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普通のオーディオメーカーじゃできない! スタジオエンジニアが“本気”で追い込んだワイヤレスイヤホン「NEXIEM Limited」の開発に迫る

2026年07月14日 00時00分更新

文● ASCII

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 輸入代理店のエミライが自社ブランドで展開する完全ワイヤレスイヤホン「NEXIEM Limited Studio Master Edition」は「プロのエンジニアが音を作る」製品として企画された斬新なアプローチの製品だ。

NEXIEM Limited Studio Master Editionの開発機、イヤホンから出ているケーブルについては後述。

 一見すると、近年急増しているスタジオエンジニアやアーティストによる音質監修モデルのようにも思える。しかし、その正体は従来のコンシューマーオーディオの常識を根底から覆す、きわめて過激かつ純粋な「スタジオエンジニア主導の音作り」。

 エミライの島幸太郎氏が呼び掛け、日本の音楽シーンの最前線を支えるレコーディングスタジオ「prime sound studio form」のトップエンジニア陣が呼応したNEXIEM Limited Studio Master Editionはどのように生まれたか? 実際の開発環境を目の当たりにしながら、従来のオーディオ開発とは異なるアプローチを取材した。

オーディオメーカーができない尖ったコンセプトを実現するNEXIEM

 まずはこの製品が登場した背景について紹介しておこう。エミライの本業はFIIOやiFi audioといった海外オーディオブランドの輸入代理業務である。とはいえ、単に海外製品を輸入して日本市場に流通させるだけでなく、日本のニーズを汲み上げてブランドの本国へと伝え、具体的に製品の改善につなげるといった役割も果たしてきた。

NEXIEM Limited Studio Master Editionを手にするエミライの島氏

 完全ワイヤレスイヤホンでは、過去にはNoble Audioの「FALCON」シリーズなどを取り扱っている。その際にはメーカーと代理店の枠を超えた深いかかわりを持ち、完全ワイヤレスイヤホンを作るために必要なサプライヤーやライセンス企業との関係性を築くこともできた。しかし、代理店という立場では、既存メーカーの確立されたブランドイメージや音質のキャラクターを破るような、尖ったコンセプトの製品は打ち出しにくいという限界もあったという。

 「自分たちが持つノウハウを活用し、業界に新しい一石を投じるユニークな試みを実現できないか」。そんな意欲を持って立ち上げられたのが、自社ブランドのNEXIEMである。ブランド名そのものを冠した初代のNEXIEMは、MEMSドライバーを採用した完全ワイヤレスイヤホン。NEXIEM Limited Studio Master Editionはその第2弾モデルで、ハウジング内部に米国のメーカーが開発したリング状モジュール「Embedded Transmission Line(ETL)」を組み込み、音響構造を大幅に刷新した。

 しかし、島氏が真に挑みたかったのは、単なるハードウェアのマイナーチェンジではない。完全ワイヤレスイヤホンの本質である「電気的信号処理(イコライジング)」の可能性を極限まで引き出すことであった。

イコライジングは完全ワイヤレスの肝

 いわゆるピュアオーディオの文脈において、イコライジング(EQ)は「悪」とみなされることが多い。コンポーネントの物理的な特性そのものでリニアリティを突き詰め、無調整でよい音を鳴らせることこそが「正義」とされるためだ。

 しかし、ワイヤレスイヤホンの開発では事情が少し違ってくる。ノイズキャンセリング用のマイク配置、SoCやバッテリーの搭載、防水性の確保といった音質以外の要素を小型の本体に取り入れる必要があり、特に左右が独立して動作する完全ワイヤレスイヤホンでは、筐体や内部構造の物理的自由度はきわめて少なくなる。結果として、音を完成させるためには、内部のDSPでEQ処理を施して物理的な音響特性の弱点を補うのが前提になるというわけだ。

製品の内部構造、ドライバーはダイナミック型とxMEMS Labs社製「Cowell」MEMSドライバーを組み合わせている。

音響モジュールのETLを搭載する点も特徴。イヤホン内部で発生する定在波・反射波を吸収し、低音を中心とした全周波数帯域で安定した特性を維持できる。

 こうした書き方をすると、完全ワイヤレスイヤホンの開発は「制約と改善への向き合い」であるようにも聞こえるが、実際はそうとも言えない。音の入り口から出口まで一貫した管理ができる一体型のシステムでもあるからだ。一般的なオーディオコンポーネントでは、再生機、アンプ、スピーカーなどのパートに分かれている。この場合、先にどのような機器がつながるかが分からないため、攻めた追い込みはしにくいが、最終的に音を出すドライバーユニットやそのドライバーユニットが動く箱などを決め打ちできる。そして、その実力を最大限に引き出すためのチューニングが可能であるのは武器にもなる。

