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〝好き〟という気持ちを大切に!旅への愛と情熱をカタチにすべくオーダーメイド旅行の会社を起業

文●杉山幸恵

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 〝おいしい旅〟をコンセプトに、その土地ごとの食文化を体験できるオーダーメイド旅行の企画・販売を行う「株式会社Table a Cloth」。同社の代表取締役である岡田奈穂子さんは、大手通信販売会社から旅行会社への転職を経て、起業したという経歴の持ち主。大の旅行好きである彼女にとって、トラベルクリエイターという仕事はまさに天職そのもの。自身の旅への愛と情熱を起業という形に昇華させた彼女のライフシフトの物語は、〝好きを仕事にしたい〟と考えている人の背中をひと押ししてくれるものだ。

「株式会社Table a Cloth」の代表取締役であり、トラベルクリエイターである岡田奈穂子さん

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〝ひと目惚れ〟で入社した会社を辞め、大好きな旅を仕事にしたいと独立を決意

 1988年生まれの岡田奈穂子さんは神戸大学経営学部経営学科を卒業後、2010年に衣類や服飾雑貨をカタログ通販で販売する「フェリシモ」に入社する。そのきっかけは、大学の講義に社長がゲストとして登壇したこと。ほかの企業が自社の強みを語る中で、フェリシモの社長は「社会をこんなふうによくしたい!」と夢を熱く語り、その姿に強く惹かれたという。

 「社長と『フェリシモ』という会社に、ある意味で恋をしたような気が今はしています(笑)。実際に入社してみても、事業の収益性だけでなく、社会性を重んじる風潮を実感。自分の仕事が社会にどんな価値を生み出せるのかを、プロダクトの開発一つ一つにおいても日々問われる環境でした。そのため、自分の仕事の意義を感じながら仕事をするというスタンスを、しっかり学ばせていただきました」

 入社当初は英語や数字に強かったことから、海外雑貨の輸入・調達(受注・発注管理)を担当。3年目には社長直属で若者向けの新事業を任され、専門家がキュレーターとなり、旅・雑貨・本などのテーマでアイテムを厳選する提案型ブランド「Chichetti(チケッティ)」を立ち上げ。ガイドブックの「ことりっぷ」(昭文社)とコラボレートし、旅行グッズや海外からのお土産雑貨を販売する事業部を運営した。

「Chichetti」では「ことりっぷ」(昭文社)とのコラボレーションでトラベルグッズを開発

 当時のことを振り返ってもらうと、「すごくすてきな会社でした」と目を輝かせる岡田さん。「フェリシモ」での仕事を通しては学びや気づきも多く、それは現在にも活かされているという。

 「まず〝一人では何もできない〟ことを学びました。入社当初は得意分野や個性がとても豊かな同期を正直、ライバル視することも(笑)。でも、仕事を続けていくうちに、互いに得意なことを掛け合わせ、協業した先にこそ、誰にも真似できない素晴らしいプロダクトやサービスができあがるんだと気づいたんです。今もさまざまな事業者さんとコラボレートして、旅行商品を作っていますが、それはこの時の気づきが根底にあると思っています」

 商品の企画・調達、流通から事業企画にいたるまで、あらゆる分野に携わり、日々やりがいを感じていたが、徐々に自身の興味が〝商品を作ること〟から〝経験・体験を作ること〟へ移り変わっていることに気づく。それがのちのライフシフトへとつながっていくはじまりだった。

 「カタログ通販ではお客様の直接の反応を得る機会が少なく、海外の生産現場で感じた手作りの温かさやストーリーを十分に伝えられないもどかしさがありました。もちろん幅広い顧客層に向けて製品を展開する楽しさはありましたが、少数でもいいので、より深く現地で見て、触れてほしいと考えるようになっていったんです」

 より深く現地の魅力を体験してもらうことに、自分の役割をシフトしたいと考えるようになった背景には、もう一つの思いがあった。公私ともに海外へ行く機会が多く、当時主流だったツアーではなく、自分で航空券やホテルを手配するスタイルで旅を楽しんでいた岡田さん。すると、友人から「私の分も手配してほしい」と頼まれることが増え、気づけば年間20件ほど旅行のプランニングをするように。

もともと旅が大好きだったという岡田さんならではのプランニングが、友人たちの間で評判に。写真はフランスのワイナリーへ一人旅に出かけた時の様子

ウィーンで行きつけのワインショップのオーナーと

 「航空券やホテルを予約してあげて、代わりにお土産をおねだりして(笑)。とても好評だったのですが、ふと『素人の自分が手配した旅で、もし何かあったらどう補償できる?』と不安になり…」

 楽しいと感じている「フェリシモ」での仕事を続けるか、旅行業を本気で極めるべきか。2つの道で迷った彼女は、「こんなに求めてもらえるということは、世の中にないサービスで、必要としてもらえているからだ」と確信し、旅行業へ転身する覚悟を決める。

 6年勤めた「フェリシモ」を退職した彼女は、まず実務経験を積むために大阪の旅行会社へと入社。営業担当として、おもにオーダーメイドでの団体旅行の企画や実施のほか、添乗に携わることに。そして、働くうちに岡田さんはあることに気づく。旅行業は新しく参入するのが難しい業界だったためか、その当時、大阪の旅行会社を経営している多くが高齢者。さらに英語が話せない、ヨーロッパに行ったことがない…という人も少なくなかったそう。

 「ある日、『ドイツでサッカーを観たい』というお客様が来店。ドイツには何度も訪れ、おすすめもできると意気込んだものの、別の担当者が『ドイツは治安が悪いのでやめたほうがいいですよ』と、その旅行をハワイに変更してしまったんです。それが『起業しよう』と腹をくくった瞬間でした」

 「自分がかなえたいと思うような、友人がすごく喜んでくれたようなローカルな旅行を提供したいなら、自分でやるしかない」と覚悟を決めた岡田さん。今振り返ってみると、自分でも思ってもみなかった選択ではあったという。

 「そのころ、大学で共に経営学を学んでいた夫と結婚したばかりで。当時、会計士であった彼からはすごく質問攻めに。居酒屋で、『そのコンセプトで事業は成り立つのか?収支計画は?』と詰められ、あまり深く考えていなかった私は半泣きで『それでもやりたい!』と訴えたのを覚えています(笑)。最終的には応援してくれ、今も困ったときの頼れる相談相手…いや、それより先生のような存在になってくれています」

岡田さん自身、海外旅行ではローカルを訪ねることが多いそう。写真はイタリアのファームステイで宿のお母さんと

メルボルンで乗った機関車の車掌さんと

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