っていた。なぜか青いインクしかないし、カーボン紙のように強く書かないといけない紙には使えない。すぐにインクが切れて使えなくなる。なのに値段が高い。親が卒業記念にくれた万年筆はどこかになくしてしまった。かえすがえすも、15歳のわたしは本当にばかだ。
いまやわたしは33歳、あのころの倍は生きている。
なまけはじめた体をしぼるため、フィットネスに通いはじめた。通いつづける理由をつくろうと自分で「ログインボーナス制」をもうけ、指定回数行くごとに1回「好きなものが買える」ルールをつくった。先月初めてたまったログインボーナス。ランニングマシンで速度を設定しながら、そうだ万年筆を買おうと思った。
理由は日記をつけたかったから。
ふだんからネットに記事を書いたり、ツイッターにつぶやいたりしているが、そこに書いた言葉は「自分だけのものではない」という感覚があった。その反動からか、コピーされず、簡単には消せず、自分以外の誰も読むことを許されない、そんな自分だけの言葉の聖域をつくりたいと思った。
長くなったが、本題ははじめての万年筆を何にするか。うきうきしながらまずインターネットで調べ、ツイッターで万年筆好きに意見を求めた(やはりこういうときにインターネットは頼りになる)。最初はパイロット、セーラー万年筆、プラチナ万年筆の国産御三家から選ぶのが安全だ、というのが結論だった。
中でもおすすめが多かったのはセーラー万年筆。「プロフィット21」をすすめられた。あとはパイロット。大橋巨泉「はっぱふみふみ」CMで有名な「エリート」復刻版。最近はパイロットの1000円万年筆「カクノ」も万年筆好きの人気を集めているらしい。それはまた万年筆に慣れたあたりで買ってみたい。
向かったのは蔵前にある文具店カキモリ。小ぶりながら文具好きから絶大な支持を得ている店で、その日も入店を待つ列ができていた。その場で注文できるオーダーノートを求める人々が多い。本を読みながら待つこと数分、店に入った。
壁にずらりと並んだ万年筆。パイロット、セーラー、プラチナ。代表的な製品を1つ1つ試す。いずれもペン先の太さは一般的な中字(M)にした。書きはじめてすぐ「こんなにちがうものなのか」と驚いた。素人の感想であり、個人的な感覚なので参考にはならないと思うが、当時のメモにはこんな感想が残っていた。
●Pilot Heritage 91
気持ちがよく、かっちり。ややペン軸が重い?
●Pilot Custom 742
しっかりした書きごたえ、仕事で使いやすそう
●Pilot Elite 95S
とてもやわらかい、筆のよう。ペン軸を短くすると印象が変わる
●Sailor Profit 21
とにかく気持ちいい!軽い、楽しい。日本語が書きやすい
●Platinum President
パイロットとセーラーの中間?気持ちがいい、高級感がある
パイロットは「かっちり」、セーラーは「やわらか」、プラチナは「高級感がある」。そんな印象を受けた。
わたしは日記で1日1回使うくらいなので、書くことの気持ちよさを追求したいと、2製品が最終選考に。「Elite 95S」はペン先がとてもやわらかいため、文字がヘタなわたしはペンに線をすべらされてしまうことがあった。
最終的に選んだのは「Profit 21」だ。価格は2万1600円。Elite 95Sとおなじように書き口が筆のようなペンだが、こちらのほうがややかっちり。それでもやわらかい線の多いひらがながするっと書けて、とにかく気持ちがいい。
インクを吸入するためのコンバーターを買い、「紫陽花」(あじさい)という季節に合わせた濃青色のインクも買った。日記用にと、満寿屋のオリジナルクリーム紙を使った「MONOKAKI」というノートも買いこみ、合計2万7000円近い出費になった。次回のログインボーナスは安めの製品にしないといけなくなった。
家に帰り、日記を書きはじめていちばん驚いたのは「書くことがこんなに気持ちがいいものなのか」ということだ。
万年筆好きがよく「書くのが気持ちいい」というが、本当にそのとおりだ。よく切れる包丁を使うとか、きれいな音がする鈴を鳴らしたときのような気持ちよさ。字がへたくそで、筆無精のわたしでも、ただただ書きつづけていたくなる。頭の中から言葉や線が指をつたって出てきているような感覚で、快感そのものだ。
万年筆で日記を書くというか、万年筆を使うために日記を書く。ツイッターの友人が言っていた言葉はこういう意味だったのかと身にしみた。
おかげで日記は毎日つづいている。1日400字ほど書いて、コンバーターのインクは1週間ほどで切れた。コンバーターの容量が足りないという声を見かけたが、どんなものだろうか。インク壺からしゅるしゅるインクを吸い上げるのも楽しい。指先を青く染めながら、これも万年筆の楽しみなのかもしれないと感じる。
この喜びは15歳のわたしに言ったところで理解してくれそうにない。ちょっとは大人になったのかもねと、万年筆に笑われているような気がした。
お詫びと訂正:掲載時、Elite 95Sをセーラー万年筆の製品としていましたが、正しくはパイロット社の製品です。お詫びして訂正します。恥ずかしい……
盛田 諒(Ryo Morita)
1983年生まれ、記者自由型。戦う人が好き。一緒にいいことしましょう。Facebookでおたより募集中。
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