6月20日に、映画「攻殻機動隊 新劇場版」の公開が始まった。本作では、草薙素子の出生の秘密など、攻殻機動隊の起源が描かれる。
その公開に先駆け、6月12日に大学の研究者や日本企業、制作委員会が一丸となり、「攻殻機動隊」に登場する最先端科学技術の実現に向けた情報発信、研究開発、企業活動支援を目的としたプロジェクト「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」の説明会が開催された(関連記事)。
その際に、攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEXのシリーズ監督、脚本を担当した、映画監督の神山 健治氏、攻殻機動隊 新劇場版の脚本や、攻殻機動隊 ARISEシリーズの構成・脚本を担当した小説家の冲方 丁氏、慶応大学大学院メディアデザイン研究科 教授の稲見 昌彦氏、慶応大学大学院メディアデザイン研究科 准教授の南澤 孝太氏が登壇。「攻殻機動隊の世界はどこまで実現できているのか?」をテーマに4つのセクションに分けてトークセッションが実施された。
トークセッションでは、神山監督や冲方氏のシリーズ構成時に考えていた、攻殻機動隊の世界観について語ったり、その世界観について現実ではどのような研究がなされているかを稲見氏や南澤氏が解説するなど、興味深い話が盛りだくさんだったので、紹介する。
Section1 義体(Cyborg)、ロボット(Robot)
最初のセクションは、「義体(Cyborg)」「ロボット(Robot)」について。攻殻機動隊のストーリーを描くにあたってこの2つをどう考えていたのかなどが語られた。
神山 「攻殻は10年前に作ったのですが、2030年の来るべき未来をいかにわかりやすく説明するかを心掛けて作りました。現実と未来のテクノロジーでどんな差異が生まれるのかをわかりやすく表現するため、舞台が現実に近くてテクノロジーは進んでいるという風に描こうと考えていました」
神山 「義体は自分の身体に物理的につながった状態で身体拡張を起こすもの、ロボットは自分の身体から離れた遠隔操作するもの、もしくはAIにより自律的に動くものをロボットと定義づけていました」
── 研究という立場からだと、義体とロボットはどちらのほうが研究が難しいのでしょうか
稲見 「義体とロボットでは、難しさが違います。身体拡張は、いかに自分の身体に合わせていくのかという難しさがあり、身体の代理となるロボットになると、まだ人と同じように動かすというのが難しいですね」
南澤 「私は実際に遠隔地に身体をおいてそこにネットワーク経由で意識をログインさせてロボットを動かす『テレイグジスタンス』という研究をしています。ゴーストと身体は分離できるのかというのが考えられるようになってきています。時代が追い付いてきたのかなという印象があります」
── フィクションで書かれた物語が現実になるということは期待感がありますか? それとも恐ろしさがありますか?
冲方 「攻殻機動隊に登場するようなロボットや義体が現れたら、まあ恐ろしいですよね。基本的に人を殺傷するためのものですから。でもそうでない可能性ももちろんあると信じていますし」
神山 「第1話で芸者ロボットが出てきます。昔のSFだと、ロボットは人間がやりたくない肉体労働など物理的な労働をするために作られるというイメージが強かったのですが、攻殻を作る時に、おそらくロボットのような高価なものをブルドーザーの代わりに使ったりはしないと考えました。どちらかというと第3次産業といいますか、エンターテインメント方面で人間にできないことをやるのではないかと。芸者は修行もあり高い技術が必要ですが、プログラム化されることで伝統芸能ではなくなってしまうのではないかという恐ろしさもあります」
冲方 「ロボットは歳をとったり、疲れたりせず、衰えないので、その部分が人間が嫌悪感や恐怖を抱く部分なのではないかなと思います」
神山 「昔ある学生さんに、もし日本舞踊の師匠が弟子をとるとしたら、人間がいいのかロボットがいいのかという質問をされました。人間の弟子はオリジナリティーを獲得していくので、自分を超える可能性があります。完全に自分の技のみを伝承したいのであればロボットのほうが都合がいいのかもしれないんです。我々が物語の中で考えてきたロボットが出来てきた時に、以前のSFで想像していたこととは違う人間対ロボットの現象というのが起きるのではないかというのは、攻殻を考えた時にすでに思っていました」
