画像クレジット:Photo Illustration by Sarah Rogers/MITTR | Photos Getty
長距離の宇宙旅行では、有害放射線や微小重力、心理的な負担により、健康に悪影響が出る可能性がある。宇宙旅行の夢が現実味を帯びる中、宇宙飛行士に遺伝子編集を実施すべきだと主張する科学者もいる。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
最近、世界のニュースは暗いものばかりだ。そこで今回は、地球の成層圏を越え、宇宙にまで思いを馳せることにした。数週間前、スペースX(SpaceX)が軌道に打ち上げた4人の民間宇宙飛行士が、史上初の(国家機関が訓練した宇宙飛行士ではない)民間人による宇宙遊泳をした。
スペースXは宇宙旅行についてより野心的な計画を持っている。そしてそれは、スペースXだけのことではない。同社の創業者であるイーロン・マスクは、2年以内に火星への無人ミッションを打ち上げると9月22日に宣言した。無人ミッションが成功すれば、それから4年後に有人ミッションを打ち上げるという(火星到達に向けたスペースXの他のスケジュールはうまく進んでいない)。米航空宇宙局(NASA)は、火星を「有人探査の水平線上に位置する目標」としている。中国は以前、早ければ2033年にも有人ミッションを実行する計画を発表している。また最近、火星への無人サンプル・リターン・ミッションのスケジュールを2年繰り上げた。そしてUAEには、2117年までに火星で居住可能なコミュニティを建設するという100年計画がある。
そのどれも、一筋縄ではいかないだろう。長距離の宇宙旅行は、人間の健康に大きな害を与える可能性がある。放射線や微小重力の問題だけではなく、孤立状態や閉じ込め状態による心理的な負担もある。一卵性双生児の宇宙飛行士に関する研究では、人が宇宙で1年を過ごしたときに、多くの遺伝的変化が起こることも明らかになっている。
そのような理由から、一部の生命倫理学者は、将来の宇宙飛行士のために革新的な治療法のアイデアを模索している。宇宙旅行の健康への影響をすべて把握したら、打ち上げ前に宇宙飛行士のゲノムを編集し、最善の保護を提供するべきであるというのが、それら生命倫理学者たちの主張だ。中には、そのような遺伝子編集によってまったく新しい種「 ホモ・スペイシャリス(Homo spatialis)」」が誕生する可能性を示唆した者もさえいる。少しSFのように聞こえ始めているなら、その理由は、少なくとも今のところはSFだからだ。しかし現在でも、宇宙旅行者を助けるために使えるバイオテクノロジーは存在する。
宇宙旅行は危険を伴う。宇宙船の打ち上げとは、言ってみれば、人間をカプセルの中へ縛り付けて、その下で爆弾を爆発させることであると、上級生命倫理学者として米航空宇宙局(NASA)に15年間務めていたポール・ルート・ウォルプ博士は言う。
宇宙へ行けば、地球上よりもはるかに高いレベルの放射線にさらされる。人が過剰な放射線にさらされると、がんや神経障害のリスクが高まる可能性がある。また、体内組織に害を与え、白内障や消化器系疾患を引き起こすこともある。そのため、米労働省労働安全衛生局などの機関は、放射線被ばくの制限を定めている(NASAも宇宙飛行士が晒される可能性のある放射線量に制限を設けている)。
それから、微小重力の問題がある。私たちの体は地球の重力に適応してきた。重力がないと、奇妙なことが起こる場合がある。その1つとして、体内の水分が体の上部に溜まり始める。また、重力がないと筋肉はそれほど働く必要がないため、宇宙飛行士は筋肉量、そして骨量も減少する傾向がある。
5年前、NASAと協力している科学者たちが、2人の一卵性双生児を比較する画期的な研究の結果を発表した。2人のうち1人は宇宙で1年間過ごし、もう1人は地球に残った。この双子、マーク・ケリーとスコット・ケリーは、どちらも宇宙飛行士の訓練を受けていた。そして、2人は同じ一連の遺伝子を持っているため、研究者たちはこの双子を比較することで、長期間の宇宙旅行が遺伝子の働きに与える影響を評価することができた。
