我々が何気なくこの業界で使っている言葉が「ガジェット」(gadget)である。
もともと、フランス語の「gâchette」(小さな仕掛けやカラクリ)が由来であり、1890年代に英語で「gadget」として紹介された。
日本でガジェットという言葉が注目されたきっかけの1つが『ガジェットブック』(佐野山寛著、宣伝会議)という1冊だ。その帯には「近代人は道具や行為のすべてを玩具や遊戯にしてしまう傾向を示してきた」と書かれている。これは、『幼稚化の時代』(竹内書店)の著者であるD・ジョナス、D・クラインの言葉を借りてきたものらしい。
本来、ガジェットは「道具」や「装置」、「目新しい便利グッズ」などの意味で使われるようになり、やがて我々のよく知っているデジタル機器の「ガジェット」になった。その本来の《オモテ看板》である有用性や技術的なエッセンスの裏側に、やんわりと大人の《興味》と《驚き》と《作り手に対する敬意》と《愛玩物的》でもある《何か》がある。その正体が、チラリと見えるものをガジェットと呼ぶように思う。
さて、この「ガジェット」という言葉の接頭辞として「変態」を付けた「変態ガジェット」というプロジェクトが動きはじめている。
ガジェットは、この業界の人たちなら70%くらいは共通する認識をお持ちだと思うが、それでは「変態ガジェット」とはなにか? 実は、これを書いている時点では、その明確な定義は明らかになっていない。仮に、その70%くらいは共通する認識が以下のようなものだとすると、それを「変態」というレベルまで到達させたものということになるはずだ。
・相手を驚かす
・未来を感じさせる
・カワイイ
・お金で買っただけなのに自慢できる
・過剰品質
・少し経つとゴミ同然になることがある
・人より早く買う
・バージョンアップのたびに買う
・役に立つことがある・理屈が楽しい
・「〇〇使い」と呼ばれたりする
・かえって面倒でも痩せ我慢して使う
・バグに徹夜してもつきあう(我が子が熱を出した)
・「こいつ」とか「この子」とか言う
・文鎮化してもクレーマーにならない優しい心
・すすんで人柱になる
・要するに使う人はかなりバカだが自分ではそう思っていない
などだ。
これらの特徴に対して「ことさら」とか「極端に」とか「浮世離れするくらい」とかを付けたものが、たぶん「変態ガジェット」なのだと思う。しかし、変態ガジェットのプロジェクトは答えを急いでいない。なぜなら、それら変態ガジェットは、こうした特徴だけでは語りきれない歴史的な産業発展的なあるいは人類そのものを語りうる価値を持っているからだ。
さて、この変態ガジェットのプロジェクト、実は、私は巻き込まれてしまったのである。巻き込んだのは、現役中学生のSOLAくんだ。ひょっとしたら、最近、デジタル界隈のイベントに登場したり、秋葉原の自作キーボードショップ「遊舎工房」の親会社である嘉穂無線ホールディングスのコマーシャル動画に出演したりしているので「あの男の子か?」と心あたりのある人もいるかもしれない。
その公式ページ(https://musooo.com/)を見ると、「デジタルクリエイター 変態ガジェッター MUSOOO社長 iU客員教授 徳島県海陽町の中学生」と書かれている。
ためしに「blog」というメニューをクリックしてみると、
「モーショングラフィックソフト徹底比較!」
「MacBookAirがMacBookProより優れている点」
「普段使いにおけるLinuxの強み」
「動画編集ソフトを徹底比較」
「コアラの指紋について」
「ペンギンの雑学」
「ヘッドホンに悩んでいる話」
「ルビーとサファイアって実は同じ石?」
などと並んでいる。ヘッドホンといえば、SOLAくんが、秋葉原の「eイヤホン」の店頭ですべての展示品を試していて店員さんを困らせたという話を聞いた。中学生は暇らしくいくらでもそんなことができるらしいのだ。御徒町の宝石街に入り浸ってお店の人たちに質問しまくって、小学生のときに英国宝石学協会(Gem-A)のGemIntroコースを終了。しかし、お小遣いではなかなか買えない。
それを見かねた宝石店が、品物にならない宝石のカケラを彼にプレゼントしていた。それでも、あるとき10個1000円くらいで売っている宝石のカケラみたいなのを買ってきて、1つ1つ鑑別したところ1つちゃんとした宝石と思えるものが入っていた。正しいかをプロの鑑別に出してみたところ、間違いなく30万円以上になるものだったそうだ(冗談のような本当の話)。
