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「World ID」が現れた理由を探る特別対談

まだ気付いている人は多くない。「私は人間である」とオンラインで証明する必要が出てきている

2025年06月11日 11時00分更新

文● 貝塚/ASCII

提供: Tools for Humanity

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World IDは、生体情報を用いた認証のグローバルな取り組みとして、最大規模のものであると話す牧野友衛氏

World IDがインフラ化する可能性

 World IDは、人間とAIを見分けるだけでなく、ゲーム、マッチングアプリ、SNSのほか、チケット販売、成人認証、将来的には投票に至るまで、あらゆるサービスの信頼基盤を強化できるものだと、Tools for Humanity共同創業者でCEOのアレックス・ブラニア氏は語っている。

吉川「生体情報を用いたID発行サービスとして、競合になるような存在というのは、あるのでしょうか?」

牧野「私の知る限り、ここまでのスケールでしている組織は、どこにもないと思います。Tools for Humanityとしては、当面10億人の人々に安全な『人間であることを証明する仕組み』を提供できるスケーラビリティを意識した開発を行っていて、全世界に広げるつもりで活動しています」

アメリカでは、World IDを管理するWorld Appにある暗号通貨のウォレットに直接紐づいた「World Card」が発表されており、保有するデジタル資産を、世界中のVisa加盟店(オンライン・実店舗の両方)で使用できるようになる

 このスケール感からも、単なる認証ツールではなく、「人類の共通インフラ」として、プロジェクトが描いている展望が見えてくる。

吉川「そこまでユーザーが広がると、インフラとしての意味合いも出てくる可能性があります。具体的に、日本で活用が期待される分野はあるのでしょうか」

牧野「すでに日本のTinderと協業して、マッチングアプリの認証の仕組みにWorld IDが導入される予定が発表されているほか、ゲーミングの分野では、Razer IDとWorld IDを紐付けられるようになっています。それから、グルメレビューアプリの「SARAH」とも連携して、World IDで認証できるようになりました。ゲーム、マッチングアプリ、ソーシャルメディアが現時点でのWorld ID活用のフォーカスエリアですが、今後は、チケットを含むオンラインショッピングや口コミサイトなど、ボットが問題となるサービスでの活用を広げていきたいですね」

吉川「なるほど、SNSやゲーミング、マッチングアプリなどの分野とは相性がいいですね。インターネットだけでなく、リアルな環境でも活用の可能性がありますか?」

先日アメリカで行われた発表会でも、TinderやOkCupidといったマッチングアプリを展開するMatch Groupとのパートナーシップ締結が発表された。

牧野「最近では、岡山市で『World・奉還町商店街プロジェクト』として、World IDを登録するともらうことができるデジタルマネーで、商店街で使える商品券を購入できるという試みを行っています。将来的な方向で考えると、世論調査、投票といったような『1人につき1回』の何かとは非常に相性がいいと思いますし、もう少し日常的なところだと、店舗での年齢の確認などにも、活用できるのではないかと考えています」

吉川「World IDって、氏名や年齢のような情報は紐づいていないんですよね?」

牧野「その通りです。ただ、最近はパスポートをNFCで読み取り、パスポート上の情報を追加できるようになりました。顔や目の画像と同様に、パスポートの情報はユーザーのアプリ側にのみ保存され、私たちの方で保管することはしていませんし、アクセスすることもできません。他のサードパーティとも共有していません」

吉川「パスポートを連携することで、『人であること』に加えて、『国籍』が証明できるようになるわけですね」

牧野「例えばアメリカでは、お酒を購入する際に21歳以上であることの証明が必要です。でも、年齢確認をするために運転免許証個人IDを見せるのって、大きなリスクですよね。顔と年齢だけでなく、氏名や住んでいる場所も無防備に見せることになりますから。World IDはゼロ知識証明(※)という暗号技術を使ってこの年齢認証を行うので、実際の年齢を明かすことなくもなく、酒の購入に必要な「21歳以上である」ということだけを証明します」