研究者たちは、双子のどちらも研究期間中に遺伝子の働き方に何らかの変化があったことを発見したが、その変化の仕方は異なっていた。兄弟のうち宇宙を旅した方に起こった影響のいくつかは、6カ月以上続いた。これらの変化は宇宙旅行のストレスに対する反応であり、おそらく、宇宙放射線に起因するDNA損傷に反応したものだろうと考えられている。
宇宙旅行にはその他にも、体重の減少、「宇宙飛行関連神経眼症候群」として知られる恒久的な目の損傷、友人や愛する人から遠く離れることによって被る心理的な苦痛などのリスクが伴う。
さらに言えば、宇宙ミッションでは怪我も多いと、現在はエモリー大学の平和構築・紛争転換センターで創設所長を務めるウォルプ博士は言う。道具や機材が浮遊し、人にぶつかる可能性がある。バンジーコードが切れることもある。 「宇宙飛行士は常に安全ゴーグルを着用することになっていますが、着用していませんでした。負傷の事例はたくさんあります。宇宙ステーションで宇宙飛行士が怪我を負うことは、本当に驚くほど多いのです」。
商業宇宙旅行は、新たな一連の危険をもたらす。ごく最近まで、宇宙旅行をするには、国の機関が監督する厳しい健康検査と訓練プログラムに合格する必要があった。ウォルプ博士によると、民間の宇宙旅行にそのような要件はなく、個々の企業がルールを決めることになるという。
宇宙飛行士は、高血圧や糖尿病などの一般的な疾患について検査を受ける。宇宙旅行者の場合はそうならないかもしれない。宇宙旅行が健康に与える影響については、まだ基本的なことを学んでいる最中だ。さまざまな疾患を持ち、複数の薬を服用している人にどのような影響が起こりうるのかは、まったくわからない。
遺伝子編集は、宇宙飛行士をそのような潜在的な問題から守ることができるだろうか? 地球の高地に適応した人々は、低酸素環境でも健康に育つための遺伝因子を持っている。もし宇宙飛行士にそのような因子を与えることができたら、どうなるだろうか? そのついでに、たとえば骨や筋肉の減少から宇宙飛行士を守るかもしれない遺伝子変更も、いくつか加えてはどうだろうか?
ここで、ホモ・スペイシャリスの領域に足を踏み入れる。宇宙での生活、あるいは地球以外の惑星での生活により適した新しい種、という考え方だ。今のところ、このようなアプローチは選択肢になっていない。現時点で、宇宙旅行をする人のために設計された遺伝子療法は存在しない。しかしいつの日か、「宇宙飛行士を守るために遺伝子編集のような何らかの遺伝的介入を受けることが、宇宙飛行士にとって最善の利益になるかもしれません」。マイアミ大学の生命倫理学者、ロザリオ・イサシ准教授は言う。「それは義務というよりも、宇宙飛行士がミッションに参加するための条件になるかもしれません」。
ウォルプ博士はこのアイデアに乗り気ではない。「人間であることには、そして人体には、侵すべきではないある種の完全性があります。こうした種類の改変は、多くの思いがけない災いをもたらすことになるでしょう」。イサシ准教授もまた、個人に合わせてカスタマイズした治療を可能にする適確医療の進歩により、遺伝子修正の必要性がなくなることを期待している。
その一方で、遺伝子検査は宇宙飛行士と宇宙旅行者の両方に役立つ可能性があると、ウォルプ博士は話す。甲状腺など、体内組織には放射線によるダメージを受けやすいものがある。甲状腺がんのリスクを明らかにする遺伝子検査は、宇宙旅行を検討している人々に役立つかもしれないと、同博士は言う。
観光客、従業員、科学者、あるいは研究対象、どのような立場で人々が宇宙へ行くにせよ、宇宙旅行者を安全に送り出す方法を考え出すことは極めて重要である。結局のところ、宇宙旅行は通常の観光旅行とは別物である。 「人体が置かれるとは決して想定されていなかった状況に(人々を)置こうとしているのです」と、ウォルプ博士は言う。
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