InstagramやFacebookには、彼がモーショングラフィックスと呼ぶ、どれも美しいコンピューターグラフィックス作品がたくさんアップロードされている。しかし、個人的にこれは見ておいてほしいと思うのは、「耳鼻咽喉科のうた」(副題に中学生が生成AIを使ってMV作ってみた!とある)という動画である(https://www.youtube.com/watch?v=GgrFTPkB4Pg)。
その変態ガジェッターであるSOLAくんが自ら名付け、推進する「変態ガジェット」プロジェクトが、ついに始動した。
変態ガジェットプロジェクトの公式ドキュメントには、《使い手を困惑させるほどに"変態的な"機能やデザイン性をもったガジェットたち。本プロジェクトは、そんなロマンあふれる「変態ガジェット」たちの魅力を発見し、共有し、次の未来へつなげる試みです。便利でスマートな製品が当たり前の社会に一石を投じる「変態ガジェット」たちの存在を祝福し、新たな発想の可能性を探ります》と高らかに謳われている。
なんという美しくも強い意志による言葉たちに彩られた宣言だろう(中学生にして凄い名文ではないか)。それでは、変態ガジェットプロジェクトでは具体的になにが行われるのだろう? 以下、いまのところ分かっている範囲で紹介する。
変態ガジェット学
このプロジェクトの根幹をなすのが、変態ガジェットとは何かをとことん追求する「変態ガジェット学」だ。中学生にしてiU客員教授でもあるSOLAくんの呼びかけによって、さまざまな研究や試みを1つの体系として構築しようというものだ。私が「手伝ってくれるでしょ」と言われたときも、伝説的なキーボードであるLibertouch(富士通コンポーネント=現・FCLコンポーネント)の深い話になって、これは私にとってある重要な気づきを与えてくれるものだった。
1985年に月刊アスキーという専門誌の編集部に入って、1991年から業界でも編集長歴はだいぶ長いほうだと思う。毎週、さまざまなデジタル機器やソフトウェアの発売リリースや製品自体が編集部に送られてくる。それを、1か月分まとめて紹介記事として掲載する。
「パソコン雑誌の文藝春秋」とある人に称された雑誌だから記事も大人然としたまともなものになる。しかし、いちばん分かっている編集部のスタッフたちが発していた言葉は「ヤべぇ~」とか「バカじゃない」とか「変態だこりゃ」といった褒め言葉たちだったのだ。そうした、ヤベぇ、バカな、変態だこりゃな製品こそが時代を切り拓いてきたのをみんな知っていた。
いま懺悔の気持ちで言わせてもらうと、それらをストレートに人々に伝えることはあまりなかった。紙の雑誌のニュースや製品紹介の記事というのは、Webの記事と違って文字数も限られるので空気も伝わりにくい。変態的なパワーこそが、この業界を突き動かし変態的なガジェットが世界を変えてきたのである。
そんな、私の世代がなかなかできなかったことを、若いSOLAくんの手で、新しい領域として展開してくれるのではないかと思う。そんな上から目線の話ではなくて、これは何か偉大なプロジェクトの少なくとも一歩なのではないかと素直に思っている。
なお、キーボードのLibertouchだが、私も使っていたが(本体右上にフリスクのケースがあまりにもピッタリ置けるナゾのエリアが用意されていたのをご存じの方もおられるだろう)。もちろん、SOLAくんとの議論はそこではなくてキーボード自体の奇跡的なバランスについてだった。
変態ガジェットインタビュー
変態ガジェットプロジェクトとして、第一弾は、「変態ガジェットとは何か?」を知るためのインタビューである。この業界で活動する人たちに「私の考える変態ガジェット3つ」をあげてもらう連続インタビューシリーズである。2025年9月現在、SOLAくん自身が聞き手・編集となって、すでに10人以上のインタビューが行われ動画公開が始まったばかりだ。
『サクラ大戦シリーズ』などで知られる広井王子さん、「絶滅メディア博物館」を運営する川井拓也さん、某IBM社で1990年代に多くのガジェットを商品企画したT教授、大阪大学の猪俣敦夫教授、そして、iU学長の中村伊知哉さんなど、今後もリレー形式で次々に収録が進められる予定だ。
変態ガジェットインタビューの動画はこちらから
https://www.youtube.com/@hentaigadget
アップル製品は「ガジェット」なのか?
