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プラットフォーム学~先端事例から学ぶ、社会実装の現在点 第5回

匿名で一意なIDが変える未来 人間の存在を確かにするWorld IDの現在地とこれから

2026年03月06日 17時00分更新

文● ASCII

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 世界中のインターネットユーザーが、毎日のようにフェイクアカウントやスパム、成りすまし、フィッシング被害と向き合っている。「誰が本物なのか」、そして「相手が人間なのか」が証明できないままインターネットは巨大化し、その歪みは社会問題へと広がっている。こうした課題に対し、ボットかどうかを判別するのではなく、実在する一人の人間かどうかを証明するという逆転の発想で取り組むのが「World ID」だ。

Tools for Humanity 日本代表 牧野友衛氏

 この革新的な技術を社会基盤として浸透させようとする取り組みの先に待つ未来とは? 京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムでは、Tools for Humanityの日本代表である牧野友衛氏を招き、学生たちへのセミナーを実施。Tools for Humanityは、World IDをはじめとする「World」プロジェクトのツールを開発するテクノロジー企業だ。質疑応答による学生とのコミュニケーションも図られた。World IDの構想や社会に与えるインパクト、近い将来におけるWorld IDのポジションなどの話を伺った。

個人情報を持たずに人間であることを保証するWorld IDの哲学

 牧野氏はインターネットが発展、成長する現場の第一線で活躍してきた人物だ。AOL Japanではポータルサイトを中心としたビジネス開発、GoogleではYouTubeの日本展開、Twitter Japanの事業戦略、トリップアドバイザーの代表取締役、Activision Blizzard Japanの代表などを歴任してきた。これは牧野氏が、インターネットに繋がる、情報を蓄積し、すべてが検索できる基盤を作ったWeb1.0、ユーザーが情報をアップし、検索とフィードバックによるビジネスモデルを作ったWeb2.0、そしてブロックチェーン技術を活かし、中央集権型から分散型ネットワークへ移行したWeb3という、インターネットの発展を間近なところで関わってきたことを示している。

 そしていま、AIの時代が始まり、これまで作られてきたインターネットのモデルが崩れようとしている。検索時にその情報が掲載されたサイトにアクセスを返すことで成り立っていた広告などのビジネスモデルは、AIの登場によって、そのサイトへアクセスする必要がなくなり、そのサイトを作るコストが賄えなくなる。このインターネットの大転換期に牧野氏が注目し、携わっているのが「World ID」だ。

 World IDは、サム・アルトマンとアレックス・ブラニアが共同設立したTools for Humanityによって開発された。World IDを用いることで、ユーザーは名前やメールアドレスなどの個人情報を共有することなく、自分が現実世界に存在する唯一無二の人間であることを証明できる。現実世界では本人確認の書類としてパスポートや運転免許証が用いられるが、そこには「自分である」こと証明することには必ずしも必要がない生年月日や住所などの情報も記載されている。World IDが面白いのは、人間であることを証明するテクノロジーが、こうした個人情報を扱わないことがむしろ強力な安全性を生むという、従来にないアプローチをとっている点である。

 World IDには、その人が唯一無二の実在する人間であることを確認する「Orb」というデバイスを使用し、World IDを作成できる。Orbは、顔と目の写真を撮影し、撮影された画像は暗号化され、Orbやどこかのサーバーではなく、本人のスマートフォンに保存される。写真から生成された永続的な暗号コードは断片化され、二重登録を防ぐために複数のセキュアなデータベースに分散保存される。これらすべてが、わずか数秒で簡単に完了する。

プラットフォーム学セミナーで学生たちに講演する牧野氏。「一つの虹彩で一つのIDしか登録できないWorld IDをなくしてしまった場合は?」という学生からの質問にフランクに答えていた。

World ID登録に使われるOrbは全国240ヵ所以上で展開中。機能の改良も進んでおり「南の島でも、豪華客船でも使えるレベルになってきました」(牧野氏)とのこと

 IDとパスワードを用いた従来の認証方式は、一人が複数のアカウントを作成することが可能で、ボットが大量作成される余地が大きかった。さらに、アカウントを作成する際には、特定の個人であることを示すために、メールアドレスや住所氏名などの個人情報を入力する必要があり、個人情報が漏洩するといったリスクも抱えていた。World IDは「資格を持った唯一無二の個人ではあるが、誰かまではわからない」という逆のアプローチを取る。証明するのは実在する人間であり、かつほかと重複のないひとりであるという一意性だけだ。

 牧野氏は「World IDは個人を特定する情報は何ひとつ持っていない。だからこそトラッキングも不可能で、World IDを使用する際に企業側も個人情報を保持しない」と説明。「World IDは個人情報を受け取らないし、渡さない。サービス側も18歳以上か、一人一票かといった必要な情報だけを確認できればよく、それ以上の不要な個人情報を抱え込む義務やリスクから自由になれるのは大きい」とした。

 これは導入する企業側にもメリットがある。個人情報を抱える義務がなくなるため、コンプライアンス負担が大幅に下がり、リスクも減る。企業やアプリが「個人情報を持たない」という技術構造が、社会全体のセキュリティを底上げする。

 World IDは最近マッチングアプリ「Tinder」で年齢認証のためにテスト運用されている。また、民主化が進んでいない国家で投票をする際、誰かが投票しているが誰が投票したことがわからない(かつ一人が何票も投じていない)という匿名性を担保するといった応用にも役立ちそうだ。

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