 とはいえ、こうした武器は、最終製品になかなか反映されにくいというのも事実だ。

 島氏は初代NEXIEMの調整のために中国の受託工場を訪れた際、現地の技術者から「片耳だけでEQ調整して音を決めてくれ」と言われ、絶句した経験を持つという。サプライヤーの関心は数値上の周波数特性と製造効率に偏っており、音響的な感性やステレオ再生した際の調和に対する関心は薄い。

 また、解像度を高く、アーティストの声を近くに感じられるように、子音が刺さらずナチュラルな質感を……といったオーディオファンなら良く口にする言葉を的確に理解し、具体的な周波数カーブなどに翻訳して落とし込んでいくスキルを十分に持ち合わせていないことも多い。結果として、数値のやり取りだけで四苦八苦しながらEQを作り込むことになる。

 完全ワイヤレスイヤホンの開発にはこのような難しさがある。一方で、物理特性の良さで勝負する有線イヤホンに対して、電気的信号処理のウェイトが大きな製品であるのも事実であり、その完成度が製品のクオリティに直結する。

 であれば、オーディオメーカーとしては徹底的に素性が良くポテンシャルの高いハードウェアを下地として用意し、EQという最も重要な作業は、日々音作りの最前線に立つ「EQのプロ」に完全に委ねてみたらどうなるか。これが、本企画の真の出発点であった。

単なる「監修」ではなく、エンジニア主体のプロジェクト

 昨今、オーディオ製品において「スタジオ監修」を謳う製品は珍しくない。しかしその多くは「スタジオエンジニアの意見を聞いて開発された製品」という範疇にとどまっている。それが示すのは、メーカー主導であらかじめ用意した複数のサンプルをエンジニアに聞いてもらい、持ち帰ったアドバイスを参考にしながら、元の製品の質を修正するといったものだ。

 しかし、NEXIEM Limited Studio Master Editionのプロジェクトは、その主客関係を完全に逆転させた点に面白さがある。この製品の開発で、エミライは「ハードウェアの基盤と開発環境を提供するだけのサポート役」に徹している。一方で、音作りの主体をすべてスタジオに所属するプロのエンジニアに預けたのである。

 島氏からエンジニアに伝えられたのは「仕事でもプライベートでも使って違和感が極力少ない完全ワイヤレスイヤホンにしてほしい。あとは好きなように作ってください」という一言だけ。音色に対する細かな指示や介入は一切行われていない。

森元浩二氏(中央)、峯岸良行氏(左)、太田敦志氏(右)

 この無茶振りとも言えるオファーを引き受けたのが、数々のヒット曲を生み出してきたプロフェッショナルスタジオ「prime sound studio form」である。取材には同スタジオに所属する森元浩二氏(ゼネラルチーフエンジニア)、峯岸良行氏(レコーディングエンジニア)、そして太田敦志氏の3名が応えてくれた。

 浜崎あゆみらを手掛けたレコーディング界の重鎮である森元氏、アイナ・ジ・エンドのドルビーアトモスミックスなどを手掛ける峯岸氏、LDHアーティスト等の作品で腕を振るう太田氏という超一流の布陣だ。

 prime sound studio formがこのプロジェクトに心躍らせた背景には、若手エンジニアの育成や、レコーディング/ミキシング/マスタリングエンジニアという仕事の存在感を世の中に広く示したいという強い情熱があった。単なる名義貸しではなく、製品の音質設計そのものに根深く携わりたいというスタジオ側の想いと、エミライのコンセプトが見事に合致したのである。

試行錯誤から生まれた開発環境、独自の変貌を遂げた「第三形態」の開発機

 取材に赴いた記者の目の前に置かれたのは、青い金属製のクアルコム純正開発ツールと、そこから伸びるフラットケーブル、そして基板がむき出しになった特殊な検証用NEXIEMであった。その異様な光景は、コンシューマー向けの製品体験会ではまずお目にかかれないもの。研究開発の実験室といってもいいものだった。

幅広のフラットケーブルがつながれているNEXIEM Limited Studio Master Edition

 実はBluetoothイヤホンのEQ調整という作業は想像以上に泥臭く、お世辞にも使いやすいとは言えないハードとソフトを使うことを余儀なくされる。クアルコムの開発ツールは、PCに接続された青いボックスからフラットケーブルを経由して左右のイヤホン基板へ直接データを書き込む仕組みだが、Bluetoothの仕様もあって信号処理はモノラルが基本。リアルタイムでステレオの音を聞くためには、左右別々に開発ツールを用意してつなぐというトリッキーな接続方法にしないといけない。

