このページの本文へ

「死にゆく人の思いを代弁」、AIは終末期医療を変革するか

2024年08月07日 06時57分更新

文● Jessica Hamzelou

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
Getty Images

画像クレジット:Getty Images

危篤状態に陥った患者にどのような医療的措置を講じるのか。終末期医療について回る問題だ。患者が「その時」に自分の意思を示すことはできない場合、代理人が深く悩みながら何とか決めることになる。

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

終末期医療の指針として役立つかもしれないAIツールについて、記事を書いている。体調を大きく崩した人が直面する、生死に関わるような決断に関する話である。例えば、心臓が止まったときに胸骨圧迫をするのか、過酷な治療を始めるのか、あるいは生命維持装置のスイッチを切るのかといったことである。

多くの場合、患者がそのような決断を下すことはできない。代わりに、代理人(通常は家族)がその役目を担い、健全なときの患者がどのような選択をするのか想像するように求められる。これは極めて困難なことであり、苦しい経験になることもある。

ある倫理学者たちのグループが、AIツールが物事を簡単にするかもしれないというアイデアを持っている。このツールは、電子メール、ソーシャル・メディア活動、Web閲覧履歴などから取得したその人に関する情報で訓練される。それらのデータから、患者が何を選択するのかを予測できるかもしれないのだ。研究チームは、まだ出来上がっていないこのツールを「デジタル心理ツイン(双子)」と表現する。

病院や介護の現場にこのようなツールを導入しようと考えるなら、その前に答えなければならない疑問がたくさんある。このツールがどの程度正確なのか、そして悪用を防ぐにはどうすれば良いのか、誰にも分かっていないのだ。しかし、おそらく最大の疑問は、使いたいと思う人がいるのか?ということである。

その疑問に答えるには、まずこのツールが誰のために設計されているのかということを考える必要がある。この「個別化患者志向予測ツール(Personalized Patient Preference Predictor、通称P4)」を開発している研究者たちは、代理人が使うものだと想定していた。愛する人の命について重い決断を下す人々のために、その決断を容易なものにしたいのだ。しかし、このツールは今、基本的に患者のための設計に変わろうとしている。患者のデータで訓練されることになっており、患者本人とその望みを再現することを目指している。

これは重要なことである。米国では、患者の自主性が最優先される。他人に代わって意思決定を下す者は、「代理判断権」を行使することが求められる。つまり、患者が健全な状態だとしたら何を望むかを考え、選択することが求められるのだ。臨床医療は、患者の希望を重視することがすべてなのだ。

もしあなたが患者本人の希望を優先させるのなら、P4のようなツールは非常に理にかなっている。身近な家族でさえ、愛する家族がどのような治療を選ぶのか適切に推測することは難しいことを示唆する研究もある。もしAIツールの方が正確なのであれば、代理人の意見よりも望ましいのかもしれない。

この考え方は米国人の感性には合っている。しかし、すべての文化に同じようには当てはまらないかもしれない。個人の終末期医療が患者自身に与える影響よりも、患者の家族1人1人や、家族全体に与える影響についても、よく考えたいと考える家族もいるかもしれない。

「時には正確さよりも代理人の事情の方が重要になることがあると思います」。ニューヨークにあるロチェスター大学で助教授を務める倫理学者、ブライアナ・ムーアは話してくれた。「代理人はその決断を背負って生きていかなければならないのです」。

オーストラリアと米国の病院で臨床倫理学者として働いてきたムーア助教授は、両国の間に違いがあることに気づいたという。「オーストラリアでは、代理人と家族にとって何が有益かということをより重視します」。そしてこれは、文化的にある程度似通っている英語圏の2カ国の間の違いである。ほかの国ではもっと大きな違いがあるかもしれない。

ムーア助教授は、自身の見解は物議を醸すものだと言う。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の博士研究員であるゲオルク・シュタルケに意見を求めたところ、一般的に言えば「重視すべき唯一のことは、患者の意志であるべきです」と話してくれた。シュタルケ研究員は、介護する者にとって患者があまりに大きな「重荷」になる場合、生命維持装置を外す選択をするかもしれないと心配している。「それは間違いなく、私にとって恐ろしいことです」(シュタルケ研究員)。

