静嘉堂@丸の内では、2025年10月4日から12月21日まで「修理後大公開! 静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」展が開催されています。大阪・関西万博を記念する本展は、前後期でほぼ全作品が入れ替わる贅沢な構成。琳派や肉筆浮世絵、近代絵画から、修理を経て蘇った室町・明代の水墨画、さらには南宋の名品や“未来の国宝”と呼ばれる逸品まで、静嘉堂コレクションの粋が一堂に並びます。
今回の展覧会では静嘉堂を築いた岩﨑家と博覧会の深い関わりが示されています。1900年のパリ万博や1910年の日英博覧会などに出品された琳派や浮世絵、近代油彩や工芸の名作が紹介され、当時の「日本代表」として世界を魅了した美術品の数々に出会えます。また、永享5年(1433)の《聴松軒図》や室町後期の《蜀山図》など、修理後初公開となる重要文化財も展示され、詩と絵が呼応する「詩画一致」の思想を体感できるのも大きな魅力です。
なかでも見逃せないのは、幕末から明治初期にかけて活躍した菊池容斎の巨幅歴史画。縦2メートルを超える大画面に描かれた《呂后斬戚夫人図》や《馮昭儀当逸熊図》(ともに前期展示)は、明代絵画との競演でその迫力を増し、歴史画の先駆者としての容斎の力量を感じさせます。そしてクライマックスには、南宋の国宝《風雨山水図》(後期展示)や国宝《曜変天目》が登場し、東洋美術の精華を丸の内で味わうことができます。
贅沢な作品が並ぶなか、個人的に注目したのが第4章「渡辺崋山と彌之助・小彌太父子」です。渡辺崋山(1793~1841)は田原藩士として仕える傍ら、儒学・蘭学を学び、海外事情を調査して幕府に進言するなど、政治的・思想的にも先見性を示した人物です。その姿勢は時に幕府の忌避を招き、ついには自刃に至る「蛮社の獄」に巻き込まれることとなりました。しかし彼の生涯は「民のため、国家のために尽くす」という信念に貫かれており、明治期の教科書にも取り上げられるなど、近代日本人にとって模範的な人物像として尊敬を集めました。
画家としての崋山は、師友の肖像を迫真性豊かに描き出す写実的な人物画で知られる一方、海防の意識を象徴的に織り込んだ花鳥画や、教訓的な意義を込めた山水人物画にも特徴があります。静嘉堂はこの崋山の作品を重文2件、重美2件を含むまとまった形で所蔵し、日本文人画コレクションの大きな柱としています。
そのなかでも特別なのが、今回展示される《月下鳴機図》です。月夜に機織りを続ける女性を描いたこの名幅は、勤勉さや誠実さを象徴するモチーフで、静嘉堂を築いた岩﨑小彌太が自ら模写し、さらに明治の政治家であり岩﨑家と縁戚関係にあった松方正義(1835~1924/第4代、6代内閣総理大臣)が詩を添えて双幅としました。ここには、崋山の精神を尊び、自らの生き方や事業の規範とした岩﨑家父子の思いが色濃く映し出されています。
まさに画(崋山)―写(小彌太)―詩(松方)が響き合う一組の作品であり、詩書画一致の理念を日本近代の文脈へと引き継ぐものと言えるでしょう。そこには、明治維新を経て近代化へと進む日本人が大切にした「忠誠」「勤勉」「教養」といった精神が凝縮されており、未来へと受け継ぐべき“国宝”級の価値があるのです。
会場となる静嘉堂@丸の内は、国の重要文化財・明治生命館の中にあり、クラシックな建築と現代的な展示が調和する独特の空間。丸の内仲通りの散策やショッピングと合わせて楽しめば、芸術鑑賞と街歩きがひとつながりになる特別な時間を過ごせます。
芸術の秋、丸の内で出会う静嘉堂の至宝たち。特に渡辺崋山の名幅《月下鳴機図》は、単なる美術作品を超えて、時代を生きた人々の精神や理想を伝えるメッセージそのものとして、私たちに迫ってきます。丸の内の街歩きとともに、この“未来の国宝”に触れてみてはいかがでしょうか。
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催記念
修理後大公開!静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝
会期:2025年10月4日(土)~12月21日(日)
※前後期でほぼ全ての作品入れ替え
前期10月4日(土)~11月9日(日)
後期11月11日(火)~12月21日(日)
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
住所:東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階
休館日:月曜日(ただし、10月13日、11月3日、24日は開館)、10月14日(火)、11月4日(火)、25日(火)
開館時間:午前10時~午後5時
第4水曜日(10月22日、11月26日)は午後8時まで、12月19日(金)、20日(土)は午後7時まで開館(予定)
※入館は閉館の30分前まで
※毎週木曜日はトークフリーデー
入館料:一般1,500円大高生1,000円中学生以下無料
問い合わせ:TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
静嘉堂文庫美術館:https://www.seikado.or.jp
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