開発ツール、PC側で指定したパラメーターをこの機材を通してイヤホンの基板のDSPの設定に反映する。

 さらに厄介なのが、フラットケーブルの長さ制限だ。データ伝送時にエラーが生じるといった理由でフラットケーブルの長さは極めて短く、調整中にイヤホンを両耳に装着しようとすると、かさばる開発ツールを頭のすぐそばに固定する羽目となる。苦心の結果、初期段階では頭にキャップを被り、そこにマジックテープで基板とケーブルを固定して頭部ギアのような状態で作業する方法を試すことになった。しかしこれでは、手元が見えず作業効率が著しく落ちてしまう。やがて服の肩口にマジックテープを取り付ける方式に変更となり、最終的には首からベルトで吊り下げる「第三形態」と呼ばれる独自の固定ジグへと進化を遂げた。

 PCで調整中の音を聞く。ただそれだけで、ここまで大変であるというのは驚きだ。プロのエンジニアによる調整と聞くと、スタジオに置かれている調整卓や洗練されたソフトのGUIを巧みに使いこなす姿を想像しがちだが、実際の姿はこれとはかけ離れていた。泥臭い試行錯誤の連続であり、普通の人なら投げ出してしまいそうな愚直さが求められるものだったのだ!

 幸運だったのは、エンジニアの峯岸氏が単なるレコーディングエンジニアとしての知識だけでなく、信号処理やデジタルフィルターの仕組み、プログラミングや周波数特性・歪特性の測定技術を自学で深く習得していた点だ。通常、メーカーの技術者とスタジオのエンジニア間では、「もう少し歌詞のここで泣けるような音に」といった官能的な言語表現と、「何Hzを何dB動かすか」という数値パラメーターの変換作業で行き違いが起きやすい。

 しかし、本プロジェクトでは、音を聞き、作り上げるエンジニア自身が信号処理を理解し、直接開発ツールをオペレーションできる。取扱説明書を渡された峯岸氏は、率先して自分流のやり方を極め、従来のオーディオメーカーでは思いつきもしなかった革新的なチューニング手法を考案していったという。

大変ならDAWでやっちゃえ、既成概念を破るEQカーブの作成法

 とはいえ、その道筋は本当に手のかかるものだった。Bluetoothで信号の伝送や音楽再生に使うチップ(SoC)の内部には信号処理を担当するDSPというブロックがあるが、ここで動かすパラメトリックEQ(PEQ)は、設定可能なポイント数に限りがある。クアルコムのツールの場合、ノイズキャンセリングオフの状態で最大10ポイント程度と制限されており、開発ツールの操作性も洗練されているとは言い難い。左右で個別に動作するため、パラメーターが不意に外れるバグとも闘わねばならず、与えられたツールで直接数値をいじりながら音を探っていく方法には限界があった。

試聴中の

 そこでエンジニアたちが編み出したのが、日頃の仕事で使い慣れたデジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)を活用する手法である。これは最初からイヤホン内部のDSPの設定をいじってパラメーターを調整するのではなく、イヤホン側の設定は固定し、これに送り出す音源自体にDAWの「Pro Tools」やそのプラグイン「FabFilter Pro-Q4」で作ったEQを適用し、無限に近いバンド数を駆使した、そのイヤホンにとって理想的なターゲットカーブを先に作り上げるというものだ。

 要するに、トーンバランスを整えた音源を忠実に再現するために機器のEQを調整するのではなく、先に音源自体をその機器にあったトーンバランスに調整してしまい、そのトーンバランスにするためには機器の設定をどう変えればいいのかを推測するという逆転の発想である。

 最終的には、峯岸氏の持つ信号処理の知見なども生かしつつ、30バンドにおよぶ複合的なEQ特性を、数学的に10バンドのPEQカーブへ近似・統合(マージ)してSoCへ書き込む形をとることになる。

 なお、どんな音をどう変えるかについてだが、「完全なフラット状態の素の音は、正直言って聴けたものではない」とエンジニアたちは明かす。カナル型イヤホン特有の構造上、28Hz付近に強い共振(F0)のピークが発生し、そのままでは低域が肥大化してしまう。彼らはまず、この大きな共振の山をPEQの急峻なカーブで正確に相殺・整地し、まっさらな下地を作った。その上で、理想の音色の実現に向けた緩やかなカーブを描いていくことにしたという。

