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愛犬との出会いが導いた明るい未来。引きこもりを経てペット専用WEBメディアを開設

文●杉山幸恵

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 全国の飼い主から寄せられたペット同伴可能なスポットの情報をはじめ、愛犬とのおでかけをサポートするコンテンツが満載の「おでかけわんこ部」。このポータルサイトを運営している「株式会社tent tent」の代表取締役社長である小西恵子さん自身も大の愛犬家。そして、3回の流産から引きこもりとなっていた小西さんを外の世界へと導き、起業するきっかけをくれたのが、ポメラニアンのきなことの出会いだった。「ライフシフトは、決して〝一度きりの大きな転機〟ではなく、人生の中で何度も柔軟に形を変えながら続いていくもの」。そう語る小西さんは現状に満足することなく、次なるステップに向けて、新たな一歩を踏み出している。

「株式会社tent tent」代表取締役社長の小西恵子さんと、ポメラニアンのきなこ

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社会とのつながりを絶つ日々から、外の世界に引っ張りだしてくれた愛犬との出会い

 1982年生まれの小西さんは大学卒業後、都市銀行に就職。組織の中でミスなく遂行するという業務にやりがいを感じつつも、「自分の力で何かを生み出したい」という思いが強まり、個人の力を活かせる仕事へ挑戦を考えるように。そんな時、大学時代にゼミのホームページを制作した経験を思い出し、興味を持っていたWEB制作を独学で学び始める。

 学んでいく過程で、「これからの時代、WEBの知識やスキルは武器になる」という確信を得た小西さんは、6年間務めた銀行を思い切って退社。半年ほどドッグカフェで働きながら勉強に専念し、その後、WEB制作会社にアルバイトとして採用された。

 「WEB制作会社では、おもにECサイトの運営サポートを担当し、デザインやコーディング、SEO(検索エンジン最適化)など幅広いスキルを習得。ゼロから形にする経験やユーザー視点の重要性を実感し、クライアントへの提案を通じてビジネス視点も養いました。この経験で培った〝価値あるコンテンツ作り〟や〝デジタルを活用した情報発信〟の考え方が、その後の『おでかけわんこ部』立ち上げの基盤になったと感じています」

 銀行員からWEB制作へとライフシフトし、順調に新しい道を突き進んでいた矢先、辛く悲しい出来事が小西さんを襲う。2012年から2013年にかけて、3回も流産を経験したのだ。「気づけば深い闇の中にいた」と、その時の状況を説明する。

 「自分を責め、劣等感を抱くようになり、大切な人たちとも連絡を絶ち、社会とつながることが怖くなって引きこもるように。受験や就職など努力で切り開けることには向き合えるのに、どれだけ頑張っても報われない現実にどう立ち向かえばいいのかわからなくなっていたのです。次第に心のバランスを崩し、不安神経症や強迫性障害の症状が出るように…。心も身体も動かず、ただひたすら家で涙を流す日々が続きました」

 仕事はリモートで続けながらも、家にこもり、心を閉ざしていた小西さん。2年ほどその状態が続いたころ、「このまま人生が終わってもいいのか?」と自問自答するようになったという。

 「『何もしないまま終わることのほうが怖い』という感覚が、じわじわと心の奥から湧き上がってはくるけど、それと同時に迷いもあって。子どもを望むのか、望まないのか…そんな答えの出せない問いに向き合うのが怖かったのかもしれません」

 そんな時、偶然目に止まったのが「女性おひとり様フィンランド旅行~オーロラ紀行~」という旅行会社のパンフレットだった。その文字に強く惹かれた彼女は、「オーロラを見に行きたい」という直感に従うことにする。ツアーメンバーが全員女性のひとり旅だったことも後押しした。「もしオーロラが見られなかったら、子どもは諦めよう」。自身では出せない答えをこの旅に託すことに決めたのだ。

 「その時の私ができる精いっぱいの決断でした。ツアー中、オーロラを見られるチャンスは3日間ありましたが、空はずっと真っ暗なまま。それでも私は寒さに震えながら、夜空を見つめ続けました。きっと、ただオーロラを待っていたのではなく、自分の心と向き合っていたのだと思います。『諦めたくない』という気持ちがあったからこそ、立ち尽くしていたのかもしれません。

 結局、最後までオーロラは現れませんでした。でも、不思議と『これが答えなんだ』と思えたのです。『もう無理に向き合わなくてもいい』『十分頑張ったよ』。そんな言葉が、まるで神様のお告げのように静かに心に降りてきました」

ツアーメンバーの多くが「今日はダメだったね」と部屋へ戻っていくなか、小西さんはじっと暗い夜空を見上げていたという

 このフィンランド旅行を経て、少しずつ前向きになれてはいたが、まだ完全に復調するまでには至らなかった小西さん。ある日、彼女を案ずる母の勧めで犬を家族として迎え入れることとなり、ポメラニアンのきなこと運命的な出会いを果たす。

 「ブリーダーさんのもとを訪れ、初めて小さな体を抱き上げた瞬間、そのかわいさと愛しさから久しぶりに心からの笑顔になったのを覚えています。きなこをお迎えしてからは、お散歩を通じて毎日外に出るようになり、自然に人と交流する機会も増え、そして徐々に心の緊張がほどけていきました」

きなこをお迎えしたことで、愛情で心が満たされていったという

毎日外に出て、太陽を浴びて、風を感じたり、四季を感じたりすることで、次第に心が解きほぐされていった

散歩の途中やドッグカフェで、愛犬を通して飼い主同士で会話できたことも、もう一度社会とつながるきっかけになったそう

 きなこがそばにいることで心が癒やされ、そして気持ちが前向きになったことで、小西さんは「もっと自分に自信が持てる武器を持とう」と自身を奮い立たせる。引きこもり時代の「自分は何者でもない」という劣等感を乗り越えるべく、ブログの書き方やSEOをスクールで学ぶ傍ら、コワーキングスペースのメンバーにも。こうして社会とのつながりを取り戻したことが、起業への大きな分岐点となる。

 少しずつではあるが着実に〝自分の武器〟を身に付けていった小西さんは、自身のメディアを持ちたいと思うように。どんなメディアにしたいのか、そのメディアで幸せにしたいのはだれなのか、思案を巡らす中で思いついたのが、「おでかけわんこ部」のアイデアだった。

 「きなことおでかけするようになり、『もっと一緒に行ける場所を知りたい』と探し始めましたが、情報が不足していることを実感。例えば、〝犬同伴OK〟であっても小型犬限定だったり、テラス席のみOKだったり、施設によって条件がバラバラ。行ってみないと本当に犬と楽しめる場所なのかがわからず…。そんな中、Instagramで全国の飼い主さんが発信する情報に気づいたんです」

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