攻殻機動隊 ARISEでは、戦争以外でサイボーグを作る理由が必要だった
── 攻殻機動隊 ARISEでは、人間ならではの恋愛や妊娠も義体が行っていますが、冲方さんはどのような気持ちで話をお考えになったのでしょうか。
冲方 「攻殻機動隊 ARISEの話を作るにあたって、やらなくてはいけないことがありました。戦争以外でサイボーグが普及する理由が必要だったんです。これは老人が衰えた肉体を交換するという考え方をしました。2つ目は、不気味の谷という言葉が一般化される前と後で、人間とロボットと全身義体の間における違和感の描き方が難しくて、いっそのこと違和感を持っている人間のほうが差別的という雰囲気にしていきました。3つ目は、身体の拡張を人体の内側(臓器)に目を向けるということでした」
稲見 「人工物で不気味の谷を越えるといのは、止まっている時はいいのですが、動いてしまうとどうしても不気味になってしまうというのはまだ超えられていないです。面白いと思ったのは、内臓に目を向けるという部分で、研究者としてはまだ手を付けられていない分野だと思います。
南澤 「(義体だと)物を食べたり飲んだりというのは、役に立たないともうんです。それでもなんで食べるかというと、それが社会に溶け込むために必要だったり、自分が人間であるという確証や生きがいを感じるためだと思うんです。おそらく寿命も長くなるので、長く生きる意義を見出すうえで、『食べる』とか『恋愛する』とかが重要になってくるんだと思います」
稲見 「まさに人とつながるための行為ですよね」
南澤 「ある意味、脳というかゴーストが存在すれば、人としての存在は可能なんですが、身体が世界や他の人とのインターフェースになっていて、そのインターフェースを通じて楽しさとかを得ているんでしょうね」
── コミュニケーションはどうしてとらなくてはいけないのでしょう?
神山 「作品の中でサイボーグ用の食事というのを出したのですが、必要不可欠だから食べるというよりは、エンターテイニングするためのものになっていると思うんです。攻殻機動隊の世界を突き詰めていった時に、恐らく最初は肉体を捨てていく(義体化して脳だけに特化する)という時代があって、そのさらに先にもう一度肉体を手に入れたいという部分が出てくると思います」
冲方 「一般的な日常的な風景を突き詰めて考えると、いらないものばかりなんですが、精神的に必要なんです。気分の問題とか。コミュニケーションの根本は、自分が人にどう見られているかなので、脳だけがズラっと並んでいると、コミュニケーションがただの並列になってしまいます。人間は並列だけになるというのを嫌うんですよね。生きがいがなくなるので」
南澤 「攻殻機動隊 ARISEでは、草薙素子は幼少期に義体化してから、義体を変えながら成長していってますよね。これも必要ないといえば必要ないのですが、子供の身体で子供の身体ならではの経験をして、成長すると成長した身体ならではの成長をしています。身体と心というのは切り離せないものなのかなと考えさせられますよね」
── ゴーストが食べたいとかコミュニケーションをとりたいとかそいういう感情を抱いているのでしょうか
神山 「こればかりはわかんなくて、肉体を捨ててみたらそういったものが全くいらないと感じるかもしれないですし。肉体と精神が不可分であるという未来も来てほしいなと思う部分も、作品を作る分にはありましたけどね」
稲見 「自分と同じように感じているから共感できるという部分もあると思います。ヒューマノイドのコンテストなどを見ていると、転んだ瞬間に全く痛がらないので突然物に変わるんです。おいしいものを食べたりというのは義体やロボットが我々の社会に入るために不可欠な儀式だったかもしれないという考えもあります」
南澤 「攻殻機動隊 REALIZE PROJECTを考えると、義体が社会に溶け込むために必要な技術もやっていく必要があるのかなとは思いますけどね」
神山 「最初は義体は自分の体ソックリなものが作られると思うんですが、そのうちファッション性とかが入ってきて、自分のパーツとソックリじゃなくていいんじゃないかという考えになっていくのではないでしょうか」
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