遠藤諭のプログラミング+日記 第178回
『本の雑誌』によると万年筆から、ボメラやリアルフォース、Visual Studio Codeまで
いまどきの作家は、どんなコンピュータとソフトウェアで小説を書いているのか?
2025年02月28日 09時00分更新
みなさまお疲れさま――本当にさまざまなリアルツール事情
紀伊國屋書店の新宿本店で 『本の雑誌』(2025年3月号)の特集「私はこれで書きました。」という表紙が目にとまった。手にとって開いてみると「パソコンはひとり一台の時代、では作家やライターは何で原稿を書いているのか!? ~中略~ ハードとソフ両面から理想の執筆環境に迫るのだ!」とリードにある。
プロの執筆環境がどんなことになっているのか? 読んでみると、7人の作家の方々へのインタビューや記名原稿、受け取る側の編集者3人の座談会、角田光代さんや北村薫さんなど11人の作家へのアンケートから構成された記事だった。
最初に登場するのが、北方謙三氏で「万年筆を持つと小説脳になる!」とある。日本を代表するハードボイルド作家は、最初の1行を書けば、淀みなく修正もなく原稿用紙を1枚も無駄にせず書いてしまうのだそうだ。ところが、不思議なことにパソコンでは描写の言葉が出てこない。「万年筆が与えてくれるものがないとダメなんですよ」とのこと。万年筆は、モンブランとペリカン。
1980年代後半、海外文学のムックに『走れウサギ』のジョン・アップダイクの息子、デヴィッド・アップダイクだけが、コンピュータではなく「タイプライター」と答えていたのを思い出した。
とても大ざっぱに、ソフトもハードもひっくるめて、この特集に登場されている方々の執筆環境をまとめると次のようになる。
製品名 | 利用者数 |
---|---|
万年筆 | 1 |
スマートフォン | 1 |
ポメラ | 2 |
Windows(ノート含む) | 5 |
Mac(MacBook、iMac) | 3 |
シャープのワープロ | 1 |
Microsoft Word(Word for Mac含む) | 6 |
Visual Studio Code | 2 |
iText Express | 1 |
Light Way Text | 1 |
一太郎 | 1 |
親指シフトキーボード | 1 |
リアルフォース | 2 |
iPad | 2 |
エクセル | 1 |
万年筆の次に登場するのが「スマートフォン」である。作家の町屋良平さんが、「体感であるがPCとスマホで書くスピードはそれほど変わらない」と女子高生、女子大生のようなことを書かれている」(町屋良平さんがどんな風貌の方か私は知らないが)。また、「スマートフォンは一人称的認識を書くのに適している」とも「PCはある程度三人称的認識に《しゃちほこばれる》」とも書かれている。
やっぱり「書く」という行為はとても奥深い行為であることがわかる。
ただし、眼精疲労は甚だしく首の前傾の凝り対策に簡易的なコルセットのようなものを巻いて使っているとのこと。本当に「お疲れさま」という気分になるが、「いま私は整体にて首の付け根を親の仇のごとく強く押されている時間が最も幸せである」とも書かれている。奥深い。
次に目にとまるのが、キングジムの「ポメラ」だ。さすが、一部の機種では親指シフト(後述)にも対応のポメラだけのことはある。芝村裕吏さんは、「スランプになってなにを書こうか途方に暮れるときにポメラはいい、電池が切れることなく待ってくれるうえに、ネットサーフィンしたりゲームで遊んだり防いでくれる」そうだ。
このポメラだが、この原稿を書いている間に米国のクラウドファンディング「INDIEGOGO」に英語版が出ていた。すでに2000万円を集めていて目標額を軽く1000%超えていてすばらしい。一方、米国のポメラともいうべき「Freewrite」は、1969年オリベッティのタイプライター「Valentine」をリスペクトした真っ赤なモデルを発売していた。やっぱり、文字を紡ぎ出すことは「奥深い」。
『本の雑誌』の「私はこれで書きました。」特集の中では、鈴木輝一郎さんが「マイクロソフト Wordは小説の執筆には向いていない」と書かれているのは、ちょっとドキっとする見出しである。重要な指摘もされているのだが、小説執筆には、「秀丸」のほうが重宝するという話だった。Wordを手放せないオフィスユーザーは多い。本当に習慣というものは恐ろしい。
なにしろ、ソフトウェアではそのWordが6人と最も利用者数の多い。コンピュータも、なんのことはないWindowsパソコンとMacという世の中の市場シェアどおりの結果になっている。作家の方々は、もっとプロの道具を使っていてほしいと思うのだが、必ずしもそうではなかった。我々凡人たちのアルミ鍋と文化包丁ではなく、業務用の寸胴や関孫六みたいな包丁を使っていてほしいと思った。
作家と執筆環境といえば、親指シフトを使う人が少なくないことが知られていた。親指シフトというのは、富士通のワープロの流れをくむキーボード配列である。「親指シフト・キーボードを普及させる会」というものもあった。今回の記事では、新井素子さんがそのために富士通のLIFEBOOK A746/Sを使っているとのこと。
実は、私も親指シフトユーザーである。そのために、特別なソフトをパソコンに入れたり友だちに作ってもらった親指シフト(正式にはニコラ配列)のキーボードを使ったりしている。

日笠健氏による親指シフトキーボード。私が作ってもらったのはキーが薄くカナシフト状態ではLEDが一列点灯する手前のキーボード。日笠氏には、1986年に月刊アスキーの企画でPC-9801にFM16β用親指シフトキーボードをつなぐ企画をやってもらったことがある。