実は、この変態ガジェットインタビューでは、私も、「私の考える変態ガジェット3つ」をあげさせてもらった。1つ目は、現在、東所沢の角川武蔵野ミュージアムにて開催されている「電脳秘宝館」でも話題となっている「ラテカピューター」(1982年にシャープから発売されたラジオ、テレビ、カセットコーダー、コンピュータが合体した商品)。これは、見るからに変態なガジェット。
2つ目は、9/10にMITテクノロジーレビュー日本版主催でその開発者である渡辺広幸氏を招いて行われた「世界のロボット工学者を魅了する伝説のおもちゃ「アームトロン」 開発者が語る誕生秘話」のアームトロン(https://ascii.jp/elem/000/004/317/4317164/)。いまなお海外でも語り継がれる人々の想像力を軽く飛び越えた超絶技巧的な変態ガジェット。
アームトロン。いまも世界最先端のAIロボティクスの関係者がほぼ《神》のようにあがめる機構的絶対到達点にある変態ガジェット。MITテクノロジーレビュー日本版のイベントにて(立っているのは開発者の渡辺広幸氏)。
3つ目は、このコラムの「約40年前の世界初のPDAでインベーダー風(?)シューティングを作って動かす」という記事でも紹介した「PSION Organizer」シリーズである。PSIONというメーカー自身が、他社とは一線を画する女王陛下の気品とでもいうべきか英国製の変態ガジェットメーカーである。これは、正統派変態ガジェットとして、その筋の方なら認めるところのはずである。
PSION Organizer。電源を切るにもいちいちメニューからOFFを選ばなければならないガジェットエリートのための世界最初期の誇り高きPDA。PDA(スマートフォンなんてやわなものではなくてPDA)は、最も変態ガジェットが発生しやすい分野である。
とまあこれは、分かりやすさのために私の例を挙げてみたわけだが、いったい誰がどんな「変態ガジェット」を「これは変態ガジェットだ」と説明してくれるのか? 限りなく興味深いお話ではないのか?
実際、このプロジェクトの構想段階では、「アップル製品はガジェットなのか?」、「仮にアップル製品がガジェットだとして、変態ガジェットなのか?」といった議論が、長時間にわたって口角泡を飛ばして議論されたことをここに記しておくことにする。このテーマについては、たぶんどこかで正面を切って取り組まなければならないものと思われる。なにしろ、「愚かであれ」である。
変態ガジェットアワードと変態ガジェットフリーマーケット
今年も、「ちょっと先のおもしろい未来」、英語で「ChangeTomorrow」、略して「ちょもろー」が開催される。2025年11月2日(日)、3日(月・祝)の2日間にわたって、東京都港区海岸にある東京ポートシティ竹芝、ウォーターズ竹芝を会場に開催される予定だ。
ちょもろーは、産・官・民・学が連携のもと「デジタル × コンテンツ」のエネルギーを集結させ、世界に誇れる魅力的な日本の姿を創造する。ちょっと先のおもしろい、スポーツ、フード、ロボット、教育、技術をテーマに開催するというもの。今年の「ちょもろー2025」の詳しい開催内容は、公式ページ(https://www.change-tomorrow.tokyo/)を参照していただきたい。
その「ちょもろー2025」において、「変態ガジェット」プロジェクトが、ステージイベントにおいて「変態ガジェットアワード2025」を発表する予定である。さらには、会場1Fエリアをジャックしてブルーシートを展開、「変態ガジェットフリーマーケット2025」を開催することとなった。これについても、変態ガジェットプロジェクトの公式文書から引用させてもらうと次のようになっている。
「出展例:超限定仕様のマウス、意味があるようでないIoT家電、やっと時代が追い付いてきた昔の超機能ガジェット、何度遊んでも飽きない凝りまくった知育玩具、親に買ってもらえなさそうな機能を持つ玩具など」
最近、SOLAくんのFBにポストされていた中学生らしい写真。「夏といえばテナガエビ!! 今年もテナガエビの季節がやってきました! 徳島県の果て、海陽町の海部川でテナガエビを網で捕獲しております! 味噌汁にしたり、揚げたりすると美味なのです」とのこと。
11月2日(日)、3日(月・祝)、竹芝でお会いしましょう
たぶん、ここまで読まれてきて。「変態ガジェットのことならオレにも一言いわせろ」とか「おまいらの変態ガジェットなんかまだまだ浅い」といったお考えの方もおられるはず。変態ガジェットのプロジェクトは、その真実を追求するために、あらゆる立場の方々とも友好的にかかわらせてもらう。まずは、上記の「変態ガジェットアワード2025」、「変態ガジェットフリーマーケット」でお会いすることにいたしましょう!
遠藤 諭(えんどうさとし)
ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍もてがけた。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
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