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危篤状態に陥った患者にどのような医療的措置を講じるのか。終末期医療について回る問題だ。患者が「その時」に自分の意思を示すことはできない場合、代理人が深く悩みながら何とか決めることになる。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
終末期医療の指針として役立つかもしれないAIツールについて、記事を書いている。体調を大きく崩した人が直面する、生死に関わるような決断に関する話である。例えば、心臓が止まったときに胸骨圧迫をするのか、過酷な治療を始めるのか、あるいは生命維持装置のスイッチを切るのかといったことである。
多くの場合、患者がそのような決断を下すことはできない。代わりに、代理人(通常は家族)がその役目を担い、健全なときの患者がどのような選択をするのか想像するように求められる。これは極めて困難なことであり、苦しい経験になることもある。
ある倫理学者たちのグループが、AIツールが物事を簡単にするかもしれないというアイデアを持っている。このツールは、電子メール、ソーシャル・メディア活動、Web閲覧履歴などから取得したその人に関する情報で訓練される。それらのデータから、患者が何を選択するのかを予測できるかもしれないのだ。研究チームは、まだ出来上がっていないこのツールを「デジタル心理ツイン(双子)」と表現する。
病院や介護の現場にこのようなツールを導入しようと考えるなら、その前に答えなければならない疑問がたくさんある。このツールがどの程度正確なのか、そして悪用を防ぐにはどうすれば良いのか、誰にも分かっていないのだ。しかし、おそらく最大の疑問は、使いたいと思う人がいるのか?ということである。
その疑問に答えるには、まずこのツールが誰のために設計されているのかということを考える必要がある。この「個別化患者志向予測ツール(Personalized Patient Preference Predictor、通称P4)」を開発している研究者たちは、代理人が使うものだと想定していた。愛する人の命について重い決断を下す人々のために、その決断を容易なものにしたいのだ。しかし、このツールは今、基本的に患者のための設計に変わろうとしている。患者のデータで訓練されることになっており、患者本人とその望みを再現することを目指している。
これは重要なことである。米国では、患者の自主性が最優先される。他人に代わって意思決定を下す者は、「代理判断権」を行使することが求められる。つまり、患者が健全な状態だとしたら何を望むかを考え、選択することが求められるのだ。臨床医療は、患者の希望を重視することがすべてなのだ。
もしあなたが患者本人の希望を優先させるのなら、P4のようなツールは非常に理にかなっている。身近な家族でさえ、愛する家族がどのような治療を選ぶのか適切に推測することは難しいことを示唆する研究もある。もしAIツールの方が正確なのであれば、代理人の意見よりも望ましいのかもしれない。
この考え方は米国人の感性には合っている。しかし、すべての文化に同じようには当てはまらないかもしれない。個人の終末期医療が患者自身に与える影響よりも、患者の家族1人1人や、家族全体に与える影響についても、よく考えたいと考える家族もいるかもしれない。
「時には正確さよりも代理人の事情の方が重要になることがあると思います」。ニューヨークにあるロチェスター大学で助教授を務める倫理学者、ブライアナ・ムーアは話してくれた。「代理人はその決断を背負って生きていかなければならないのです」。
オーストラリアと米国の病院で臨床倫理学者として働いてきたムーア助教授は、両国の間に違いがあることに気づいたという。「オーストラリアでは、代理人と家族にとって何が有益かということをより重視します」。そしてこれは、文化的にある程度似通っている英語圏の2カ国の間の違いである。ほかの国ではもっと大きな違いがあるかもしれない。
ムーア助教授は、自身の見解は物議を醸すものだと言う。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の博士研究員であるゲオルク・シュタルケに意見を求めたところ、一般的に言えば「重視すべき唯一のことは、患者の意志であるべきです」と話してくれた。シュタルケ研究員は、介護する者にとって患者があまりに大きな「重荷」になる場合、生命維持装置を外す選択をするかもしれないと心配している。「それは間違いなく、私にとって恐ろしいことです」(シュタルケ研究員)。
患者本人の希望と家族の希望をどのように比較検討する方法は、状況によって変わるかもしれないと、テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学で助教授を務める生命倫理学者、ヴァシリキ・ラヒムザデは言う。おそらく、医学的により複雑な事情がある場合や、医学的な介入が役に立ちそうもない場合は、代理人の意見がより重要になるかもしれない。
ラヒムザデ助教授自身、肉親2人の代理人を務めたことがある。その2人のどちらも、終末期治療について詳細な話し合いをしないまま危機が訪れてしまったと、彼女は話してくれた。
P4のようなツールがあれば、役に立っていただろうか? ラヒムザデ助教授は疑問に思っている。ソーシャル・メディアやインターネット検索履歴で訓練されたAIが、家族との思い出や経験、親密な関係をすべて把握できるとは、とうてい考えられない。ラヒムザデ助教授は、そういうことを把握しているからこそ、自分は家族の治療に関する決断をする上でより適切な立場にいると感じていた。
「実体験にはこのようなデータではうまく捉えられないものがあります。ですが、そのような決断をする瞬間の行動や動機、行為に信じられないほど深く影響を与えます」と、ラヒムザデ助教授は話してくれた。
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