前へ 1 2 次へ

幾度となくぶつかった壁、トライアンドエラーを重ねて金沢きっての水引体験教室へと成長

文●杉山幸恵

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 石川県金沢市で水引体験やラッピングにまつわる事業を手がける「金澤くるみ」。代表である中崎千恵子さんは人生に迷っていた時期に、「いつか社長になりたい」という夢を思い出したことからラッピングでの起業を決意。資格を取得し、スキルを積んだのちに専門店を開業した。しかしながらわずか半年で閉店するなど、何度も壁にぶつかってはシフトチェンジ。その繰り返しで事業を軌道にのせた現在、中崎さんは「今の仕事は天職です!」と胸をはる。そんな彼女のライフシフトにはどんなストーリーがあったのか、話を聞いた。

1982年生まれの中崎千恵子さん。「金澤くるみ」で水引アクセサリーづくりの講師、ラッピングコーディネーターを務める

すべての画像を見る場合はこちら

ラッピングで起業をしたい!熱意と需要がかみ合わず、もどかしい日々

 大学卒業後、中崎千恵子さんは雑貨販売店チェーンに就職。「ワクワクして幸せな気持ちになれる」「ほんわかした、癒やしの空間で働ける」。そんなあこがれや期待を抱いて入社したが、実際には「挨拶!整理整頓!掃除!商品知識!」を徹底する厳しい環境だったという。

 毎日新商品が入荷するので、そのたびにディスプレイや陳列を変え、商品知識をアップデートする毎日。想像とは違ったが、この経験が中崎さんの基礎を作り上げた。「おかげで何でもできるようになった」と、今では感謝の気持ちを持って振り返る。

 「ディスプレイやフラワーアレンジ、仕入れ、発注、売れ筋分析などさまざまな業務を経験しましたが、そのなかで特に心を動かされたのがラッピングでした。きれいに包んだ商品をお渡しすると、お客さまが喜んでくださる。その瞬間がとてもうれしく、やりがいにもつながっていました」

 いつしか雑貨店での仕事が大好きになっていた中崎さんだったが体調を崩し、2か月も入院することに。そして、体力的に負担のある雑貨業界へ戻る自信がなく、事務職へと転職。ハードだった日々から一転、時間に余裕ができたことで、自身の将来について考えるようになった。

 「このままでいいのかなぁ、この先の人生どうなるのだろう…と。そんな時、子どものころから抱いていた『いつか社長になりたい!』という夢を思い出したんです。でも、ずっと勉強も苦手で、特に得意なこともなく、資格も持っていなかった私は『何で起業できるのかさえ分からない』状態…。『じゃあ、自分は何屋さんになりたいの?』と問いかけた時、ぱっと浮かんだのが、前職で好きだったラッピングの仕事でした」

 「よし、ラッピング屋さんになろう!」と決めたものの、その時点でノウハウはゼロ。まずは資格を取れば自信にもつながり、起業の足がかりになるのではと考えた中崎さん。ラッピング協会に所属している講師の講座を受講し、ラッピングコーディネーターや和風ラッピングコーディネーターなどの資格を取得した。

 「やはり前職で毎日のようにラッピングをしていたので、比較的スムーズに取得できました。とはいえ、ラッピングコーディネーターの資格は、それほど難易度が高いものではありません。なので、『何か資格が欲しいな』というライトな気持ちで挑戦される方が多い印象です。難しすぎず、かといって簡単すぎることもないので、何かにチャレンジしたい人の〝最初の一歩〟としてちょうどいい資格だと思います」

 ラッピングの資格はひと通り取得したものの、それだけで起業できるわけではないことに気づきいた中崎さんは、「これは実店舗での経験が必要だ!」と思い立つ。実際のラッピング専門店がどんな場所なのか、どんなお客様が来て、どうやって注文されるのか。そういった現場を自分の目で見てみたいと思ったのだ。

