アルビン・トフラーの説いたプロシューマー時代の到来 AIがもたらす社会変化
小林:最近もGPUが入手難で価格が高騰するなんてことがありました。いまの市場はNVIDIAとAMDに二分されていますが、PC自作が認知され始めた1990年代後半〜2000年代初頭はチップの種類もそれを手がけるベンダーの数も非常に多くて刺激的でした。とはいえ、グラフィックボードは一般から見ればニッチなパーツです。ここまで重要なパーツになるなんて予想できましたか?
永井:そうなんです。当時はゲームや映像編集など、クリエイティブ系の用途を想定するくらいでした。ゲームをやるなら、いいグラフィックカードにこだわるというのは当時から続く共通認識ですが、AIといった分野にまで広がるとは想像していませんでした。
小林:私がASCIIで仕事を始めたのは2000年のちょっと手前ぐらいからですが、それはちょうど「パソコンが日用品になる」と言われ始めたタイミングでした。当時は「今後のパソコンは中身はみんな同じで、違いはケースのデザインぐらいになる」なんて人もいたほどです。でも実際はそうでもなくて、パソコンの用途は大きく広がったし、スマホやテレビなどもパソコンの一種のように進化していった。AI、VTuberの配信など、その世界もどんどん広がっています。
永井:はい。これにはある程度「そうなるだろう」と思えた部分と、「まさかここまで」と思った部分がありますね。弊社の「サードウェーブ」という社名は、アルビン・トフラーの著書『第三の波』に由来するのですが、これは1980年頃に出版された本です。そこで語られている3番目の波とは情報化社会、つまり情報革命の到来を指しています。その中に「生産消費者(プロシューマー)」という概念が登場します。
これは「生産者(プロデューサー)」と「消費者(コンシューマー)」を重ね合わせた言葉で、自分で作りながら同時に消費もする人々を指しています。現代で言えば、YouTuberやTikToker、自分で作品を作ってコミケで販売する人たちなどがまさにそうです。消費者でありながら生産者でもある。そういう人々が増えていく時代になるという予言がいま目の前で現実のものになっています。技術とネットの発達によって個人が作品や価値を生み出せる社会に本当になったんだ、と実感しています。
一方で、予想できなかったのは人工知能の進化ですね。AIという概念自体は昔からありましたが、まさかここまで具体的な形になって、日常的に使われるようになるとは思っていませんでした。
小林:とても共感できます。AIといえば翻訳です。会社に入ったばかりの頃に「記事にするから翻訳ソフトを試すように」と言われて、いくつか使ってみたのですが、まったく役に立たなかったことを思い出しました。そのときは「機械翻訳が言語の壁を越える時代なんて到底来ない」と思っていたのですが、AIの進化で翻訳は当たり前になりました。世の中は変わるんだと感じるところです。
AI時代への対応 サードウェーブが仕掛ける次の一手
小林:プロシューマーという話が出ました。AIが日常的に使えるようになって、誰もがある分野ではプロに匹敵するスキルを持てるようになる。となれば、この勢いをどう世の中に広め、活かしていくかというのはとても重要なテーマだと思うのですが。御社としてAIをどのように社会に届けていこうとお考えでしょう?
永井:最初に分かりやすい領域としては、やはりビジネス系になると思います。企業にとっては「いかに効率を上げるか」というのが一番の関心事ですから。例えば社内の業務効率化だったり、アイデアの創出支援だったり、そういった部分でAIはすぐに役立てることができます。AIは基本的に何にでも応用できますから、まずは仕事の生産性をどう高めるかという観点から活用されていくのが自然な流れでしょう。一方で、法人だけではなく、個人の活用も含めて両輪で進んでいくのではないかと考えています。
小林:御社がAIパソコンを作っていこうと思った際、まずはどちらの層に向けて製品を企画しますか?