患者本人の希望と家族の希望をどのように比較検討する方法は、状況によって変わるかもしれないと、テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学で助教授を務める生命倫理学者、ヴァシリキ・ラヒムザデは言う。おそらく、医学的により複雑な事情がある場合や、医学的な介入が役に立ちそうもない場合は、代理人の意見がより重要になるかもしれない。

ラヒムザデ助教授自身、肉親2人の代理人を務めたことがある。その2人のどちらも、終末期治療について詳細な話し合いをしないまま危機が訪れてしまったと、彼女は話してくれた。

P4のようなツールがあれば、役に立っていただろうか? ラヒムザデ助教授は疑問に思っている。ソーシャル・メディアやインターネット検索履歴で訓練されたAIが、家族との思い出や経験、親密な関係をすべて把握できるとは、とうてい考えられない。ラヒムザデ助教授は、そういうことを把握しているからこそ、自分は家族の治療に関する決断をする上でより適切な立場にいると感じていた。

「実体験にはこのようなデータではうまく捉えられないものがあります。ですが、そのような決断をする瞬間の行動や動機、行為に信じられないほど深く影響を与えます」と、ラヒムザデ助教授は話してくれた。


MITテクノロジーレビューの関連記事

生死の決断にAIを使うという提案が出てきたのは、これが初めてではない。本誌のウィル・ダグラス・ヘブン編集者が、別の種類の終末期AIについて記事を書いている。ユーザーが望む場合、このテクノロジーを使えば、窒素ガスで満たされたタンクの中で自分の人生を終わらせることができる

AIはほかの多くの用途で医療に浸透している。私たちは、AIにすべての決断を委ねるべきではない。前号の『ザ・チェックアップ』で検討した通り、AI家父長主義は患者の自主性をリスクにさらす可能性がある

死亡した親族との会話を可能にするテクノロジーはすでに存在する。本誌のシャーロット・ジー記者は、自分の両親のデジタル・レプリカとチャットしたときにそれに気づいた。

そもそも、死とは何か? 最近の研究結果が、「生と死の間の境界線は、かつて考えられていたほど明確ではない」と示唆していると、ジャーナリストのレイチェル・ニューワーが昨年報じている。

医学・生物工学関連の注目ニュース

  • 誰かがオリンピックで競うのに「男性すぎる」または「女性すぎる」と見なされるのはどんなときか? 新たなポッドキャスト『テスティッド(Tested)』が、ジェンダーや性別を理由にアスリートを検査したり排除したりしてきた、長く、興味深く、腹立たしい歴史を掘り下げている。(シークエンサー
  • オリンピック水泳選手の間には秘密がある。誰もがプールで用を足しているのだ。「私はおそらく、これまでに泳いだすべてのプールでおしっこをしました」。米国代表として3度オリンピックに出場したリリー・キングは話した。「そういうものです」。(ウォール・ストリート・ジャーナル
  • サックス奏者のジョーイ・バークリーは、両手がプレッツェルの形にねじれる運動障害を発症したとき、脳の奥深くに電極を挿入する実験的な治療への参加を志願した。それは3年前のことだった。バークリーは今、自分の体験に関する一連の新曲を発表しようとしている。その中には、手術そのものから発想を得た熱狂的な曲もある。(NPR
  • ジェイソン・ウェルベロフは単核球症に罹患した後、周囲の人々が文字どおりまったく新しい形で見えるようになった。ウェルベロフは、相貌変形視と呼ばれる珍しい症状のために、人の顔が横に膨らんだり、歯が伸びたりして怪物のような形に変形して見える、数少ない患者の1人である。(ザ・ニューヨーカー
  • あなたは今日、どれくらい若い気分だろうか?その答えは、どれだけ活動的だったか、そしてどれだけ晴れているかによって変わるかもしれない。(イノベーション・イン・エイジング

カテゴリートップへ

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