このコラムの読者が「おっ」と反応するはずなのが、マイクロソフトのプログラミング開発環境「Visual Studio Code」を使っている作家が2人もいることだ。18人の作家のうち2人も使っているというのは、11%という凄いシェアになるわけなのだが作家の名前を見れば納得してしまう。
藤井太洋さんは、Visual Studio Code(通称VSCode)のための「小説」を扱うための機能拡張「novel-writer」を作られたとのこと。藤井さんといえば、パソコン業界的には3DCGソフトウェア「Shade」の開発指揮をとったという人物。なにかのおりに作家藤井太洋さんにお世話になったとき、いきなり「お久しぶりです」と言われた。『MacPeople』の座談会でお会いしたことがあったのだ。
novel-writerは、品詞や会話文などを異なる色づけで表示する。推敲の時に刈り込む副詞、文脈を混乱させがちな指示代名詞が色で分かる。文末辞変換やアウトラインプロセッサ的な使い方ができるとのこと。novel-writerはVS Codeのマーケットプレイスからダウンロード可能。さらに改造して公開することも可能だそうだ。
円城塔さんは、ノートPC(14インチMacBook Pro)上でWordが基本形。Wordから離れたいが、なかなか満足のいく縦書環境がない(小説は縦書きでないと書けないとのこと=やはり奥深い)。docxのテキスト化と差分をHTMLで表示するコードを書いたり、脚本の仕事のためのVisual Studio Code用の拡張を作ったりしているとのこと。テキストデータの管理はGitで行っているので、共有はGitHubでしたいところだが興味を持たれたことがないそうだ。これは、プログラマの方がよく言うセリフである。
筒井康隆の“生成AI小説”と私がいま使っている「CURSOR」
このコラムを書いている私は、どんなコンピュータとソフトウェアを使って原稿を書いているのかというと次のようなことになる。
・コンピュータ:Windows PC
・ソフトウェア:CURSOR
・キーボード:親指シフト
私の場合は、『本の雑誌』に登場した作家の方々のように小説を書くわけではないので、小説のような情緒的なことや文体の個性といったことは求められていない。できるだけ効率的にすみやかに読みやすい文章が作れればよい。そこで使っているのが、「CURSOR」と「親指シフト」(正確には改良型であるニコラ)である。
親指シフトについては述べたが、CURSORの方は、VS Codeをベースに開発された、プログラマがコードを書くためのソフトウェアである。その特徴は、ChatGPTやClaudeなどの生成AI(正確にはその言語モデル)が統合されていることだ。藤井太洋さんや円城塔さんはCURSORをご存じのはずだが、必要性を感じておられないのだと思う。
CURSORについては「いま文章を書くのに「CURSOR」を使わないのは損だ」と書いたが、いちいちChatGPTにカットペーストしたりしなくてもスムーズに生成AIが使えるという便利ものだ。これから、WordやGmailなんかも、こんな形で生成AIと融合していくことが考えられる。末端のつまらない作業こそ生成AIの仕事にすべきなのだ。
しかし、生成AIといえば、まるごとコンテンツを生成してくれるという話のほうがニュースにもなっているし、そのほうがAIと人間の関係性についての本質的な問いかけではある。
富士通でワープロの開発をしていた梶川敬文氏が、筒井康隆さんの小説『暗いピンクの未来』(角川文庫「ミラーマンの時間」収録)をたまたま読んだら生成AIをテーマに小説だったと教えてくれた。1970年頃に書かれた小説だと思うのだが、国立国会図書館デジタルコレクションで読んでみるとたしかにそうだった。画家志望の高校生が、ひょんなことからタイムトラベルした先で、未来の自分と出会う。
「なぜおれが、画家にならなかったか君はそうきいたな」 彼は沈んだ声で、しゃべりはじめた。「教えてやるよ。 現代には、画家という職業は、なくなってしまった」
「絵描きはいない、そういうんですか」
「そうだ。いるのは漫画家、それに劇画家という人種だけ。芸術としての絵画を生み出しているのは、今では人間ではなく、機械なのだ」
「機械。機械が絵を描くのですか」
「そうだ。電子頭脳という機械がね」
「私はこれで書きました。」、いや「私はこれで書きませんでした」の時代がやってきているというべきか。我々が文章を書く環境は、これからどんどんさまがわりしていくものと考えられる。そのときには、「なんのために言葉を発するのか?」というところまで問い返されそうである。
本の雑誌:https://www.webdoku.jp/
日笠健氏のページ:https://okiraku-camera.tokyo/blog/
INDEIGOGOのポメラ:https://www.indiegogo.com/projects/pomera-full-suite-typewriter-for-focused-writing#/
novel-writer:https://marketplace.visualstudio.com/items?itemName=TaiyoFujii.novel-writer
CURSOR:https://www.cursor.com/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザー。ZEN大学 客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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