答えはおのずとひとつに、プロが目指すスタジオマスターの音

 試作段階では、森元氏のチューニングと峯岸氏のチューニングという、ニュアンスの異なる2つのモデルが作成され、「春のヘッドフォン祭 2026」や「ポタフェス 2026 札幌」といったイベントでユーザーアンケートも実施した。来場者にどちらのチューニングか伏せた状態で聴き比べてもらい、ユーザーの関心や評価を収集。そのフィードバックを元に、両者のアプローチをさらにハイブリッドに融合させていった。

 音作りに際して意見の対立はなかったかという質問に対して、森元氏は「エンジニア的な狙いなんてものはなくて、答えは一つしかない」と断言する。ジャンルや曲によってカーブを変えるのではなく、各エンジニアによってアプローチの違いはあるものの、突き詰めていくと結論はおのずと収束していくという考え方だ。

 これは登山をイメージするとわかりやすい。登山口や移動の仕方は異なっても、最終的に目指す頂上は同じだ。NEXIEM Limited Studio Master Editionの開発でも、二人の意見を足して2で割るような安易な平均化ではなく、互いの理想を重ね合わせた結果、誰もが「これだ」と納得する音へと徐々に収束していったという。近いものとして挙げていたのが、スタジオの音響工事だ。ここが悪い、ここを改善すべきだとエンジニアがそれぞれの意見を投げかけていくと、最終的には全員が笑顔で作業を終えることができる。これと全く同じ現象が、この小さな完全ワイヤレスイヤホンの中でも起きたと森元氏は語っていた。目指したのは、エンジニアたちが30年近く毎日のように、あらゆる音響空間で聴き続けてきた「正しいリファレンスの音」の再現である。

 カナル型イヤホンは、耳腔内の密閉度さえ確保できれば、大口径スピーカーでも再現が難しい14Hz〜15Hzといった超低域の沈み込みまで的確に知覚できる利点を持つ。無駄な共振を整地し、音楽の土台となる超低域から自然な伸びを持つ高域までをシームレスにつないだ音は、一聴すると派手さはないかもしれない。

 しかし、ボーカルの吐息や楽器の配置、ミックスエンジニアが意図した音のディテールが、「すっぴん」のまま手に取るように立ち現れる。イベントのアンケートでも「低音が足りない」という声はほとんど上がらず、むしろそのナチュラルで情報量の多いサウンドに驚きの声が集まったそうだ。

ポケットの中のスタジオは、出荷されるその瞬間まで進化し続ける

 GREEN FUNDINGで実施中の支援募集は7月末まで。すでにハードウェア自体の生産は完了しており、倉庫には製品パッケージが静かに積み上がっている。しかし、開発チームの作業はまだ終わっていない。7月のポータブルオーディオ関連のイベントでも引き続き、試聴機を用意して来場者の感想を聞きながらブラッシュアップを続けていくという。

 支援者の元へ製品が届いた瞬間、ユーザーはスマートフォンを通じてファームウェアのOTAアップデートを行うことになる。工場出荷時の素の音から、エンジニア陣が土壇場までブラッシュアップを重ねた最新のファームウェアへと更新されたとき、音は劇的な変貌を遂げるという。工場出荷状態の「生」の音と、最新アップデートを適用した「完成形」の音を聴き比べることも、オーディオファンには楽しい経験となるだろう。

 クラウドファンディングの募集ページには「スタジオの音を、ポケットへ」というキャッチフレーズが掲げられている。これは宣伝文句ではあるが、レコーディングスタジオのエンジニアが理想とする音の実現に向けて取り組んだプロセスを知るとよりリアルに響いてくる。

 音楽制作の現場でアーティストの理想とする音の実現に向き合ってきた豊富な経験を持つプロが手掛けたイヤホン、単なる監修ではなくスタジオエンジニア主導で完成した製品。NEXIEM Limited Studio Master Editionは、「ゴールデンイヤー」などと言われるブランドの音を重視した製品開発とは対照的なアプローチで世に出る機種となる。この製品、あるいはこのブランドの音作りではなく、スタジオでアーティストやエンジニアが実際に聞いている理想の音を目指した点が面白い。

 取材を通じて印象に残ったのは、得てして抽象的になりがちな音の印象を確実に捉えて、形にできるのがプロのエンジニアであると実感できた点にもある。コンシューマーオーディオ機器の開発において難しいのは、現場の技術者がリスナーの抽象的な感じ方をどう解釈して具体的な数値の違いに置き換えていくかの作業に慣れていない点にあるが、prime sound studio formのエンジニアたちは、どのパラメーターを変えれば聴感上の質感がどのように変化するかを熟知し、それを形にすることができる。

 現時点では、音はまだ完成していない状態ではあるが、制限されつつも可能性があるSoCのポテンシャルを引き出す作業は続いている。これがどのような形に仕上がるのかは非常に楽しみだ。

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