 「そもそもラッピング専門店って本当にあるのかな?という疑問から検索してみたところ、大都市部には存在することが分かり、すぐに『行こう!』と決断。大阪にあるラッピング専門店のアルバイト面接を受けました。面接で石川県から来たこと、そして将来はラッピングで起業したいという想いをまっすぐに伝えたところ、熱意を買っていただけて。その場で採用が決まりました」

 とんとん拍子に大阪への移住、転職が決まったことに対し、家族や友人は驚きつつも背中を押してくれたという。そして2年間、大阪のラッピング専門店で働きながら経験を積んだのちに30歳で帰郷。いよいよ起業に向けて動き出す。

中崎さんが勤務していた大阪のラッピング専門店

 「正直なところ、ビジネスの勉強はまったくしていませんでした。というよりも、何から始めればいいのかも分からなかったんです。そこで、まずは異業種交流会や経営者向けの勉強会に参加して、人とのつながりを広げるところからスタートしました。『今、起業準備中です』『ラッピング専門店を金沢に作りたいと思っていて』と、いろんな人に話すうちに、たくさんの反応が返ってきました。

 時には『そのビジネスは難しいと思うよ』と否定されることもありましたが、『おもしろいことを考えてるね!』と興味を持ってくれる人や、『こんな人を紹介するよ』『一緒にイベントやろう!』と巻き込んでくれる方もいました」

 そうした出会いやつながりに支えられながら、手探りでも一歩ずつ前に進むことができたという中崎さん。ラッピング専門店を始める前にまずはホームページを作ろうと、修業訓練校に通うことに。

 「当時はまだ、店舗を持つ勇気も資金もなく…。そして、なにより金沢にはラッピング専門店という前例がなかったので、ニーズがあるのかも分からなかったんです。そこで、ホームページやFacebookを始めて、お問い合わせがあればこちらから商品を預かり、自宅でラッピングしてお届けするというスタイルにしようと準備を進めました」

 そんな折、通っていた職業訓練校がその期で閉鎖されることになり、オーナーから「店舗に空きができたからお店をやってみないか?」と声がかかる。そのオーナーが運営する障がい者の就労施設のスペースを借りて、2014年にラッピング専門店をオープンした。

31歳でオープンさせたラッピング専門店。客が持ち込んだ商品を希望に沿ってラッピングしたほか、材料のみの販売も行っていた

 「表向きはお店の顔をしながら、実際は就労施設の職員としての立場でした。店のバックヤードが就労施設の作業場所となっていたので、空いた時間で障がいを持つ方にラッピングや水引の技術を教えながら、できあがった手作り雑貨を店頭に並べて販売もするという…」

 念願かなってのラッピング専門店開業だったが、施設の仕事との両立は困難を極めたという。

 「『ラッピング専門店をしています』と言っても、『え?どういうこと?そんなサービスあるの?買ったお店でしてもらえばいいんじゃないの?』と、不思議そうな顔をされる。そんな会話が、スタート当初は当たり前でした。金沢にはラッピング専門店という概念自体がなかったため、当然ながら需要もゼロ。お店を開きましたが、〝待っていてもお客様が来る〟ことはありませんでした」

 まずは存在を知ってもらうことが必要だと考えた中崎さんは、Facebookなどによる発信に注力。いくつかのメディアやフリーペーパーなどにも取り上げてもらう機会を得る。その甲斐があって、クリスマスシーズンになると、少しずつラッピングの問い合わせが増加。ただ、それでもまだ〝お店を運営できるほどの売上〟には至らず、もどかしさを感じていた彼女はわずか半年で店を閉じる決断をする。

ラッピングの受注では生きものなど一部を除き、何でも受注した。写真上は洗濯機、下は帽子をラッピングしたもの

 「ちょうど結婚するタイミングだったので、それを理由にして就労施設を退職してお店もたたむことに。なにより『自分の力でお店を作ったぞ!』という実感が持てず、自分自身で納得がいっていないことが大きな理由でした」

前へ 1 2 次へ

この記事の編集者は以下の記事もオススメしています

過去記事アーカイブ

2026年
01月
02月
2025年
01月
02月
03月
04月
05月
06月
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2024年
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2023年
07月
09月
10月
11月
12月