※ゼロ知識証明(Zero-knowledge proof): 情報の正確さを証明する一方で、その情報の詳細を開示せずに、信憑性を確保するための暗号技術。

吉川「確かに、年齢だけでいいはずのところ、氏名や住所まで見せてしまっていることになりますね。そう考えると、World IDの仕組みは、企業が情報を集める際にも応用できるかもしれません」

牧野「その通りです。個人情報を集めると管理の責任と手間が生じますが、例えば、World IDで証明できる範囲の情報さえあればいい調査なら、個人情報を集める必要はありません。ユーザーにとっては、個人情報を渡すリスクがなくなり、企業や組織にとっては、個人情報を管理する大変さがなくなるわけです。ボットではなく人間であることや一定年齢以上であること、国籍などの確認。これだけで済んでしまうこと、意外に多いと思いますよ」

「個人情報を含まず、人間であることがわかる仕組みは新しい」と吉川栄治

吉川「人間が人間であることを証明するだけでなく、必要な情報“のみを”集めて、しかもそこに個人情報は紐づいていないため、匿名で利用できる。でも、確実に人間であることは、ちゃんとわかる。新しさを感じます。他のサービスと連携させた場合も、World IDそのものは個人情報を持っていませんから、個人情報を集めることにはならないというわけですね」

牧野「はい。さらに、異なるサービスで同一のWorld IDを連携させた場合も、同一人物であることは誰にもわかりません。サービス提供者がわかるのは『World IDが紐づけられていることだけ』で、そのWorld IDが、他のどのサービスに紐づいているかは、確認する方法がありませんので、サービスの利用に関するプライバシーも保護されます」

インターネット上の情報は、善意と信頼で成り立っている

 話題は、サービスの拡大・普及における「課題」へ。

吉川「新しいサービスが広がるときって、社会的な必要性と一致することが多いですよね。例えば、Twitter(現X)は、東日本大震災のときに現地情報が素早く伝わるツールとして、一気に普及しました」

牧野「はい。World IDも、必要性を感じてもらえるかどうかが鍵だと思っています。実際には、もう“必要な時代”に入っていると私は思います。私がWorld IDに関わり始めたとき、『人が人であることを証明するのが必要なんだ』と説明しても、あまりわかってもらえないような印象がありました。『この人、何を言っているんだろう?』みたいな。でも、今年に入ってから、World IDのコンセプトがすぐに伝わることが増えたように感じていて」

吉川「何か、きっかけがあったのでしょうか」

牧野「『AIか人間か、見分けがつかない』という場面に、遭遇した経験を持つ人が、急速に増えているからだと思っているんです」

吉川「ああ、それは納得ですね」

 かつてのインターネットは「書いてあることは正しい」という信頼が支えていた。しかし、AIの登場によってその前提が崩れ始めている。

「インターネットは善意と信頼で成り立っていた」と話す牧野友衛氏

牧野「インターネットが一般に普及してから随分経ちますが、これまでのインターネットは、『有益で正しい情報を公開する』という善意と、『そこに書かれている情報が正しい』という信頼で成り立っていました。しかし、AIが人のように振る舞える現在では、個人が悪意を持って大量の“偽の意見”を作り、大量に書き込むことで、世論をコントロールすることさえ、できてしまいます。これまでの信頼が、崩壊しつつあるんです」

吉川「日本のユーザーは、新しい技術に対して、信頼に足るものか、慎重に見定める性質が強いように思います。一方で、説明を受けて合理性に納得すると、一気に受け入れる傾向もあります」

牧野「はい。『大量のボットを使って世論をコントロールされてしまう時代』が、明日来てもおかしくないと私は思っています。『人か、AIかの見分けがつかなくて怖い』という状態を目にする機会は、これからもっと増えていくのではないでしょうか」

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