永井:ターゲット設定は非常に難しいですね。なぜなら進化のスピードが速すぎて、数年先を読み切るのが本当に難しいからです。ですので、今の段階では「まず利用できる環境をどう整えるか」という部分が重要だと考えています。個人のお客様が気軽に試せる場を用意したり、法人が検討できるような仕組みを整えたりといった下地作りが今の大事な仕事だと感じています。
弊社が主催している「AIフェスティバル」やハッカソンなどは、その取り組みの一環です。さらに「DCP(ドスパラクリエイティブプロダクション)」という取り組みも進めていて、これはドスパラ会員(要DCP参加登録)であれば誰でも無料で1時間のセミナーを受けられる仕組みになっています。こうした場が、AIに触れ始めた人たちが次の一歩を踏み出すきっかけになると考えています。
小林:御社はeスポーツの領域でも大きな投資をしましたよね。eスポーツが楽しめる会場を作ったり大会に協賛したり……。
永井:はい。弊社はeスポーツに対して3年間で20億円投資すると発表して、池袋に「ルフス」を作ったり、高校生の大会に投資したりと、さまざまな形で場を整えてきました。やはり“文化”を根付かせるためには、先行して場を用意することが欠かせません。AIについても基本的な考え方は同じです。AIもまた文化の一つとして育てていく必要があると考えています。
小林:若い世代であれば、発想がとても自由なので、われわれが思いつかないような使い方やアイデアが出てくるかもしれませんね。
永井:AIについては、一般的で誰もが同じように利用できる領域であれば、正直なところクラウドサービスで十分だと思います。ChatGPTのようにクラウドで均一の品質を提供するのが一番手っ取り早い。ただ、私たちが本当に提供するべき価値は、もっと尖った部分や専門性が必要とされる領域です。例えばAIフェスティバルのような場を通じて、作品を生み出す人たちがAIを「道具」として自在に使いこなせるようにサポートしていく。クラウド任せではなく、ユーザー自身が手元でデータを蓄積し、自分の思うままに扱いながら、多様なアウトプットを生成できる環境を整えていく。いわばエッジ側での快適性や自由度を高めることが、私たちが提供できる最大の価値ではないかと個人的には考えています。
小林:御社はeスポーツのプレイヤーやクリエイターを巻き込んだ展開がとても上手く、支持されている印象がありますね。秘訣はありますか?
永井:そう言っていただけるのは嬉しいですね。もしそう感じてくれているのだとしたら、その理由は「好きな人が関わっている」という点に尽きると思います。PCパーツにしてもeスポーツにしても、あるいはゲーム全般にしても、やっぱり心から好きでなければ本質的に理解するのは難しい。お客様やインフルエンサーの方々と同じ目線で楽しみ、共感しながら関わることで初めて、本当に必要とされているものや求められている方向性が見えてきます。好きだからこそ自然にアンテナを張り、勘所をつかみやすい。そういうメンバーが中心となっていることが、結果的にプロモーションの成功につながっているのだと思います。
小林:それはAIでも同じということですか?
永井:AIについてももちろん社内で強い関心を持っている人たちがいます。今後はさらにその体制を強化していきたいと考えています。
小林:一方、法人顧客に向けてはいかがでしょうか?
永井:ここ数年はテレビCMやYouTube広告、タクシー広告などにも取り組んでいます。ドスパラやガレリアといったブランドは認知されている一方で、「サードウェーブ」という社名自体はまだまだ浸透していないのが現実です。
法人のお客様の場合、購買の意思決定には社内稟議や決裁が関わりますから、まずは「サードウェーブとはどんな会社なのか」をしっかり理解していただくことが大前提になります。40年以上にわたって国内で生産・販売を続け、全国に店舗を構えてきた実績がありますので、その信頼感をきちんと伝えていきたいと考えています。
小林:法人向けではサポート体制の質も重要になりますよね。
永井:その通りです。通常販売に加えて、レンタルやサブスクなど多様な導入形態を整えています。お客様の事情に合わせた柔軟な選択肢を用意することが大切だと考えています。
小林:ブランディングという意味では最近、サードウェーブのロゴデザインが変更となりました。これにも何か思いをこめていらっしゃるのですか?
永井:旧ロゴは縄をモチーフにしたもので、「社員が一丸となって結束する」という意味が込められていました。理念としては良かったのですが、製品に合わせるとやや柔らかすぎる印象がありました。そこで、新しいロゴではエッジを効かせ、よりシャープで力強いデザインに進化させています。ロゴはいろいろなパターンを検討してきて、その中で一番しっくりくるものを最終的に選びました。結果的に今の形のロゴが一番ふさわしいという判断になり、正式に採用し、8月1日にすべて切り替えました。






